第8講 夜月家 2
先月と先々月は諸事情により更新できませんでした
申し訳ありません
夜月家のメイド長である愛吏さんと一緒にお嬢様と桐無君の会話をコッソリ盗み聞き中な私こと藤嶋彩は甘いものが大好物である。それは食べ物に限らず、所謂男女の付き合い的なものも含まれる。過去に運命的なボーイミーツガールがあった上に同じ屋根の下だなんて甘酸っぱいにも程がある。必ず何かあるに決まっている。美術科生として美しいものは描かずにはいられない。幼少より私は美しいと感じたものをどうにか残したいと思っていた。写真では満足できなかった私は絵に手を出した。ひたすら描き続けた。写真では残らない自分の心情を絵で表現することに自分の心を見出した。
だから私はこの会話を、下衆と言われようが聞き届けなければならない!
「結果として守れたのなら今回は不問にします。また共に精進すれば良い。それよりも……」
「それよりも……?」
桐無君はこれ以上があるのかと言うように聞き返す。ほんの少し間をおいて、
「貴方の方は……、その、怪我はないのですね?」
「誰も傷ついてません。勿論、僕自身も」
ありがとうございますと、優しい声音が漏れる。その後、糸の切れたような溜め息。私の知らない憂いがあった。きっとあのお嬢様に桐無君は心配をかけていたのだろう。その理由を1ミリたりとも理解はしていないけれど、多分気持ちは少しくらいわかる気がする。あれ?なんで気持ちが理解できる気がするんだろう?私、別にそんな記憶ないのに……
誰かを心配するようなこと、あったはずなのに。感情はハッキリと覚えているのに。
「約束は覚えてるよね?」
約束。色んな意味が考えられるが、多分一番可能性が高いのは……
「ここで確認するのはちょっと。会話も聞かれてますし」
……あ。
そう聞こえた時には既に扉は開けられていた。愛吏さんは既にいない。流石に盗み聞ぎは趣味が悪いのは解ってるので申し開きなどできない。
「ご、ごめんなさい」
私は即座に謝った。興味本位で盗み聞きをしていたのだから当然である。向こうはこれから同じ学校に通う友人になるかもしれない人なのに。軽率だった。
コホン。慣れない下手な咳払いが聞こえた。
「えー、藤嶋さん。私の方こそ申し訳ありません」
夜月さんが何故か私に謝罪した。理解できないことが起こって一瞬、頭が真っ白になる。
「いえ、愛吏さんに任せたとは言え、客人を放って内緒話などするべきではありませんでした。大切な客人に対する態度ではなかったと」
私では到底考えもしない。いや、考えることができないであろうことをこの人は思っていた。怒ってもいいはずなのに、謝罪なんて。
「なんかもう本当に申し訳ございませんでした……」
土下座もんですよこれ。
「しかしその客人を置いて愛吏さんはまた何処へ行ったんでしょうね」
まあ、大方さっきまで一緒に盗み聞きしてたんでしょうが、と桐無君は表情のない瞳で廊下の奥を見つめる。めちゃくちゃ素早い逃走だった。しかもほとんど音もなかった。
「普段はすごく優秀なんですけど、たまにこういうことがあるんです」
夜月さんは苦笑いしながら言う。困った人だと。
「さて、愛吏さんのことは置いておいて、話の続きです。セツハ、いいですか?」
「え、私いるのに話しちゃっていいの?」
夜月さんは柔らかく微笑んで肯定を示した。そしてそのまま続ける。
「帰ってきた際には学園のランク判定試験があることは覚えていますね。その試験で一定以上の判定を取る約束も」
そう言えば入学手続きの中にそんな資料も見かけた。実施日に関しては数字だったので何となく理解してたけど、文字は読めなかったから言われるまでわからなかった。
「私の方はきちんと約束は守ったわ。次は貴方の番」
「そうですね。僕も約束を守ります」
二人がこっそり交わしてた約束。正直めっちゃ気になる。一体どんな約束なのか……
「お嬢様と同じクラスになること。必ず果たしてお見せしましょう」
……は?何それ。一緒のクラスになりたくてクラス分け試験頑張ろうってこと?可愛いかよ。
「約束ってこのことだったんだ。てっきりもっと結婚級に大きな話かと思ったよ」
その言葉に桐無君は一瞬怪訝な表情を浮かべて、何か合点がいったように息をつく。
「案外、間違いでもないですよ。僕が言ったのはランク判定試験でトップクラスの成績を取るという話ですから。試験のランクは最低のEランクから最高のSランクまであって、お嬢様は最高のSランク。僕もそれを目指さなければなりません」
因みにSランクは学園全体で5%未満しかいません、と。
そして何よりSランク判定の最低条件。それは対戦相手に勝利すること。当然その対戦相手は教師である。
二人の話によると、学園の教師は全員例外なく国家資格である紅石戦闘資格C以上の人間。つまり国家基準でCランク以上なのだと言う。
「と言われても正直どれくらいすごいのかわかんない」
この前まで、いや今もそうだけど、戦うことすらしたことない素人。どれだけすごいのか想像もつかない。
「きっとすぐにどんなものなのかわかりますよ。振り分け試験は3日後ですから」
想像より差し迫っている。私何もできないんだけど大丈夫なのかな。私は突然この世界に投げ出された一般人。戦い慣れていないし、知識もない。
結局それでも入学する以外の選択肢など、今のところ思い浮かばないし、それが最善だとも思うから。
「ちょっとだけあのメイドさんに教えてもらったりとかできないかな……」
ぼそっとそんなことを呟く。
「その話、俺ものせてくれ」
唐突にふらりと現れたのはクライス君だった。彼も実は同じことを考えていたらしく、少しでも試験前に経験を積んでおきたいと言い始めた。っていうかいつからいたんだろうか。
夜月さんはそんな私たちをとある場所に連れて行ってくれた。
「ここはシミュレーションルームです。かなり頑丈につくられているのでご自由に練習できますよ。そして練習相手はご指名通り愛吏さん……、とはいきませんが」
「アドバイザーくらいはしましょう」
またまたいつからいたのか先回りしていたメイドさんは眼鏡をかけて気合十分のご様子だった。
「藤嶋様はまずはレーバル様の試合をご見学ください。後に私が初心者用の護身術をご指導しましょう」
「俺の試合って、セツハと?」
クライス君は桐無君に視線を向ける。しかし、桐無君はそれに対し首を横に振った。否、自分ではないと。そうなれば後は一人しかいない。
「今回は、私がお相手いたします」
名乗り出たのはお嬢様である夜月詩音さんだった。
キャラクター解説 其の七
桐無セツハ
好きなもの 命の恩人 嫌いなもの グレイド 特技 曲芸と変装
夜月詩音
好きなもの ……(ノーコメント) 嫌いなもの 牡蠣と生の蛸 趣味 観察
藤嶋彩
好きなもの 美術品 嫌いなもの 虫全般 日課 鉛筆を削ること