第7講 夜月家
そもそも何故桐無君の主人へ会いに来たのかという話なのだが、実はお嬢様が同じく今年から同じ学園に通っているとのこと。同い年とまではいかなくとも、互いに顔を知るのはいいことだ。何も持っていない私からすればこういうコネクションがあるだけでも重要である。
「いやはや職場からの中継ですまない。私が夜月栄治。そこにいる詩音の父だ」
今回のことで少しだけ時間を割いてくれたらしい。わざわざ雇っている執事の客に挨拶をしてくれるとは、随分と丁寧な人だ。あ、いや、でも娘の友人になり得ると考えればそうでもないのか?
実際、この状況になって個人的にはかなり嬉しいものがある。正直な話、文字も読めないままに夕方まで過ごすのは無茶な話だし、今日は休日らしく学園にもほぼ人がいないそうだ。
「君たちのことはセツハと学園長からある程度話は聞いていてね。うちの娘とも学年は一緒だし、寮住まいになるなら顔見知りは早くいた方が良い。詩音とセツハの為にも、君たちとは是非仲良くしてほしい」
娘だけじゃなく、桐無君もか。うん、多分これは聞くなら今だ。桐無君が席を外している今。
「彼、栄治さんにとってはどのような存在ですか?」
この人は彼を、桐無君のことを単なる執事見習いとは見ていない気がした。そしてそれは正しかった。彼から語られたのは、想像に難くない話。身元の分からない子供を引き取ったという話だった。
「私にとって息子のような存在なのだが、彼は7年ほど前に突然やってきたんだよ。ボロボロで庭に倒れていたのを詩音が見つけてね。以来、うちに住まわせているのさ。人手は足りてるんだが、聞かなくてね」
栄治さんは溜め息を吐く。そういえば、わざわざ仮面をつけて動画を撮ってたりしながら小銭を稼いでいるし、何か目的があるのかもしれない。そしてそれは多分彼にとっては大事なことではなかろうか。
「身元を調べて辿り着いたのは一人の研究者。しかし、その研究者は天涯孤独であること以外目立った情報もなく。それ以上は調査できませんでした。セツハ本人の言からの予測としては、何かしらの外的要因により研究者『桐無セツハ』が若返ったのが、彼であると考えています」
愛吏さんが言ったことが本当ならば、それどこの探偵?って思わなくもないけど、あくまで予測だし、仮にそうだとしても桐無君自身が何も言わないってことは、隠したいのかもしくは覚えていないのかってところかもしれない。
正直今まで結構な勢いで謎を振りまく不思議君だったけど、やっぱり事情があるんだな。
そう思うと、少し……いや、考えるのはやめよう。知ったところでこれまでと変わらない。むしろ、これからの交流で変わればいいことだ。
今は何も特別に考えるのはよそう。そっちの方が多分いい。
「昼食の用意ができました」
セツハが一人のコックと一緒に一同の食事を運んできた。本人を前に過去を掘り返すことはないだろうし、話はここで終わり。ここからは昼食を頂いた後、時間まで屋敷で暇を潰すことに。
「レーバルさん、藤嶋さん、申し訳ありませんが少しお時間を頂きます。セツハ。話があるので私の部屋まで来てください。愛吏さん、お二人をお願いしますね」
お嬢様、夜月詩音さんが桐無君を連れて部屋を出て行く。何かふたりだけで大事な話があるのか。少し気になる。
「オレ達はどうする?折角ならお屋敷案内してもらったり?」
oh…クライス君はそういうの興味ない感じですか。
「藤嶋様は気になりますか?」
ギクッとする。見透かされたって言うよりは多分そういう反応を期待するような声音。ちらりと愛吏さんを見てみるとニッコリ笑顔になっている。これはアレだ。同じこと考えてる顔だ。
今私変な顔してるかもしれない。
「なんか変な顔してるぞ?」
してた。っていうか、
「そういう事は言わんでよろしい……」
まだ二人が出てからそう時間は経ってない。
「コッソリ行きましょう」
愛吏さんは颯爽と先頭に立ち、私は後ろをついて行く。クライスはコックと話し込んでいるので置いて行くことに。二人は廊下の奥にある部屋に入って行く。
部屋のドアにそっと聞き耳をたてる。
「さて、まずは今日一緒に来たお二人ですが……」
聞こえてきたのは夜月さんの声。さっきよりなんだかトーンが低いというか、少し高圧的というか、桐無君何かしたのかな。
「クライスさんと藤嶋さんのことですか?」
「女性がいるとは聞いてませんでした」
そのことですか、と桐無君は笑った。私のこと言ってなかったんだ。助けられた身としては待遇良かったんだけど、お嬢様は何に怒っているのか。
いや、ちょっとだけ想像できる。
「問題はありませんでした。僕も彼らも。ただ、安全面では万全とは言えない結果となりました。確信があったとは言え誘拐を許すことになりましたから。その件に関してはお叱りをお受けする所存です」
そうだ。クライス君に私は一度誘拐されたんだ。無事だったのは結果論。でも……
「結果として守れたのなら今回は不問にします。また共に精進すれば良い。それよりも……」
「それよりも……?」
キャラクター解説 其の六
夜月詩音
夜月家のお嬢様でセツハ達と同じ学園の同学年。
怪我をしていたセツハを見つけた時からずっと一緒に過ごしてきた。
セツハが力をつけて行くと軍からの任務も受けるようになったことは快く思っていないが…