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デートと尾行

 土曜日。

 休日だ。

 一樹はあたりを見回した。


 目の前には、巨大なパイプオルガン。

 落ち着いた色調のコンサートホール。


 隣には、知香がいる。

 知香は地味で控えめな私服を着ていた。

 けれど、よく似合っている。


 時間は午後四時二十四分。

 そろそろ、開演のはずだ。


「人、たくさんいるね」


 知香がつぶやく。

 たしかに、かなり席は埋まっている。


 けれど、いつもの演奏会とそれほど違いはない。

 一樹たちが来ているのは、地元のオーケストラの定期演奏会だ。

 知香が小声で言った。


「わたし、浮いてないかな」

「そんなことはないと思うよ」


 クラシックのコンサートというと、かなり敷居が高いイメージがある。

 けれど、実際にはそうでもない。

 ただ音楽を聞くだけだし。


 それに、高校生だったら、映画を見に行くより安上がりだ。

 まあ、安いから行く、というようなものでもないか。


 高校生だったら、なおのこと。

 クラスメイトに言えば、冷やかされるか、笑われるかのどっちかだ。


「だから……ありがとう、一樹くん」

「まあ、貰い物のチケットなんだけどね。白川さんに喜んでもらえたなら、良かったよ」

「知香、だよ?」

「え?」

「わたしの、呼び方」

「ああ、そうだった」 


 恋人の振りの練習。

 それが、今日の二人の課題だった。

 知香が言い出したことだ。


 わざわざ、そんなことをする必要があるのか。

 それは疑問だけれど、 茜たちクラスメイトに怪しまれているのもたしかだ。

 それに知り合いから、演奏会のチケットをもらっていた。


 もともと使う予定はなかったし、余っている。

 なら、使わないのももったいない。

 一樹は心のなかでそう言い訳した。

 けれど、たぶん、これはデートということになるのだろう。



 茜はあくびをした。

 演奏会はようやく終わった。

 二時間ぐらいたったのかな。

 

 茜には、よくわからなかった。 

 ラフマニノフという知らない作曲家の曲と、シベリウスという知らない作曲家の曲を聞かされても、ピンと来ない。

 楽しめないのは、仕方ない。

 

 茜の目的は、別にあった。

 一樹と白川の様子を探ることだ。


「二人とも、楽しそうに見えますね」


 後ろから、二葉が小声でつぶやく。

 茜がここにいるのは、二葉の誘いだった。

 一樹たちのデートを観察しよう。


 二葉は、そう言って、茜を呼び出した。

 茜は、その提案に飛びついた。

 昨日の一樹の様子は変だった。

 何かがおかしい。

 ただの勘だけれど。


 二葉もそう思っているのかもしれない。

 茜は、二葉とそれなりに仲が良い。

 けれど、それは一樹のおかげだった。

 一樹と二葉は従兄妹だと聞いているけれど、本当にそうなんだろうか。

 なんで同じ家で、しかも二人きりで暮らしているんだろう?

 聞いてみたいけれど、その勇気は茜にはなかった。

 自分は駄目だな、と茜は思う。

 友人は少ないし、何の取り柄もない。

 クラスメイトの村瀬たちには、見下されているような気がする。

 村瀬たちと打ち解けて話すことはできなかった。


 ただ、一樹だけは違った。

 一樹とだけは、自然に話すことができる。

 どうしてなのか、よくわからないけれど。

 たぶん、一樹があまり男っぽくないから。

 それに、女子グループ特有の面倒もないからかもしれない。

 一樹と話すようになったのは、去年、クラスで隣の席になったから。

 平凡なきっかけだと自分でも思う。

 それから、一樹とは一年近く一緒にいる。


 けれど、それは同じ学校の同じクラスにいるからだ。

 クラスが別々になれば、話すこともなくなるかもしれない。

 そんな関係は、嫌だった。


 でも、どうすればいいのかは、わからない。


 茜は、前方にいる一樹と知香を眺めた。

 白川は頬を染めて、一樹を見上げていた。

 本当に、嬉しそうだった。

 白川のそんな表情は、はじめて見た。

 白川は教室では暗い表情しかしない。

 なのに、一樹のそばにいるときは、こんなに違う。

 そう言うと、二葉はくすりと笑った。


「それは、茜先輩も同じでしょう?」

「そう……かな」

「はい。兄さんと一緒にいるときと、そうでないときでは、茜先輩は別人みたいに見えます」


 茜は一樹をぼんやりと眺めた。

 一樹は笑顔で知香と話している。

 楽しそうだ。

 かすかに白川の話し声が聞こえる。

 内容は聞こえなかった。

 けれど、白川が「一樹くん」と甘えたように呼びかける声だけは、はっきりと聞き取れた。

 茜は、一樹のことを下の名前で呼べたことはなかった。

 自分の方が、一樹と一緒にいた時間は長いのに。


 そんなことを考えても仕方がない。

 茜は二葉を振り返った。


「二葉ってほんとにクラシックに詳しいんだね」


 演奏会の前に、二葉は茜に詳細な解説をしてくれた。

 指揮者がそれなりに有名な人物であることや、曲の聞き所など、普通の女子中学生だったら知らないようなことを、二葉はたくさん知っているみたいだった。


「まあ、わたしはそうあることが求められていますから」

「ふうん」


 二葉が中学生でありながら有名なピアニストだということは、一樹から聞いて知っていた。

 それがどのくらいすごいことなのかは、よくわからなかったけれど、すごいということはわかった。

 二葉が音楽に詳しいのは、当然なのかもしれない。

 自分には、そんな取り柄は何もない。

 白川も二葉も、そしてたぶん一樹も演奏会を楽しめていたのに、自分だけは理解することができなかった。

 なんだか、仲間外れになった気がする。

 茜は二葉に尋ねた。


「二葉のお兄さんも、クラシックを聞くのが好きなの?」


 茜は、『一樹』という名前を口にするのを避けた。

 恥ずかしかったからだ。

 二葉は立ち止まって、茜を不思議そうに眺めた。


「ど、どうしたの?」

「いえ。ただ、茜先輩は、兄さんのことを何も知らないんですね」


 茜は黙った。

 たしかに、そうかもしれない。

 思い出してみると、茜の話していたことは、いつも自分の関心のあることばかりだった。

 黙って愚痴を聞いてくれる相手なんて、一樹しかいなかった。

 けど、一樹の趣味が何なのかは、はっきりとは知らない。

 二葉がたしなめるように言った。


「好きな相手のことは、知る努力をしたほうがいいですよ」

「あたしが、藤村のことを好き?」

「違うんですか?」

「わからない」


 二葉は肩をすくめた。

 その仕草は、一樹にそっくりだった。


「兄さんと白川先輩が一緒にいるのを見て、どう思います?」

「嫌な気持ちがする」

「どうして、兄さんに『白川先輩と付き合うな』って言ったんですか?」

「一緒にいられなくなるのが、嫌だったから」

「答えは明らかだと思いますけどね」

「でも……」

「茜先輩には期待しています」


 何を期待されているのだろう?


「わたしでは……ダメですから」


 二葉はかすかに声のトーンを落とした。

 何が、ダメなんだろう?

 聞こうと思ったとき、二葉が驚きの声を上げた。


「……あっ!」


 いつのまにか、一樹と白川は建物の入口近くまで進んでいる。

 見失わないようにしないといけない。

 けど、二葉が驚いたのはべつの理由だったみたいだ。 


「すみません。茜先輩は先に行っててください」

「え? どうして?」

「知り合いを見かけたので」

「知り合い?」

「同級生ですよ。黒崎っていう」


 名前を口にしたとき、二葉はちょっと怯えたようだった。

 知り合い?

 一樹たちのことより、優先するべき相手なのかな。

 理由を訪ねようとして、茜は思いとどまった。

 二葉の問題に関わる余裕は、自分にはない。


「あとは頼みました」

「うん」


 二葉はすぐにその場からいなくなった。

 茜は一樹たちの姿を目で追った。

 あとは、自分一人でやらないといけない。

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