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第4講 切り裂く光

さて、私こと藤嶋彩は今誘拐され、人気のない倉庫の最奥。その一室にいます。そして目の前には誘拐をした張本人がいる。金色の短髪で、少し筋肉質な少年。切無君よりずっとがっしりした印象を受ける。どこかに連絡を取るわけでもなく、私を縛り上げるわけでもなく、ただコーヒーを淹れていた。

少年は淹れたばかりのコーヒーを私に差し出してこう言う。

「これ飲んだらここから逃げろ」

耳を疑う。“逃げろ”とはどういうことか。彼から?それとも別の何かから?ここに来てからの行動や表情を見る限り多分前者ではないと思う。では一体……

「私がここから逃げたとして、君はどうするのかな」

まずは質問して反応を見る。答えから人柄を推察する。嘘を吐かれればそれまでだけど、何もしないよりはマシなはず。

答えを聞いて正しい判断を……

「さっきのグレイドを倒す。それだけだ」

さっきのグレイドってもしかして桐無君のこと。桐無君をあの化け物と勘違いしてるのかな。つまり、誘拐は桐無君と私を引き離すためだった?

私が捕らわれているように見えたから?それとも近くにいると全力で戦えないから?どちらにせよ、桐無君を敵としてみていることには間違いない様子だ。しかも、桐無君のこととなると彼の眼は燃えるように光る。何かしらの事情があるのは想像に難くない。

「もうすぐここも危険になる。そうなる前に早く逃げろ」

きっと奴が手下を引き連れて追ってくる、と彼は言う。手下ってまるでチンピラみたいな言い方だ、なんて考えてしまう。いや、わからないが実際桐無君くらいならあの異形をそんな風に捉えていても不思議ではないのかもしれない。

だが、桐無君は私の敵ではないと思う。あくまで私の想像だけど、そもそも今こうして護衛についているのも本来彼には何一つとしてメリットがないはずだ。彼が異形だとすれば尚のこと。この世界に私を知る人物はいないのなら、人質としての価値すらもないのだから。化け物らしく殺すなり平らげるなりするのが普通だ。しかし、それをしないのは当然殺す必要もなく、人質にする必要もない人間であり、何よりメリットなど持ち合わせていない私を助ける善意がある人物ということ。

私の常識に照らし合わせて考えるならば、桐無君が悪人、或いはあの異形である可能性は限りなく低い。

…………と思う。

とにかく、私の選択はもう決まっている。この場に留まってこの少年に守ってもらう。

何となく自分で考察した限り、切無君を危険視し敵視している。そしてその桐無君から私を引き離した。

そして引き離される時に目撃した異形の群れ。多分50以上はいたと思うけど、あの数を桐無君一人で切り抜けられるとは私も流石に思えない。つまり、桐無君が私を探すためにも敵を撒いてこなければならない。そうなった場合、私がここから逃げたらあの化け物と遭遇して終了。

なら逃げるのは悪手。そもそも地形も覚えてないし自衛の手段もない。

ただ、回避に徹する手段ならある。切無君に貰ったエリクサー。あれはその意志を持って身体のどこかに押し付ければ体内に浸透して身体能力が向上すると列車で聞いた。

一人で逃げては数もわからない相手に集中狙いされるが、ここにいれば狙いが分散される可能性がある。とにかく回避に徹する程度なら身体能力が向上した私にもできるかもしれないし、分散されるなら囮になりつつ守ってもらうこともできる。

やるしかない。

部屋のドアの向こうから大きな音が聞こえる。どうやら倉庫の入り口が開いたらしい。しかも、結構粗いやり方で。

「奴が来ちまった。アンタはさっさと逃げろよ」

「アンタじゃない。藤嶋彩。覚えておきなさい」

少しだけ強がって見せる。その裏で教わった通りにエリクサーを手の平に押し込んだ。

――入れ。――入れ。――入れ。

指先にあったはずのエリクサーの感覚がいつの間にか消え、体に力が漲る。いつもよりもずっと速く、強く、軽やかだ。

準備は整った。この先には敵がいるかもしれない。覚悟を決めて少年と同時に部屋を出る。

何もない殺風景な倉庫の中に侵入してきたのは、桐無君ただ一人。

「お前一人か?」

少年は信じ難いとでも言いたげな声音で桐無君に話しかける。桐無君は既に予想済みだった様子で、表情を一つも変えることなくそれを肯定した。

「藤嶋さん。遅くなってしまってすみませんでした。さあ、行きましょう」

その言葉に私が反応する前に少年は右腕で制してくる。まあ、彼からすれば当然なわけだが。

「グレイドがこの人に何の用だ。何をするつもりだ」

この時の反応は私の予想外のものだった。桐無君はその瞬間にあからさまなほどに、それこそ私にすらわかるほどに少年に対しての敵意を強くした。殺意、とまではいかなくてもやはり琴線に触れたのだろう。

「お前のことは覚えている。二年前に俺の住んでいた街を、丸ごと食い荒らしたグレイドの群れにいた上級だろう」

復讐。桐無君を危険視する理由。考えたことも無かった。今まで平和に暮らしてきた私にとって、関係すらなかった感情だった。言葉の上でならば復讐心が何なのかは知っている。だが、実感としてはまるで存在しなかった。

彼はそんな感情を持っていたのか。

「一対一だ。ここでお前を倒す。家族も、街のみんなも、師匠の仇も。全てここで終わらせる」

彼は刺し違えてでもここで終わらせるつもりなのかもしれない。そう思うと直接関係はなくとも悲しくなる。

しかし、私では止められない。止まらない。

縋るように桐無君を見つめていた。無意識に。既に切無君は臨戦態勢だった。武器こそ構えてはいないが、間違えようがない。少年は細身の剣を顕現させる。街の時のように肩の位置で地面に水平に剣を構える。

少年の短い金髪が揺れ、高速で突撃を繰り出す。切無君は最小限の動きでそれを避け右拳を突き出した。少年はしゃがみ込んで胴を薙ぐように一閃するが、桐無君は突き出した右拳で相手の上を飛び越える。

これが見えているのはきっとエリクサーを使っているからだろう。反応速度が上がっているのだ。

お互いに攻撃を躱し躱され一進一退の攻防が繰り広げられる。両者譲らないようにも見えるが、どちらかと言うと何となく少年は少し表情が険しい気がする。

少年は大きく飛び退いて、左手を上にかざす。瞬時に頭上に光の針が無数に出現し、左手を桐無君に向けて針を飛ばす。

切無君は倉庫の壁を走り、蹴り上げて空中に身を投げ出した。好機とばかりに針を桐無君の周囲に展開、射出。これに対し桐無君は小さな短剣を顕現させ全てを切り払った。

しかし、その着地に合わせ少年は間合いを詰めずに剣を振るう。その場から動かなかったにも関わらず桐無君の短剣を弾き飛ばしていた。

「斬撃を飛ばす……、いや、領域の拡張ですか。それも時間経過で徐々に伸びていく」

「もうバレたのかよ。もうこの倉庫内じゃどこいても届くがな」

多分彼の特殊能力か何かなのだろう。理解はしきれないが、何となく感じる。少年は剣を高く掲げ振り下ろす。

同時に幾つもの斬撃音。まるで一度に十数回分の攻撃を放ったような。

それと同時に桐無君の体は一瞬で切り刻まれた。

「流石にこれはバレなかったか」

少年は剣を納める。冗談ではなかった。決着は着いてしまった。最も忌避すべき結末が目の前にあった。

「終わったよ。師匠」

少年は仕舞っていたペンダントに祈りを捧げる。私は何もできなかった。いや、しなかった。後悔ばかりが押し寄せる。どちらかが死んでしまうという最悪の結末を指を銜えてみていた。

情けなさで胸が苦しくなる。

何かを足蹴にするような鈍い音が響く。音は少年の方から聞こえた。

「空間に斬撃を固定するトラップは見事でした」

少年の背後には無傷の桐無君が立っていた。

「お前!なんで。まさかダミーか!」

ご名答です、と少し意地悪く桐無君は答えた。視線を先ほどの桐無君に戻してみると、確かに血も出てない。そう知った途端、私は安堵で座り込んでしまった。

「そもそも、人をグレイド扱いとは良くないですね。貴方の言う僕の姿のグレイドが変身能力を持っていたら辻褄は合っていますよ?人間に変身して人間を襲えば、貴方のように考える人もいますからね」

「だからお前がそうなんだろうが……!」

少年が恐ろしい剣幕で桐無君を睨む。が、その目の前に桐無君は“あるモノ”を投げ出した。それは手の平よりも少し大きな袋。中身は全てが……

「エリクサー。しかも、こんなに……」

大量のエリクサーが入った袋を見た少年はホログラムで何かを確認し始める。それはレーダーだった。

「低級のグレイドは自身だけではレーダーを誤魔化せない。全部倒したのか。低級とは言えあの数を」

「貴方は藤嶋さんに対する害意は無かったので、先に掃討した方が安全と判断しました。人質を取るようにも見えませんでしたから」

護衛としては失格ですけどね、と彼は私に苦笑いする。全くひやひやさせることこの上ない。切無君が手を差し伸べる。それに掴まって立とうとするが、どうやら腰が抜けたようで上手く立てない。その様子を見兼ねてか、少年が肩を貸してくれる。

「勘違いしてすまなかった。お詫びする。勝負も完敗だ。許してもらえるとは思ってないけど、せめて宿まで藤嶋彩を運ぶよ。その後の処遇はアンタが決めてくれ」

その声にはもう怒りは無かった。元来はこういう人柄なのだろう。私はそのちょっぴりの優しさに甘えることにした。

切無君は、何か思いついたという様子でこう告げる。

「では、オリジンまでいらっしゃってみてはどうですか?貴方ならきっと学園長も入学を許可してくれるはずです。詳しい話を聞いてみてからでも構いません。どうでしょうか」

学園?入学?今まで一度も出てきてない話に私は正直なんのこっちゃだったが、少年の顔は案外悪くない様子だった。

ただそれだけ私は嬉しかった。先ほどまで激闘を繰り広げていた二人が、笑顔とまではいかずとも未来の話をしている。ただそれだけで。

「そうだ。名前。君の名前を教えてよ」

私が問うと、少年は少しだけ口元を緩めて、自らの名を口にする。

「クライス・レーバル。クライスでいい」

何となくその微かな笑みに年相応のあどけなさを感じ、ああ、やっぱりまだ子供なんだなと私は再認識した。

キャラクター解説 其の三

クライス・レーバル

17歳。住んでいた街をグレイドに丸ごと焼かれた

その時にセツハの姿をしたグレイドに師匠を殺害され、2年の間修行を積みながら情報を集めていた

正直、情報の方は芳しくなかったが、列車でセツハを見かけて近づいたのが真相

彼の能力は空間拡張と時間跳躍。前者の拡張は発動から徐々に範囲が広がり、最長で15mになる(拡張後は範囲内であれば伸縮可能)。剣本体ではなく、斬撃のみ拡張できる

後者は一定の場所に一定の出来事を固定するもので、セツハが避けた斬撃を時間を跳躍させて再度発現させたトラップの正体。位置は固定されてしまうので光の針で陽動した

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