偶然
栞
28
『別に告白するってほど佐藤の事好きじゃねーし。』
その言葉は、大西君の本心だと思う。別に沙紀と大西君が付き合うふりをする事になったとしても、私には何の関係もない事。
だって、私が好きなのは田辺君で、想いを伝えたいのは田辺君。付き合いたいのも田辺君、毎日一緒にいたいのは…………田辺君……?
私は活動教室を出たすぐの廊下で、そんな事を考えていた。
何故か足が重くて、最初の一歩が踏み出せなかった。私は、一度深呼吸をして、その場を離れた。
下駄箱に向かう途中、里梨先生とすれ違った。
「さようなら~!」
「あ、里梨先生!少し質問いいですか?」
「え?質問?」
私はずっと気になっていた、里梨先生に四年前の書道パフォーマンスについて訊いてみた。
「四年前の書道パフォーマンスについて何か知ってる事ありますか?」
「四年前?」
「はい、私が中1の時、ここの書道部のパフォーマンス見たんです。反省点や気を付ける事があったら、何か参考にしたいんですけど……」
里梨先生は少し考えて、携帯を出した。
「じゃあ、書道部だった友達に訊いてみるね。あ、学校内で携帯使うの、これ内緒ね。」
そう言って里梨先生はお友達と連絡を取ってくれた。
私と里梨先生で、自動販売機の近くのベンチに座って返信を待った。
「やっぱり、すぐには返事来ないね~」
「すみません。急に無理言って。」
「いいのいいの。後輩が頼ってくれるのは、先輩としては嬉しい事だよ。それに、書道パフォーマンス復活するって聞いたら、元書道部の友達もきっと喜ぶと思う!」
そっか……。そう思うと、私達が見せるのは友達や家族だけじゃない。後輩になる子や、何代もの先輩達も……。そう思うと、急に緊張感が増した。
「あの、里梨先生は、好きな人いますか?」
「好きな人?残念ながらいないよ?当然彼氏もいないし、浮いた話ちっともないんだ。」
「なんだ~!せっかくなら好きな人と見て欲しいなって思ってました。」
私は里梨先生に書道パフォーマンスの内容を説明した。
「ちょっとそれ、ネタバレじゃない?」
あ、これは秘密だっけ?でも、そう宣伝する事になるなると思う。
「パフォーマンスで告白イベントって、面白いね!あ~あ、私に本当に恋人がいたらなぁ……あ、これオフレコでね。色々めんどくさいから、生徒にはラブラブな恋人がいるって言ってあるけど、それって実際いないと悲しいよね~!」
そんな事を話していると、里梨先生の携帯が鳴った。
「あ、返事来た。えっと…………書道部の、活動日誌があるみたいなんだけど、反省点はそこにあるって。あと……気を付ける点は…………とにかく頑張れだって。」
「あははははは!とにかく頑張ります!」
里梨先生と話して良かった。落ち込んでた気持ちが少し楽になった。
「ありがとうございました!じゃ、私帰ります!さようなら!」
「はい、さようなら~!」
挨拶をして帰ろうとすると、里梨先生に呼び止められた。
「あ、佐藤さん!!何か落としたよ?」
「え?」
振り返ると、廊下に私のパスケースが落ちていた。
「ホルダー取れちゃったんだ!」
里梨先生はパスケースを拾って届けてくれた。
「はい、定期券でしょ?大事な物…………あ!」
「どうしたんですか?」
里梨先生は何かを思い出したように話始めた。
「思い出した。あ、昔ね、私がちょうど佐藤さんと同じくらいの時、中学生の男子に定期券を拾ったの。それ…………確か大森君だった気がする!やだ偶然!!」
…………偶然?
「その偶然、運命だといいですね!」
私も偶然、田辺君に助けてもらった。だから、私が田辺君を選択したわけじゃない。
だから嫌。好きな人さえも、選択する事から逃げてる自分が…………嫌だった。




