序章、火竜の国
序章、火竜の国
今年も作物の出来があまり芳しくない。
若き国王は頭を抱えた。ここ数年郊外の畑は不作が続いている。畜産も、輸出はおろか国内の需要も満たせるかどうか。
「なんだ紅蓮。また悩み事か?」
「火竜様」
執務室の窓から火竜が紅蓮をのぞき込んでいた。巨大な火竜だ。高さは6m程。体長にすると10mはあるだろう。翼もあるため、実際よりもかなり大きく見える。もう老齢のはずだが、まだまだ動きは機敏だった。
「最近はずいぶんと多いな?」
「今年の農畜産業の成果が芳しくないのです。それより、本日の作業は終わったのでしょうか?」
「今日は十分であろう。悪いが我は忙しくてな」
そう言って鼻を鳴らす火竜を、紅蓮は暗い気持ちで見つめた。
火竜の国は、技術の国だ。
この国は、山を削って砂鉄を取り、火竜の神秘で鉄を作って発展した。火竜は鉄を提供し、人に見返りとして宝石や金を要求した。人々は、国に無くてはならない存在になった火竜を崇め、畏敬をもって火竜様と呼んだ。
それがこの国の始まりだ。その後の歴史では、火竜の国は常にこの大陸の技術開発の要となってきた。大陸中の技師の憧れの国となり、その名声を聞いて集まる技師達は、更に新たな発明をした。
しかし、その華々しい名声の割には、この国は裕福ではない。特に、作物の実りが芳しくなく、食物を他国に頼っている近年では、国民の生活はかなり苦しくなっている。
作物が採れない原因は分かっていた。長年の採掘の結果、山が細くなっている。最近は土砂災害も増えてきた。
「蝙蝠の様子はどうだ?」
「確かなことは分かりませんが、最近は鳴りを潜めております」
火竜の眼光が鋭くなり、その吐息に火の粉が混ざったのを見て、紅蓮は内心冷や汗をかいた。苛立っている。国民の生活の厳しさからか、国内に蝙蝠というテロ組織が存在することを火竜は把握している。最近外出が多いのは、そのための監視だろう。
「あの明智とかいう男は見つかったのか?」
「見つかりません。ただ、あの男は失踪したようです。明智がいなくなってから革命派の活動は表面的には少なくなっております」
革命派の首謀者である明智が逃亡したという噂は火竜も知っている。
「全く、この国の警察はどうかしている! いつもいつも、他国に逃げられてばかりではないか!」
「申し訳ありません。私の方もまだまだ力不足で」
火竜は国王の返答に軽く頷くと、どこかに飛び立ってしまった。
火竜が遠くに飛んでいくのを見届けると、紅蓮は足早に部屋を出た。
図書館に移る。少し薄暗い。ここは当たり前だが紙の束がある場所だ。貴重な書も多い。その為、日光や火竜の火の粉を避けるよう、本棚の付近にはあまり窓がない。そんな暗い中を、紅蓮は明かりも点けずに奥へと進んでいく。
そして、最奥にたどり着くと迷いのない動作で本棚を引っ張った。本棚は意外にもするすると動き、奥に階段が現れる。隠し通路である。紅蓮は階段を下りていった。
長い階段の下には広い空間があった。窓が一つも存在しない。ここは王宮の地下に当たる場所だ。
「紅蓮様、お疲れ様です」
中では白衣を着た人物たちが何やら忙しそうに働いていた。そのうちの一人、中年の男が紅蓮に声をかけた。
「国王様、御足労頂いて……」
「調子はどうだ?」
「難しいですね。学者からは様々な案が出ているんですが……。あまりスペースをとれないですからね」
「はやいところ開発しないとこのままではこの国は先細りだ」
頭を押さえながら話す紅蓮を、男は痛ましい思いで見た。
「こちらも全力を挙げています。しかし、未だ良い案は浮かんでおりません。しかし、こちらは良い知らせです。崩落事故により遅れていた地竜の国からの鉄鉱石輸送の件ですが、ついに無事こちらに届きましたよ」
「おお!ありがたい……。全く、地竜の国の方々には頭が上がらないよ。あの国の協力がなければ、まず研究存続すら危うかった。いつか、この国が豊かになったら、何か恩返しがしたいけれど……。まぁ、それはまだ、夢のまた夢だな」
ははっと国王は力なく笑う国王をみて、男は胸が締め付けられる思いだった。国王が、彼にできる事を全力でやってくれていることを、ここにいる皆が知り尽くしている。しかし、この火竜の国では今、ただ現状を維持することですら難しい。
「ここの開発がこの国の一番の肝だ。みな、今後も励んでくれよ」
黙り込む男に紅蓮は言い聞かせるように言った。口ではそう言いつつも、紅蓮の心は晴れない。
(本当に、間に合えばいいのだが……)
この国に残された時間はあまりなかった。
初めまして、三津谷です。なろう初投稿です。評価等頂けたら嬉しいです。