真相
月曜日の夜。
一樹は繁華街の路地裏にいた。
表の道にあるのは居酒屋とラブホテルばかりだ。
そのなかに数メートル先に、セーラー服姿の知香を見かけた。
それも当然で、知香が下校するタイミングを選んだのだ。
「知香」
一樹がゆっくりと後ろから呼びかけた。
びっくりしたように知香はこちらを向き、怯えたように後ずさった。
ぼくは笑顔を作った。
「そんなにあわてて、どうしたの?」
「慌ててなんていないけど、でも、えっと、ごめんなさい」
「今日、俺のこと、避けてたよね? 教室でも一度も話そうとしなかったし」
「避けてなんていないよ。いないけど、でも、藤村くん、わたし、先に行くね」
早口で言うと、知香は駆け足で去ろうとした。
明らかに避けているじゃないか、と一樹は思う。
それに、知香は「一樹くん」ではなく「藤村くん」と言った。
こないだまでは下の名前で呼んでいたのに。
一樹は自分がそれなりにショックを受けていることに気づき、赤面した。
偽物と言いながらも、一樹は知香と恋人同士のような錯覚をしていたのだ。
けれど、知香が一樹を避けているのは、愛歌の差金だろうとは思う。
愛歌は知香に近づくな、と言っていた。そして、「白川知香のほうからあなたを避けます」とも語っていた。
なら、知香は愛歌に脅されているのか。
答えはNOだ。
考えながら歩いていたら、目の前で知香がこけた。
一樹は慌てて駆け寄った。
知香はアスファルトの上にへたりこんでいた。
膝のあたりをみると、ちょっと血が出ている。
「大丈夫?」
「へ、へいき。ちょっと痛いけど」
「足痛めてない?」
「大丈夫だよ。歩ける」
「無理しないほうがいいよ。えっと、肩を貸そうか?」
「一樹くんに心配してもらうほどじゃないよ」
と言った後、知香ははっとした顔をした。
「一樹くん」と言ってしまったことに気づいたんだろう。
知香は悲しそうな顔をして首を横に振った。
「藤村くん、わたしに優しくしないで。わたし、あなたに優しくされる価値なんてない人間なんだよ?」
「それは俺の決めることだよ。俺は知香が、価値のない人間だなんて思わない」
「わたし、臆病で、卑怯で、それに猫を殺したりする悪い子だよ。どうして、藤村くんは……一樹くんは、わたしのことを見捨てないの?」
「知香が猫を殺す理由がわからなければ、知香のことを理解することはできない。俺もそう思っていたし、黒崎さんもそう言った」
黒崎、という名前を聞いて、知香はびくりと肩を震わせた。
知香と愛歌は知り合いだ。
なら、どういう知り合いなのか。
知香は一樹の家に来たとき、愛歌のことを「味方」だと言った
知香と愛歌は同じ側の人間なのだ。
そのとき、近くの通りから悲鳴が聞こえた。
女性の甲高い声。
一樹は知香に手を差し伸べた。
ためらった後、知香はその手をとり、立ち上がった。
一樹は知香と一緒に、悲鳴の聞こえた路地裏へ立ち入った。
そこには集まってきた何人かの人と、三匹の猫の死体があった。
いずれも首がない。
悲鳴はそれを見た女性のものだったようだ。
一樹はそれを確認し、知香の肩を叩いた。
「知香、行こう」
「えっと……」
手を引かれるがままの知香に、一樹は小声で尋ねた。
「あの猫殺しは、知香がやったの?」
「うん」
知香がしっかりとうなずいたのを見て、一樹は自分が真相にたどり着いたことを確信した。
一樹はゆっくりと言った。
「知香。それは嘘だよ」
「どういう意味?」
「あの猫を殺したのは、知香じゃない」
「だって、猫殺しの犯人は、わたしなんだよ」
「悪いけど、今日、俺はずっと知香をつけてたんだよ。下校した後ずっとね」
「え?」
「だけど、俺は知香が猫を殺したところを見ていない」
知香の表情が一瞬で氷のように固まった。
「知香が猫を殺したのは一度きり。この繁華街で知香が猫を殺したところを俺が見た、そのときだけだ。後は全部、別の犯人がいたんだよ。合ってるよね?」
知香は何も答えなかった。
「なら、知香はなぜ今日、こんな繁華街の路地裏を歩いていたのか。それになぜ、一度だけ猫を殺したのか。答えは全部、そこにある」
一樹が安っぽい看板のついたラブホテルを指差したが、知香の表情は変わらなかった。
そのラブホテルは、すでに休業中で、なかば廃屋のようになっていた。
知香はゆっくりとうなずいた。
「全部、お見通しなんだね」
「わからないけれど、おそらくね」
「そこにいるのは、わたしの妹なの。血がつながっているのは、半分だけだけど」
「黒崎さんのお母さんはハーフとかだった?」
「そう。わたしのお母さんは日本人だよ。えっとね、愛歌のお母さんは、わたしのお父さんの、その、愛人なの」
「なるほどね」
「だから、一緒に暮らしたことはないんだけど、妹であることは本当なの」
愛歌は知香の異母妹で、複雑な家庭事情があるらしい。また、一樹は愛歌が猫を殺している現場を見た。
そして、一樹はもう知香の猫殺しの理由がわかっていた。