第5講 壁の先
「やっと宿だー」
部屋を3つ借りられたのはラッキーだった。電車に揺られて誘拐されて、自分が知らない戦いの世界を見せられた。もうそのまま寝てしまえるほど疲れ切っている。
けど、その前に明日に予定の確認とかもしておきたいし、シャワーだって浴びたい。
「すぐ寝るわけにはいかないよねぇ……」
シャワーを浴びたら今日の服を洗濯して乾燥機に入れておかないと。
――1時間後。私は隣の桐無君の部屋のドアをノックする。中から入室の許可を取ってからドアを開けた。そこには既にクライス・レーバルの姿もあった。
「明日の予定の確認ですか?」
全くその通り。話が早いってことはクライス君も同じ用事だったのだろうか。
「俺もそうなんだが、他にも聞きたいことがあってな」
そう言えば“学園”がどうのとか言ってたっけ。この世界での学園がどんなのもなのかはわからないけど、確かに彼くらいなら本来まだ高校生くらいでもおかしくはないんだろうなぁ。
「切無セツハ。アンタ、学園長と知り合いだなんて何者だ?普通頼んで入学とか言えねえだろ。実は相当な坊ちゃんか?」
その問いに桐無君は微笑んで、
「お坊ちゃんとは言えませんが、とある名のある家に置いて頂いているので、その関係のコネと言いますか。入学のことをお聞きするために通話の予約をしていました」
そう言って通話を開始する。映し出されたのは前回の通話の時に見た男性。ブレッド・アリステイルさんだった。前回、とりあえず偉い人と言っていたけど、まさか学園長だったとは。
「やあ。君がクライス・レーバルだね。話は先に連絡をもらって知っているよ。試験は受けてもらうことになるけど、是非とも君には我が校に来てもらいたいと考えている」
淡々と要件を話す。まさしく責任者と言うに相応しい威厳を備えていて見ているだけでも少し緊張してしまう。
流石にクライス君もかなり緊張している様子だった。
「お声をかけて頂き光栄です。入学試験、是非受けさせて頂きます」
堅い。さっきまでの私や桐無君への口調とは明らかに違う。しかも、どうやらクライス君は学園長のことを知っているらしい。それほどまでに有名人だということか。
だとすれば、私は相当な世間知らずに見えるはず(当然の事実ではあるが)。段々と口裏が合わせにくくなる。これはオリジンの街に着いたら正直に話すしかないかな。その上で、全面協力を頼めないだろうか。
「おい、桐無!聞いてないぞ!学園長がブレッド・アリステイルだなんて!」
色々と考えているうちに通話は終わっていたようだ。クライス君は未だに信じられない様子で桐無君に詰め寄る。これに桐無君はしれっと「聞かれてませんからね」などと意地の悪い言い方をする。
「アリステイルさんって、そんなに有名な人なの?」
少し気になって掘り下げてみる。一体どんな人物なのか私も気になる。だって、これから会いに行く人なのだから。
どんな人物なのか知っておかないと、もしかしたら失礼になってしまうかもしれない。
「知らないのか。ブレッド・アリステイルってのは今この世界で最強の人間。“十人のLevelⅦ”のトップで、“人類の最高戦力”って呼ばれてる人だ」
えええぇぇぇぇぇー……
なんか急に話が壮大になってきた。そしてまた知らない単語が……
とにかく、アリステイルさんって実はとってもすごい人、ってそういえば最初に自分で「偉い人」って言ってたっけ。
確かになんとなく漠然と凄そうな人だとは思っていたけど、まさかそんな肩書を持っていたとは。しかも世界ときた。
切無君はどういう経緯で世界レベルの人知り合ったんだろうか。さっきの「名のある家」が関係してるんだろうけど。
んん?そうなるとその家って世界レベルの人とコネができるくらいいい家柄ってことだよね……
「……桐無様って呼んだ方がいい?」
「分不相応ですので、普通に呼んでください」
分不相応、か。これはどう捉えるべきなんだろうか。いや、今は置いておこう。いずれ分かるだろうし。
纏めると、“十人のLevelⅦ”のトップであるアリステイルさんは学園長で、その学園にクライス君が入学することになった、と。
クライス君はこれでめでたしめでたしかな。なら次は自分の番だ。オリジンの街に到着したら、アリステイルさんにどこまで話してよいものか。アリステイルさんだけじゃない。場合によっては桐無君にも話すかもしれない。
今の私はエリクサーすら知らない田舎者ってところだろうか。外れていたとしても遠からずだとは思う。
切無君は何も聞かないで護衛をしてくれている。終わった時にはお礼もしなければならない。どこまで一緒かはわからないけど、ひとことくらいは許されるはず。
話すべき内容は予め決めておかなければ。
その後、明日の予定と出立時刻を聞いて私たちは部屋を出た。すっかり疲れてしまった私は部屋を出るなり大きな欠伸を一つする。
「すまない。俺のせいで余計に疲れてしまったな」
少しうつむいた彼は昼間のような迫力はなくなっていて、それどころか折角見つけたと思った復讐相手が人違いだったなんて。きっと悔しいのかもしれないとは思う。
「ねえ、クライス君。少しだけお茶に付き合ってくれないかな?」
同じ階の休憩所。ソファは3人掛けが三つ正方形の机を囲むようにして設置されていた。二人分のコーヒーを淹れてゆっくりと机の上に置く。
「怖い思いをさせた。謝罪する」
「もう終わったことだし気にしないで」
謝ってばかりいられても仕方がない。まだ彼は全部が終わったわけではない。大事なのはそこだろう。
「学園に入学して力をつけて、奴を見つけ出す。何せ世界最強の男がいる学園だ。きっと成長できる」
私は赤の他人だ。彼を止める術もなければ権利もない。だからそれに関しては返事をしない。きっと決着はいずれつけなければならないから。結果がどうであろうとだ。
「まだ探すんでしょ?師匠の仇の化け物」
「当然!……って言いたいところなんだけどな」
理由は何となくわかる。先ほどの勝負のことを気にしているのだ。
「俺だって今まで修行してきたんだ。なのに、アイツは武器すら使わずに俺に勝ってしまった。さっきアンタが来る前に聞いたら、武器は使い捨ての安物でストックが切れていたって答えたよ。つまり武器を使ったらもっと強いってことだろ?歳は離れてないのに何でこうも差が出てしまったんだろう……」
やはり少年なのだと思った。いや、自分が歳食ってるわけでもないけれど、こういう挫折は覚えがある。それも人によってバネにするための心の持ち方が違うのだ。間違えれば一巻の終わりってこともある。
私は私の挫折しか味わったことはない。自分の持ち直し方はわかっているつもりだけど、彼のことなど少しも知らない。わからない。
正解かどうかはわからないけど……
「そういう時は頑張れる理由を探すのさ。諦められない理由を。私はそういう時、上を見るんじゃなくて自分の心の中を見つめてたよ。私は絵が好きで、絵を描いてる時が幸せだった。他人の絵がどうしても魅力的に見えて、落ち込んだ時も沢山あった。その度に自分の原点を探すんだ。そしてそれを見つめる。自分にとって最も大事な気持ちを思い出して、その気持ちにだけ従って筆を振るってみる。誰かじゃなくて自分の原点を見つめて抱きしめてやれ」
自分の分のコーヒーを一気に飲み干して立ち上がる。
「明日は9時に出発だ。ゆっくり眠れ少年」
これが正解かどうかはわからない。でも諦めてほしくはない。それが復讐であれだ。
キャラクター解説 其の四
ブレッド・アリステイル
“十人のLevelⅦ”のトップにしてオリジンの学園の学園長
通称「人類の最高戦力」。極めて稀な全属性の使い手であり、接近戦、射撃戦でも高水準を満たす
全ての属性が扱えるため、攻め手と応用の多さから来る柔軟性、万能性を強みとしている
しかし、全属性が使えることからそれぞれの習熟度は他のLevelⅦに劣っており、息切れも早い(それでも十数時間の戦闘は可能)
33歳独身である。