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問題の最終的な解決

 二葉はすがるように一樹を見上げていた。

 

「兄さん」

「帰ってたんだね」

「はい」

「でも、黙って、いないふりをしていた」

「ごめんなさい」


 二葉は顔を真赤にして、うつむいていた。

 愛歌がここにいるのは不法侵入でもなんでもなかった、ということだ。

 二葉が愛歌を招き入れたのだから。


「黒崎さんは、二葉とどういう関係?」

「同級生ですけど?」

「それだけじゃないよね?」

「ええ、そのとおりです」


 愛歌と二葉は協力関係にあるのか。それとも何か違う事情があるのか。

 どう聞き出そうか迷っているうちに、愛歌が愉しそうにささやいた。


「ね、二葉さん。さっきのわたしと先輩の会話、聞いていたでしょう?」

 

 二葉はこくりとうなずき、上目遣いに一樹を見た。


「あの、兄さん」

「なに?」

「わたしのこと、嫌いじゃないんですか?」

「あー、聞いていたと思うけど、嫌いなんかじゃないよ」

「なら、わたしのこと、好きですか?」

「俺は二葉のことを好きだよ」


 二葉はもともと赤かった顔を、さらに耳まで真っ赤にしながら、小声で言った。


「わたし、ずっと兄さんに嫌われてるって思ってました。わたしが兄さんからピアノを奪ったから」

「嫌われてるのは、俺のほうだと思ってたけどなあ」

「そんなことない!」

「でも……」

「冷たくしたり、『好きになれない』なんて言ってごめんなさい。あれは……」

「照れ隠しなんですよね?」


 愛歌が茶々を入れると、二葉はうなずいた。


「でも、兄さんはいつも卑屈すぎるんです。もっと自信をもってもいいのに。兄さんは、わたしの……、えっと、その……わたしの自慢の兄さんで、たった一人の大切な家族なんですから」


 そんなふうに二葉が思っていたなんて知らなかった。

 一樹は自分の頬が熱くなるのを感じた。

 少なくとも、二葉にとって自分は特別な存在だった。

 なら、特別であることなど求めなくても、いいんじゃないか、と一樹は思った。

 けれど。

 これも愛歌の企みだとすれば、どうだろう。


「二葉、顔が真っ赤だよ」

「そ、そうですか?」


 うっとりとした、いや、とろんとした目で二葉が言う。

 二葉が頬を染めているのは、単に恥ずかしいからだけじゃない。

 いくらなんでも赤すぎるのだ。


「黒崎さん」


 一樹は愛歌の名前を呼んだ。

 すると二葉はどこか焦点の定まらない目で、しかし不満そうにこちらを睨んだ。

 しかし、それどころじゃない。


「なんですか、先輩?」

「二葉に何をした?」

「何もしていませんよ」

「嘘をつくなよ」

「そんなに怒らないでくださいよ。あなたの可愛い家族に、ひどいことなんてしていませんから。ただちょっと素直になる薬を飲んでもらった。それだけです」

「どんな薬か知らないけど、後遺症でも残ったらどうする?」


 愛歌はくすくすと笑い、ナイフの代わりに空き缶を投げてよこした。

 一樹がそれをキャッチすると、中身は空だった。

銀色に輝く飲料用の缶には、「アルコール分9パーセント」と書かれている。


「二葉さんにそれを二本分飲んでもらっただけです」

「未成年の飲酒は良くない」

「いまさらそんなこと気にします?」


 なるほど。

 猫を殺す女子高生に、ナイフを振り回す女子中学生。

 それを見て平然としている自分。

 

 たしかに未成年飲酒よりも、なお悪いことに足を踏み入れている。


 愛歌が一歩踏み込み、一樹と肩がぶつかるぐらいの距離まで近づいた。

 そして耳元に口を近づけ、そっとささやく。


「問題は二葉さんがあなたを裏切ったことです」

「写真のことかな?」

「そうです。二葉さんは勝手に他人を部屋に入れさせて、重要な写真を盗ませた。どうしてだかわかります?」

「黒崎さんがそう仕向けたんだろ」

「二葉さんは私との賭けに負けたんです」

「賭け?」

「はい。あなたと白河知香のデートがうまくいくったら私の勝ち。そうでなければ二葉さんの勝ち。それで二葉さんは負けた」

「負けたほうは何でも言うことを聞く、とかそういう条件?」

「ええ。ですから、お酒を飲んでもらって判断力をなくして、それから写真の回収に協力してもらいました。二葉さんはちょっと挑発しただけで賭けに乗りましたよ」

「信じられないな。二葉は慎重なやつだと思っていたけど」

「だって、二葉さんは先輩のことが好きだから」


愛歌は一樹から空き缶を取り上げると、それを一樹の額に押し当て、にやりとした。


「だから、先輩と白川知香の仲がうまくいくと言えば反発し、酒に酔ってるせいだとしても白川知香を陥れることに協力しました。つまり、二葉さんは嫉妬しているんですよ。ね、そうですよね、二葉さん?」

「うん。わたしは一樹兄さんのこと大好き」


 ろれつの回らない様子で、ふらつきながら二葉が言う。

愛歌はいつのまにかナイフをポケットにしまっており、小型のカメラで動画を撮っていた。


「私の勝ちですよ、先輩。白川知香の犯行写真は私の手の中。おまけに天才ピアニスト少女の不祥事もばっちり撮りました。お酒を飲んでるところも写真に撮ってますし、二葉さんの評判も傷ついてしまうかもしれませんねえ」

「たとえば俺は君から力ずくでデータを奪うこともできる」

「やめておいたほうがいいですよ。私が何の対策も打っていないわけがありません。それに優しい先輩には女の子にひどいことなんてできないでしょう?」

「二葉や知香を守るためなら、黒崎さんに少しひどいことぐらいしてもいいと思っているよ」

「先輩は二人のうちのどちらを守りたいんですか?」


 両方とも、と一樹は答えた。当然の返答だが、二葉はおかしそうに笑った。


「欲張りですね」

「そうかな」

「そうですよ。先輩は一人を選ばないといけないです。でも、安心してください。どちらにしても、私は二人に危害を加えるつもりなんて、ないんです」


 それはおかしい。

 脅迫用の写真を、危険をおかしてまで手に入れて、愛歌は何をしたいというのだろう。


「黒崎さんの目的は何なのかな?」

「問題の最終的な解決。それだけです。その証拠にこのカメラは差し上げます。二葉さんについての動画は自由にしてください」

「一体何がしたいのか、わからないな」

「そのかわり、これ以上、白川知香にかかわらないこと。いいですか、あの人と絶対にかかわらないでください」

「そうはいってもクラスメイトだよ」

「クラスメイトでも、ずっと話したことなかったくせに。……大丈夫。これからは白川知香のほうからあなたを避けます。あなたは罪悪感を覚える必要もありません。それですべて解決です」

「猫殺しの問題も?」

「そう。私ならあれを止められる。だから先輩はどうか黙ってみていてください。あなたには大切な二葉さんがいるんだから、それで十分でしょう?」


 一樹が黙ると、二葉は優しげに微笑んだ。


「あとは二人で仲良くしてくださいね。夜分に失礼しました」 

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