第9講 詩音対クライス
試合のルールを説明しよう。
まず、この世界には自動防壁というシステムがあり、エリクサーからその機能を設定し、展開する。そしてお互いにその防壁を削りあい耐久力が先に無くなった方が勝利。これは試合や大会、実戦でも基本的に同じらしく、この防壁がある間は身を守ってくれるそう。そして今回は大きなハンディキャップとしてクライス君には通常の5倍の耐久力が設定されている。
「こんなハンディキャップつけなくても、やりすぎじゃないのか?」
クライス君の言い分も私からすれば理解の及ぶものだったが、愛吏さんはこれが最低限だと言う。曰く、
「能力なんてのはバレたら対策を立てられる。言わば本来は初見殺しの応酬よ。基礎力、応用力、洞察力や機転。そしてお嬢様の実力。それらを含めても最低でそのくらいはないと不利なんてもんじゃないわ」
そもそも、多くはないとは言え少なからず先日の桐無君の報告から情報を得ているようで、クライス君の気持ちまで考えて出したハンディキャップなのだとか。多少屈辱かもしれないが、そのくらいの実力差だと思ってくれって言っていた。
……これ、私とか一瞬で粉みじんになってしまうのでは?
しかし、流石お金持ちだけあって地下に道場代わりのスタジアムがあるとは恐れ入る。観戦もモニターできて思い通り。異世界の科学ってすごい。
「では、これより試合を始めます」
3カウントと共にブザーが響き渡る。二人は同時にその手に武器を出現させる。クライス君の武器は以前も目にした細身の剣。本人談では、師匠の剣と同じものだそう。対してお嬢様こと夜月詩音ちゃんの武器は彼女の瞳と同じ碧色の輝きを放つ宝石から切り出されたかのような刀だった。美しいという言葉しか出てこないようなあまりにも煌びやかな刀。
先制したのはお嬢様。通常ではありえない速度で距離を詰める。クライス君もそれに対し一閃薙ぎ払う。下にしゃがんで薙ぎ払いを避けるも次は上段からの振り下ろし。しかし、それよりも早くクライス君に足払いをかけた。体勢を崩したクライス君に今度はお嬢様が刃を振るう。何とか避けるも、瞬間、クライス君が光に呑まれる。爆発だった。衝撃で吹き飛んだところに追撃の光の弾が飛来する。息つく暇さえないほどの連撃。見ていて同じ人類なのか怪しいとさえ思う。
開始1分。もう既にクライス君は10分の1程度防壁を削られていた。一方でお嬢様は一切の傷がない。
でもここからだ。クライス君の能力はたしか、時間経過で斬撃を飛ばせる空間が形成・拡張されていく。後になればなるほど有利になる……はず。でも、このことを報告しないわけがないし、多分知ってるだろうなぁ。
クライス君は大きく動き出した。きっと私が考えることなどとっくに予想がついているのだろう。バレていると踏んで剣を振り回しながら走り回ることであからさまに斬撃を仕込んでる。
「セツハ、あれは何をしているのですか?」
「あれは彼の能力で空間に斬撃を仕込んでいますね。仕込んだものは時間差で再度発生させることができます」
え?桐無君能力のこと教えてないの?
「能力って重要な情報なんでしょ?どうして教えなかったの?っていうか、それ教えなかったら他に何を教えたのよ」
桐無君はゆっくり首を横に振り、それから私に言った。
「たしかに、直接能力については語っていませんが、十分なヒントをお嬢様にお教えしています。見ていればきっとその瞬間が来ますよ」
クライス君は剣を水平に構えて突進する。突きの速さは私からすればかなりのものだが、それでも彼女は華麗にいなして見せる。同時に光の針を出現させ手数を増やして押していく。お嬢様の背後に斬撃が一撃。先ほど仕込んだものだった。そこから光の針と斬撃が四方八方から襲い掛かる。針を避けつつ見えない斬撃に翻弄される様は、まるで踊っているかのよう。そこにクライス君本人の攻撃まで合わさるのだからまともに動けたものではない。彼女の呼吸も乱れている様子だ。
スタジアムのフィールド上を大きく動かされ、段々と中心部へ誘導されていく。そして……
360度全方位に一度に展開された光の針、そしてそこは彼が最も剣を多く振った場所だった。
大量の光の針と斬撃が彼女に放たれる。お嬢様はクライス君とは反対方向に思いきり飛び退く。背後の壁に勢いよく叩きつけられ、針と斬撃を含めても防壁の7割が減少した。
「惜しい!もう少しだったのに」
「なんだかんだで熱くなってますね」
桐無君に言われてちょっぴり恥ずかしくなる。でも、たしかに少し観戦に熱中していた。こんな趣味が自分にあったとは。
お嬢様はすぐさま立ち上がり、刀を振り上げて真っ直ぐ下す。刹那、クライス君の周りに光の輪が出現し、クライス君を包み込んだ。
「お嬢様の勝ちですね」
轟音と共にクライス君の防壁は全て消滅していた。
「また負けた……」
すっかり落ち込み気味のクライス君。いや、君はすごかったぞ、と言いながら頭を撫でてやる。
桐無君が言うには、斬撃固定は知らないものから見れば当然不自然な行動として映るが、必ず意味のある行動であることは予測されてしまう。詩音ちゃんは敢えて付き合う形で空中に紋章を編み、詠唱して大火力魔法を発動させたのだという。
「レーバルさんは『剣士』だって聞いてたから、きっと大きな剣技をどこかで狙うと思ってました。剣士なら狙い澄ました一撃があると」
「ですが、狙い過ぎです。せめてやるのであればお嬢様のようにバレないように工夫すべきです。奥義があるのは結構ですが、それに賭け過ぎている」
お嬢様とメイドにボロカスに言われてる……
でも私も他人事じゃないんだ。頑張らなきゃいけない。
「しかし、やはり師匠が良かったのか筋は悪くないですね。試合の反省も含めて指導致しましょう。お嬢様とセツハは藤嶋様に護身術をご指導をよろしくお願いします」
「了解しました」
桐無君と詩音ちゃんがキリッと挨拶を返す。ここからが本番である。私にとっても、クライス君にとっても。
キャラクター解説 其の八
クライスの師匠
クライスに剣を教えていた師匠
話によると実力者だったようだが、街を襲ったグレイドと交戦、殺害されている
唯一生き残ったクライスは非常に慕っていたようだ