四、会合
こちらは連載です。第一話はこちら!
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夜。
アリサは宿のベランダから町を見下ろしていた。
あの後はサカモトとご飯を食べるだけで一日が終わってしまった。港町だからか海鮮がとても美味しく、カイも昼に食べた果物を見つけて上機嫌だった。サカモトは今日は疲れたといって中でお酒を飲んでいる。
しかし、大変な一日だった。
外国自体が初めてなアリサには、只でさえすべてが新鮮で、衝撃だった。その上でサカモトのあの足止めだ。
(そういえば)
ふとアリサは思った。サカモトの容疑は晴れたみたいだが、一体誰に似ていて、あんなに厳重な審査を受けていたのだろうか? 皆、結局話してはくれなかった。
「お疲れさま、アリサ」
隣にカイがやってきた。
「楽しい一日だったね」
「そうね……」
アリサはぼうっと町を見回した。風竜の国と違ってぽつぽつと灯が見える。この国は夜でもまだ多くの人が起きているのだろう。少し疲れてしまった。
「ねぇアリサ、昼間サカモトが捕まってたのって……」
「彼が言ってた妨害かしらね」
アリサはそっと声のトーンを落とした。それは、二人とも気になっていた事だ。一応役人の役目を持つジーノの手前、二人は昼間、この話題を避けていた。
「でも、分からないわ。ジーノ司祭の話なら、サカモトが捕まったのは、パスポートがよほど疑わしかったか、犯罪者リストの誰かに似ていたってことよね」
「サカモトの話を信じるなら、王様が後ろ楯になるから、入国書類等に不審な点があるわけがない。つまり、ただ、リストの誰かに顔が似てたってことだよね」
「これが他人の空似じゃないなら、反対勢力が他国の犯罪者リストにまで手を出して妨害してきたということになるわ」
「その場合、思ってた以上に注意しなくちゃいけないってことだ。他国に干渉するレベルってかなりヤバいだろ。とにかく、今はどういった組織かの見当もつかない。推理するにも判断材料が少なすぎる。僕らは、火竜の国についても。この大陸についても、何もかもを知らなすぎる」
カイは憂鬱そうにぼやいた。
「それこそすべてを見通す水竜様のような神秘が僕にあれば、違ったんだろうけど」
「カイだってすごいじゃない。私の国を守ってくれてたんだから。私たちにはそんな力はないのよ」
「君たちは文明を発展させ、何でも創造してきたじゃんか。存在自体が神秘だよ」
その時、後ろからコンコンという音がした。振り替えると、ベランダの入り口でジーノ司祭がこちらをうかがっている。
「失礼してもよろしいですか?」
「勿論! お昼は世話になったね」
「お役にたてたのならば光栄です」
ジーノは、そう言うと深く頭を下げた。
「昼間は不安にさせてしまい、申し訳ありませんでした。しかし、その理由が判明いたしました。お二方にすぐに話さなければならないと思いまして……」
ジーノは、アリサたちに二枚の紙を取り出した。
「これは、片方は、今日議論の対象となった犯罪者リストの写し、もう一方は、火竜の国の商人からもらった、あちらの国の手配書の一覧です」
アリサとカイはそのリストに目が釘付けになった。
「サカモトじゃんか!」
そこには不鮮明だが、サカモトによく似た人物の写真が載っていた。
「でも、名前が違いますね、えっと、ア…ケチ?」
「アケチ。最重要、国家反逆罪。犯罪組織蝙蝠のリーダーであり、現在逃走中。偽名の可能性が高いため、注意されたし……って!」
「でも、こちらには載っていませんね……アケチも、サカモトも」
カイがリストの中身を読み上げる間、アリサは火竜の国の手配書一覧を眺めて言った。
アリサの言葉に、ジーノは頷いた。
「ええ、これは、きわめて重大な問題です。どちらも国の安全を担う大事な書類だ。どちらが正しいのか、わが国には判断がつかなかったようです」
「でも、水竜様が……。あ、そうか」
水竜と話すとき、アリサはそこまで注意して聞いてはいなかった。水竜の元に案内された時点で、てっきりもう疑いは晴れたものだと思っていたのだ。しかし、今その言葉を振り返って、アリサは水竜の言葉の意味に気が付いた。大体水竜は、サカモトの名前さえ言っていないのだ。
「なんだ、私に内緒で面白そうな話をしてるじゃないか」
ベランダの入り口に、サカモトが立っていた。いや、この人物は本当にサカモトなのか、アリサは段々分からなくなっていた。
「さて、自己紹介をしようか」
アリサたちの会話を少しぐらい聞いていただろうに、サカモトは相変わらず上機嫌だ。
「これだから酔っぱらいは。僕らはジーノのことそこそこ知ってる。サカモト、君だけだよ正体不明なのは」
カイが少し不満げに口を尖らせた。そんなカイをアリサが宥めながら言った。
「まあまあカイ。サカモト、改めてやりましょう。まずは私から。風竜の国の技師で、火竜の国に留学に行こうとしている途中です。将来の夢は偉大な発明!」
「僕はカイ、風竜。旅の目的は……そうだな、アリサのおもりって感じかな? 昔っからの付き合いさ」
カイの言葉にアリサが少しムッとした。次はジーノだ。
「私はジーノ、司祭です。役人方。朝会で水竜様のお告げを伝える役目を担っています。あとは基本的に水竜様のお世話をしたり、その他雑用を担っております」
ジーノの言葉にカイが意外そうにした。
「へぇ。あの水竜様のお世話って何するの」
「話し相手です。とても疲れます」
ジーノの言葉の割に深刻な表情に、アリサは少し察した。そりゃあの水竜様の相手は疲れるだろう。頭を使いそうだ。カイでも時々疲れるんだから……。主に首周りが。
「最後になるが、私はサカモト。私は火竜の国で国王の元、動力を研究している学者だ。この話はアリサ君にもしたね?」
「はい、聞きました」
「さて、このあたりの話を、少し補足しておこうかと思ってね」
酒に酔っているからだろうか、サカモトは笑顔を浮かべて話し出した。
「この研究は我が国の研究者があることに気づいたことから始まった。水竜の国と同じように、火竜への信仰心が高いわが国では、火竜が作り出してくれる金属の研究もご法度だったんだが、ある研究者が、金属の虜になってしまってね」
「気持ちは分かります。あの他の物にはない不思議な光沢は、虜になっちゃいますよね」
アリサが深くうなずいた。カイはその隣で呆れたような顔をしている。
「その結果、彼は金属を眺めるだけでは飽き足らず、様々な実験をした。その結果、彼はとんでもないことに気が付いたのさ」
「とんでもないこと?」
「高温を人力で作り出すことができれば、金属を加工するどころか、精製することもできるってこと」
これにはアリサは開いた口がふさがらなかった。
「いやいや、金属を熱するなんて、いつも料理するときにやるけれど、赤く光ったことなんかないですけど……」
「もっと高温だよ。その程度では温度が足りないんだ。炉を使う。……いや、その説明はいいだろう。原理はともかくだ、そのマッドな科学者ってんのが、私の友達でね。その友人に頼まれて、高温を作る手伝いをしていたんだよ」
「それが君の研究とどう関わるってんのさ」
「奴は炉に風を送り込んで高温を作り出していたんだが、この研究が国王の目に留まってね、もっと一気にたくさん作れないかって言われた。そりゃあ、人の手で金属を作り出せたら便利だからね。火竜様がいらっしゃらない時でも加工や精製ができたら、作業効率は上がるだろう」
サカモトは酒をあおってのどを潤した。
「でもそれには自然の風なんかじゃとても足らない。ほら、アリサ君は分かったろ」
「人工的に、いつでも風を送り込む技術の開発……。私が風竜の国でやっていたことと同じことを、サカモトさんは火竜の国でやっていたんですね」
アリサの答えに、サカモトは嬉しそうに笑った。
「そう、人工的に風を作り出す。そのための動力の研究さ! ほら、アリサ君も僕がうれしくなっちゃった気持ち、わかるだろ? まあ、あの国じゃこの研究は基本的にご法度なわけだし、気に入らない連中も多い。結局、便利なのに難航している訳だがね」
それだけ言うと、サカモトは馬鹿笑いをしだした。アリサは、少し悲しくなった。カイは呆れた顔をしている。一方ジーノは何やら考え込んでいた。
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