先生
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「あ、大西君!」
学校の廊下を歩いていると、後ろから急に呼び止められた。
…………大西君?あんたから大西君とか呼ばれると、やっぱり変な気分。
「何ですか?大西先生。」
俺もわざと、大西先生と呼んだ。
「…………。」
「何だよ?」
「廉に先生って呼ばれるのはやっぱり変な感じね~」
…………同感。
一年経っても、まだ慣れない。
「私、今年書道部の顧問になったんだけど、書道部、入るよね?」
「はぁ?!書道部なんかやだよ!」
「あ、いーのいーの!幽霊部員でいいから!」
この人は、廃部寸前の少人数の部活に、帰宅部を頭数として無理やり入部させようとする。
その時は必ず、俺を誘って来る。
それは、俺がいつもノーと言えないから。
「あのさ、最近俺クラスでなんて言われてるか知ってんの?」
「え?知らな~い。」
「先生の犬だよ!犬!」
飼われてねーっつの!!
「いいね~それ!犬!なりなよ!ほ~ら、お手!」
こんのババア……あろう事か手を出してお手を催促して来やがった。
「人権侵害だ!!」
「難しい言葉使うようになったのね~」
「バカにしてんのか?」
この人はいっつも俺をバカにして楽しんでいる。
ダメだ。挑発にのってはいけない!我慢だ!ここは我慢…………
「とかにかく、書道部なんて絶対嫌だ!」
「お前に拒否権も人権も無い!」
それ、教師が胸張って言う事か!?
「今の録音して教育委員会に訴えてやろうか?え?」
「でも、廉が私との会話録音してるわけないよね~?やだ~も~!冗談も通じないの~?」
くっそ、このババア~!!
こんなんで先生とかよくやってけるな!!
「言っていい冗談とダメな冗談があるだろ?今のは確実にパワハラ。今はすぐ拡散されるんだから気を付けろよな!」
怒りを通り越して呆れる……。
「だって本当の事でしょ~?家畜の様に学校に通うか、ひきこもるかしか選択肢がないんだから。」
「いやいや、それ以外の選択肢も普通にあるって!」
「あはははは!少なくとも私に弱みを握られてるあんたに、人権なんて無いに等しいよね?」
待て待て、ここ学校の廊下。誰かに聞かれるだろ!弱味とか言うな!!俺は辺りを見回した。良かった、誰にも聞かれていないようだ。
「あんたマジで俺の事家畜扱いだもんな!」
「そうかな~?まぁ、たま~に、あ、たまにね、あんたも家畜みたい~って思っちゃう時ある~!あはははは~!」
「あははじゃねーよ!」
この人は、良くも悪くも……正直過ぎる。
正直、この人が一年間も秘密を守った事が意外だった。それは多分、去年はあまり接点が無かったから……。今年からはそうはいかなくなる。この人の授業まである。最悪だ……。
「そんな事より、はい、これ、入部届け!来週までに提出してね~!じゃ!」
そう言って俺に入部届を渡して、行ってしまった。
それを見ていた数人のクラスメイトが廊下に出て来た。
「お~い大西!やっぱり今年も大西先生が顧問の部活に入るのか~?」
去年は、秘密をバラすと脅されて、将棋部に入った。でも、一度も将棋はやったことはない。
「あれ?大西ってサッカー部じゃなかったっけ?」
「……書道部は無いわ……。」
友達の一言をスルーした。サッカー部は1年の夏に辞めた。
「どうした?大西?同じ大西同士、ただならぬ関係か?」
そうだよ!ただならぬ関係だよ!!
「ニッシー可愛いよな~アラフォーのオバサンには全然見えん。」
「ニッシー彼氏いんのかな?」
「いるわけねーだろ!既婚者だ!」
思わず声を張りあげてしまった。みんなが俺を引き気味で見た。
「どうした?もしかしてお前…………」
もしかして…………?
「先生の事本気か!?」
「違うわ!!」
「お前本当にニッシーの事好きだよな~?」
だから違うって!!
「隠しても無駄。下心ミエミエ。」
「心配無いさ~!」
そこライオン挟んで来んな!!
「そんな事、絶対にない!!断じてない!!」
「そこまで否定すると逆に怪しいだろ。」
怪しい!?そう言われて冷静になった。
ない!!無い!!ナイ!!何があっても無い!何故なら大西先生は…………先生は…………
実の母親だから!!
その事でからかわれるのは嫌だ。だから、先生と数人の友達意外には秘密にしてもらっている。その秘密でこうも親に弱味を握られるとは……。
親が同じ学校の先生とか……マジで勘弁!!
こんな事なら、隼人や梨理と離れても、別の高校に行けば良かった。
2年にあがっても、まだ後悔してる。
だから嫌だったんだ!!この高校に来るのは!!