二、司祭と一番街
こちらは連載です。第一話はこちら!
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アリサとカイはその後、役人に街の入り口まで案内されていた。
すごい人手だ。今まで静かな田舎町で育ってきたアリサは、あまりの人に目眩がした。
「さて、これからどうしようか?頼りのサカモトはいなくなっちゃったし」
「ほんとにね……。すぐに帰ってくるといいけど。でも、何したらいいんだろ?まず宿?」
アリサは目の前の人通りを見てため息をついた。皆が皆前だけを見て歩いている気すらする。誰もアリサを気にも留めない。当たり前だ。風竜の国と違ってこの国ではアリサのような旅人は珍しくないのだ。
「確か地図もらってたろ?」
カイに言われてアリサは貰った地図を開いてみたが、まず自分がどこら辺にいるのかも分からない。カイもちらっとみると早々に諦めたようだ。
「僕が空から一度街を見てくるよ! 大体どこに何があるのか分かってるのとそうじゃないのじゃ違うしね」
「その方が早そう。頼むわ、カイ」
そう言ってアリサが地図を渡すと、カイはにんまり笑った。
「後で果物たっくさん頼むからね!」
アリサが頷くと、カイは心底嬉しそうに空へと飛び上がっていった。
「彼が風竜の……」
隣に立っている、どこか覇気のない青年がカイが飛んだ方向に目を凝らしていた。
「ええ。風竜を見るのははじめてですか?」
「はい。貴方の国では珍しくないのでしょうが……ほら、周りをご覧下さい」
周りには、確かにちらほらとあんぐり口を開けて空を見上げている人がいる。
返事をしようと隣の青年の方を振り向くと、先程まで気にも止めていなかった彼の服装が目に入った。きれいな金髪と、先ほども見た白いローブが風を受けて膨らんでいる。
「お、お役人さん⁉」
アリサが驚いてそう言うと、青年は少し首をかしげた。
「初めまして。司祭のジーノと申します」
「えっ? はい。アリサと言います……ん? 司祭?」
思いがけず自己紹介をされアリサは面食らった。しかし青年は却って合点がいったようだ。
「なるほど、本当にこの国のことをご存じないのですね。案内はその辺から始めた方が良さそうだ」
ジーノの言葉に、アリサは目をぱちくりさせた。
「先程出入国管理方の者からお聞きになってませんか? 案内はそちらの方に頼まれたのですが……」
「あ! はい、聞いています! 案内してくれるんですね!」
「アリサー!」
その時、遠くからカイの声がした。少し焦った声だ。初めて海外に来たアリサを心配して、速めに切り上げてきたのだろう。
「カイー!」
アリサはカイを安心させようと笑顔で手を振った。隣でジーノもカイに会釈をしている。
「ただいま、アリサ。大体の地図は頭にいれてきたよ。で、そちらはどちらさん?」
「おかえり、カイ。こちら司祭のジーノさん。街を案内してくれるって!」
アリサの様子に安心したのが、比較的ゆっくり降りてきたカイは、アリサの言葉に驚いたようだ。ジーノに向かって笑顔を浮かべた。
「ほんと⁉ 助かるなあ、困ってたんだ!」
「ジーノと申します。これから半日程になるかと思いますが、よろしくお願いします」
ジーノも笑顔でとはいかないが、丁寧に返す。先程から感じていたが、どうにも表情に出すのが苦手な人物のようだ。本人も自覚があるのだろう。細やかなジェスチャーで意思表示をしてくれる。
「よし! 心強い案内人もいることだし、早速街に繰り出そうぜ。僕もうお腹減ちゃったよ!」
カイは目をキラキラさせて言った。
「そうですね。では早速、水竜の国のメインストリートに参りましょうか」
玄関口である一番街に面した港には見上げるほどの巨大な船が整然と並び、そこから運び出された商品が、商人によってそのまま通りで売りさばかれている。ジーノの先導の元、市場に案内された二方は早くも人並みに揉まれていた。空に浮いているカイが少し心配そうにアリサを見ている。
「此処は旅行者の方だけでなく地元の方も使いますからね。人波に流されぬようお気をつけください」
「あっ! アリサ! 果物あったよ、こっちこっち!」
カイが喜んで店の上に飛んでいき、アリサ達への目印となっている。隣でジーノが感心した様に便利だとつぶやいた。
「おお! 君は風竜かい?」
「そうだよ! 僕はカイ。あっちにいるのが同行者のアリサ。ねぇ、珍しい果物ない?」
「珍しい果物かぁ。風流の国から来たなら南国の物がいいかなぁ……って、ジーノ司祭」
アリサたちが追いつくと、商人は驚いたように叫んだ。
「お会いできて光栄です! いつもオリヴィアが話してくれるんですよ、ジーノ司祭のお話は面白いって!」
「ありがとうございます。オリヴィアさんはいつもよく話を聞いてくれますから」
「ハッハッハ! いやぁ、妻に似て真面目な美人でねぇ!」
そう言って商人は破顔した。娘さんのことだろうか? 話をしながらも手際よく身繕った果物を袋に詰めてくれる。
「ほら! お代は8ゴールドだよ」
「ちょっと安すぎませんか?」
アリサがはちきれんばかりの袋を見て心配そうに尋ねると商人は笑った。
「お前さん、素直だなぁ! 君の国までの運送費分ここの方が物は安いのさ。あとほら、まとめ買いのおまけだ! ここから飲むんだよ」
そういって差し出された大きな丸い果実をアリサはありがたく受け取った。カイは早速それに手を出し、美味いといってしばらく抱え込んで離さなかった。その間に、アリサはいい匂いに釣られてピザ屋台に入り舌鼓を打った。カイは木の実からできた飲み物だと言われて、初めて見た黒い飲み物を飲んだが、結局苦くて飲めなかった。好物だというジーノにあげると、ジーノが当たり前のように沢山の砂糖を入れてカイが驚いていた。アリサは部品屋を見つけて目を輝かせたが、カイに荷物になると止められた。
一番街はアリサたちが見たこともない物や食に溢れていて、二人は自分の欲と人波に大いに流された。
少し人通りの落ち着いた通りに出て、アリサは少しほっとした。
「楽しかったね。あのおまけ、また食べたいなあ」
カイは少し量が減った袋をみて、満足げに言った。アリサも沢山食べ歩いておなかいっぱいだ。楽しかったが少し疲れてしまった。カイの後ろをだらだらと付いていく。
「私もこんなに市場を探索するのは久しぶりで、楽しかったです」
ジーノはそんな二人を見て頃合いだと思ったのだろう。
「さて、この国を堪能してもらったところで、この国の話をしながら宿に向かいましょうか」
この国は水竜を中心として成り立っている事は既にサカモトが話してくれたが、そのお告げを民に伝えるのは、ジーノ達司祭の仕事だ。最初は司祭はそれだけの組織だったが、次第に組織が巨大化、今では他国における公務員の様な役目を担っている。教員になる司祭もいるし、先程の様に役人や、警察の役目をするものもいるようだ。
「私は役人に近い部署です。まだ下っぱなので、普段は雑用のようなものですが……。ただ、この水竜のお告げを伝えるという役目を担わせてもらっています」
「へぇ! じゃあ有名人じゃんか!」
カイは買い込んだ果物を頬張りながら叫んだ。
「いいんかよ、こんなとこで僕らの相手なんかして! って、そうか、僕らが重要参考人といた仲間だからこうして一緒してんのか……」
言いながら段々トーンダウンしていくカイに少し苦笑いした。本人の前で言うべき事ではないだろう。すっかりしょげている。流石のジーノも少し笑って言った。
「いえいえ、勿論上司にはそういう事も言われていますけどね。個人的には、あまりあなた方を疑ってはいません。ただ、そうですね……」
ジーノは少し悩みながらも続ける。
「あなたたちには話しておくべきだと思うので、お伝えします。現在、サカモトさんに何の容疑がかかっているか」
「我が国はご存知の通り、多くの人が行き来するこの大陸の交通の要所です。多くの人が行き来するということは、それに紛れて多くの犯罪者の方もいらっしゃいます」
「それはまあ、道理だね。でも、それにしては随分この国は平和だよね。他国からの流れ者が皆ここに流れ着くなら、もっと悪人が蔓延ってもおかしくないのに」
カイの言葉にジーノは頷いた。
「おっしゃる通りです。実際、昔はこの国はあまり安全な国とは言えませんでした。しかし、司祭の組織が巨大化、他国と協力し、貿易部や警備部などが一元化できるようになってからは違います。各国の協力者から手配書を頂くことで犯罪者の情報を集め、犯罪者リストを作成。入国審査時点で彼らを排除できるようになりました。また、街中の警備部とも連携が取れるようになったので、彼らにも情報を回して、近隣の町から徒歩で来る犯罪者も取り締まれるようになっております」
ジーノの発言を受け、アリサは遠慮がちに続けた。
「ということは、サカモトさんはまさか、その犯罪者リストに?」
「ええ。火竜の国の手配書に載っていたと聞いております」
カイとアリサは思わず顔を見合わせた。思い当たる節はある。サカモトは風竜の国でその可能性を話していた。
——帰郷中、研究に反対している連中から、ほぼ間違いなく妨害に合う
——国王が後ろ楯だから、そうそう酷いことにはならないだろうが……
「サカモトさんの取り扱いの件で焦点となるのは二つ。こちらのリストの人物と、サカモトさんが同一人物であるのかどうか。仮に同一人物なら、こちらのリストは正しいかどうか。ただし、このリストの真偽はこの場合ほぼ焦点となりません」
「治安維持のいっちゃんの要だから間違ってたら困るもんな」
「ええ。それだけに協力者の方はかなり精査してあります」
カイの言葉にジーノは頷いて答えた。
「ただし、前者の判断は難しい。一部の犯罪者は偽名を使っています。そうなると、勿論パスポートも偽装されている。つまり、判断材料は、顔とパスポートの真偽です」
なるほど、風竜の国でサカモトが言っていたのはこういうことだろう。国王が後ろ盾となる自分には、研究反対派がどんなに妨害しても、書類の真偽の時点で無意味となる。
つまり、逆にここでサカモトが返ってこないようなら、サカモトの話全体の真偽が疑われるということだ。
「さて、そろそろ宿につきます。こちらの間違いなら、サカモトさんがそちらに案内されているでしょうし、残念な結果が出たら書類を宿に送る手はずとなっております。結果発表の時間ですね」
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