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竜と一緒に東方見聞録!  作者: 三津谷 葵
水竜の国
11/11

五、邂逅

こちらは連載です。第一話はこちら!


https://ncode.syosetu.com/n8938fa/1/


「ジーノ司祭、君は本日をもって司祭を解任する」

ジーノは絶句した。朝会の後、大司教がお呼びだと伝えられ、何事かと急いできたらこれだ。

「本日より、司教の役に就いてもらう。昇進だ、おめでとう。……なんだお主は本当に表情が変わらんな」

大司教にカラカラと笑われ、ジーノは心から脱力した。

「あまりに急だったので少し放心してしまいました。喜びよりもどっと疲れが……」

「おや、すまんな。お主のように水竜様のお付きの者は大体この手の悪戯に慣れているんじゃが……」

何やら悪いことをしてしまったかと大司教が目の前で少し焦っている。水竜の悪戯は意外なところにまで悪影響を与えているようだ。


「昇進とおっしゃいますが、私が何かしましたか?」

ジーノの言葉に大司教は驚いたようだ。

「あれだけの決断をしておきながら、何かしましたかとは剛毅なやっちゃのぉ!」

かっかっかと大司教は笑う。

「昨日の働きじゃよ。皆分かっておるよ、普通の者ならあそこで議場に入ってなど来ん。放っておけば儂ら司教が判断するだろう。水竜との朝の会話は戯言と断じる方が楽じゃろう。あの時、儂に咎められることも考えたうえであの議場に入り、水竜様のお言葉の報告をするのは、並みの決断力、精神力ではない。あれは水竜付きの司祭として英断であったし、儂らも助かった」


ジーノは、心からありがたいと思った。あの自分の決断は、議場に入ってくる不届きものだと軽んじられてもおかしくないものだ。誰も自分がいかに悩み、動いたか、そんな事誰も気にしないだろうと。そうなって当たり前の決断だった。

「君の決断力、頭脳を借りたい。儂らとともに力を貸してくれ」

大司教が笑ってこちらに手を差し伸べてくれることを、そういった組織にいることをありがたいと思う。

「司教の任、誠心誠意努めさせていただきます。今後ともよろしくお願いします」

ジーノが手を握り返すと大司教はにっこりと笑った。

「よろしく! さて、服を用意してある。着替えなさい。それと、早速君にぴったりの仕事がある」

大司教から服をもらいながら、ジーノは訊ねた。

「何のお仕事でしょうか?」

「関係者との挨拶回りじゃ。お主に会いたい者は多いぞ。それこそ、あの疑惑のリストの協力者などもいる。疲れるだろうが、よく考え、決断する事じゃ」



アリサが起きるとジーノはいなかった。朝会の仕事があるのだろう。昨日あれだけ酔っぱらっていたサカモトは、今日は涼しい顔で朝食をとっていた。

「やあ、アリサ君。昨日は失礼したね」

「驚きましたよ、サカモトさん」

アリサか呆れた顔をするとサカモトも苦笑いを浮かべた。

「悪かったね、酔っぱらいでもしないとどうにもあの話、できないんだよ」

「それじゃあ、お酒を持ってきましょうか?」

アリサの表情は硬い。サカモトとは、出会った時からこんな風に話してばかりだ。

「昨日の続きか。……いや、いい。このままで話そう」

サカモトは、いつものように微笑んだ。

「サカモトさんの研究の妨害をしているのは……」




火竜の国の代表がいると言われたその部屋はなぜか外より少し熱いぐらいだった。奥にいる人物を確認しようとして、ジーノは思わず呆けた声を上げた。

「会えるのを楽しみにしていたぞ、ジーノ司祭」

そこには、赤い竜がとぐろを巻いて待っていた。

「初めまして火竜様、この度はわざわざわが国までご足労頂き、ありがとうございます」

まさか火竜がいるとは思わなかったジーノは、その熱量と威圧感に圧倒されていた。よく見れば、火竜が息をするのに合わせ、たまに火の粉が舞っているのが見える。

「すまんな、司祭ジーノ。我が国の王は多忙でな。特に今年は、我が国の第一次産業がかなり苦しいのだ。国王ではないが、我で勘弁願おう」

火竜は悩ましげに言った。確かに今年、火竜の国は作物の類の輸出が多かったなとジーノは思う。同じぐらい、金属製品も取り扱っていたはずだが……。

「いえ、確かに驚きましたが、それは私はここにいるのは火竜の国使としか聞いていなかったからでして……。まさか私の為に火竜様がいらっしゃると思わなかったのです。ご無礼がありましたら、申し訳ございません」

ジーノの言葉に火竜はがっはっはと豪快に笑った。

「恐縮するな、わが国は同盟国ではないか! まあ、そろそろ本題に入ろう」

そういって火竜は身を乗り出した。一呼吸入れると、慣れた口ぶりで話し出す。

「公にはされていないが、我が火竜の国と水竜の国ではずいぶん古くから協定を結んでおる。それをジーノ、お前が司教になるにあたり、説明をせねばなるまいと思って来たのだ」

「……協定とは?」

「協定とは言っても、我とそなたとの個人的な契約だ。そなたも存じているだろう。あの、犯罪者リストだ。今では貴国は様々な国と協定を結んでいるようだがな」

そういうと、火竜はわずかに目を細めた。

「恥ずかしい話だが、わが国の警察機関はあまり優秀とは言い難くてな。罪を犯し、外国に逃走するものが後を絶たん。そこで、そなたの国でもわが国の犯罪者を取り締まってほしいと思い、あれは儂が言い出したことなのだ。リストはこちらが用意する。取り締まるための兵を使わせてもらうのだから、手間賃も出そう。犯罪者であるから、あまり柄のいい連中ではない。そなたの国の治安維持にも役立つはずだ」

そして、これが現行のリストだと火竜が小袋から見慣れた紙を見た瞬間、ジーノはすべての話がつながった。


なぜ、サカモトが水竜の国で犯罪者リストに入っていたのか。

なぜ火竜の国で国王の下技術開発をしていたというサカモトが、国外で逃亡者まがいの旅をしているのか。


「手間賃はその契約書に書いてある。余るようなら、国のために使ってもらってもいいし、これは私と君との契約だ。そなたが預かっても、もちろん構わない」


(この竜の、手引きなのか)

考えてみれば当たり前だ。火竜は金属を作り、加工し、代わりにゴールドや宝石を要求する。

もし、サカモトが言ったように、人間が火竜の力を使わずに大量の金属を作れるようになったら、どうなるか。見返りの宝石を要求する火竜よりも、人間は、人間だけで作れる新しい技術で鉄を作るようになるだろう。火竜は以前のようには宝石をもらえなくなるだろう。

火竜にとって技術の発展は、自分の利益の損失だ。

つまり、あの国は、技術開発を推し進める国王と、以前のように利権を握りたい火竜が対立している。

ジーノの中でぼんやりしていた火竜の国という国のイメージが、今固まった。



「こういった話だ。こちらもそなたの国も、益がもたらされると踏んでの取引だが、どうだ?乗るか」

(確かに、双方に益のある契約だ)

本当に、その言葉通りならば。ジーノも、もし今回、アリサとサカモトに出会わなかったら、この話に乗っていただろう。

水竜の国は交通の要所だ。人の出入りが激しいこの国は、いつだってその多くの人に困らされてきた。多くの人がいる所には、多くの犯罪者もやってくる。そして、その治安維持こそが、この国ではいつだって課題となってきた。

国のため、人のためになると言う言葉に、この司教という職の人物は弱い。

しかし、対価をもらうということは、今後、火竜が水竜の国の取り締まりに対して口を出すことを許すことになる。リストにある人物を捕まえないという選択が、対価をもらった以上出来なくなるのだ。

自分が火竜の国の発展を妨げ、人々を苦しめているかもしれない。この契約をした司教たちがその真実に気づき出したときに、火竜の契約を自分から止めるのは、難しいだろう。

司教達が、すべてに通じるという水竜と話せなくなるのは、どうやら忙しさだけではなさそうだ。

火竜はジーノをいぶかしげな顔でのぞき込んでいる。少し、肌がチリチリする。火竜は、今まさに、ジーノに対する疑いを強めているのだ。


「申し訳ありませんが……」

司祭は努めて穏やかに言った。火竜の眉がつり上がる。何か、早く思い付かなければ。

「ご遠慮致します」

ジーノはゆっくりと断言した。

「火竜の国としては出来る限りの誠意と好条件で持ってきたつもりだ。何故か、理由を聞こう」

ここであっさりと火竜の国と断言するこの竜に、ジーノは内心怒りさえ覚えた。

「お断りすると言っても、手数料の部分だけです。犯罪者の取り締まりは、私の方こそ是非とも強化したい。しかし、私たちの立場から言えば、火竜様がそちらの国の犯罪者のリストを渡していただけるだけでも、こちらの治安維持に役立ち、ありがたい事です。」

火竜をちらと覗き見るが、目を閉じており、どう感じているかは分からない。うまくいけばいいのだが。ジーノは続ける。

「手間賃と言えば、私たちがそのリストを作るだけの手間賃を火竜様に渡しても良いぐらいです。これ以上私たちだけがお金を頂くのは、不平等となるでしょう。私は、貴国と不平等な関係を築きたくはない」

ううむと火竜は唸った。

外郭のある生き物だからか、火竜は水竜よりも表情が読み取りづらい。ジーノは内心冷や汗をかいた。

「分かった。こちらも手間賃がかからないというならばそれに越したことはない。なるほど、噂に違わず真面目なやつだな」

ゾッとした。火竜は、お前を知っているぞと言っている。やはり大司教の思った通り、内通者がいる。しかし、朝まで一介の司祭でしかなかった自分のことまで知っているというのか。

つまり、それぐらい火竜にとって、この国の存在は重要だということだ。

水竜の国の防波堤が突破されると言うことは、今後、火竜の確実な支配が終わりかねない。

それを分かっているから、そうやすやすと司教全体を敵には回せない。火竜の国の人間のように、簡単に司教を潰すわけにはいかない。


これから自分は、お互いの命運をかけて、この火竜と騙し合い続けるのだ。


鳥肌がたった。

——これが、身の危険か。

火竜の熱を肌で感じる。内通者がいるのならば、ジーノ一人ぐらいは事故に見せかけていつでも殺せる。そういった者を相手にしていることを、ジーノは今、肌で感じた。

仲間が必要なのだ。火竜が自分一人を殺すだけで済まないように。この人数を殺したら、全体を敵に回してしまうと思うほどに多くの仲間が。

この決断に、後悔はない。

この作戦には、命を懸ける価値がある。

水竜の国は、航海の国だ。水竜様がお告げをくれるお陰で、今では大分水難事故も減ったが、根本的に水竜の国民は、海の民なのだ。まだ見ぬ宝のために命を懸けて大海原に漕ぎ出すほどに、無鉄砲で、勇猛な海の民なのだ。

その海の民の血が、ジーノに勇気と希望を与えていた。


(この火竜の支配を終わらせることが、人類のためになるというなら)

ジーノは、思う。

(この私が、おまえを倒すための銀の弾丸になろう)

司祭は火竜に、お辞儀をしながら、固くそう誓ったのだ。


「そう、アリサ君、君の推理通りさ。私達の妨害をしているのは、火竜様だよ」

サカモトは、ソファに深く身を預けて、すこし寂しそうに笑った。

「すまないね。私は、自分からはこのことを人に言えなかったんだ。火竜様の相手を毎日してくれる、我らの偉大な王のためにね」

サカモトは窓の外に視線を移した窓から見える海を眺めながら目を細めた。

「私なんかはいい。それこそあの研究から身を引けばいい。でも、あの人は、今も身の危険と相対しながら、火竜の国の現状と戦っている。私達の発明を、今か今かと待っている。国を何とかしようと闘うあの人のリスクを、これ以上増やしたくはない。それでも、今のわが国の現状を変えるためには、技術革新だけでは足りない」

サカモトはそういってアリサに笑った。心から嬉しそうに。


「私たちには仲間が必要だ。あの竜と戦えるような、賢くて、信頼できる仲間が。

そのために、私、明智は旅に出たんだよ」

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