第3講 襲来
この大陸の中心都市オリジンへ向かう列車の中。駅弁でも食べながら景色でも見たいところなんですが、生憎そうはいかず、桐無君に頼んでペンとノートとバッグだけとりあえず入手。現在、さっきのブレッドって人の話まで全部メモに書出し中である。いや、基礎知識って大事ですしね。
そうして一通り書き終えたら今度は暇が襲ってくるわけです。何故なら桐無君は向かいの席でうたた寝中。昨晩、実は徹夜で見張っていてくれたのではなかろうか。一言、到着まで仮眠をとりますねと言うとすぐに寝息を立て始めてしまった。確かに睡眠は大事だしね。いざって時に睡眠不足ですだなんて笑えない。
列車に乗ってからすでに2時間ほどが経過していた。窓から見えるはのどかな田舎風景。どうやら割とハイテクなこの世界でも農業は続いているらしいのです。しかも驚くことにこの列車、見た目は蒸気機関車っぽい。雰囲気出てるなーなんて思ったけど、煙突から出る煙は水蒸気なのだと言う。エネルギー機関にはやはりエリクサーが使われていると。水蒸気は飾りなんだってさ。
暇をつぶすにもノートは役立つ。桐無君が寝ている間にこっそり似顔絵を描くのだ。元々大学は美術学校で、将来は画家か先生になるつもりだった。人物画の為にデッサンも結構頑張ったつもりだけど、ここでも練習しておいて損はないと思う。
彼曰く普段はウィッグをつけて明るく見える化粧をしているらしいんだけど、正直身体に触れなきゃ男の子だと思わなかったかもしれない。うわ、まつ毛長……。付けまつ毛だろうけど、ここまで徹底するかな普通。何か理由があるのかな。
「気になりますか?」
しまった。起こしちゃったか。
私は一旦描く手を止めた。
「今少しデッサン中だったの。気分を害したのならごめんなさい」
そういうと彼は微笑みながら「構いませんよ。僕は気にしてませんから」なんて言うのだ。
そして少しだけワケを話してくれた。こんな格好をしている理由を。
「こういう格好をしていると再生数伸びるんですよ」
我が耳を疑ったけど確かに再生数って言った。ということはもしかして人気のないところで録画して投稿してたりもあり得るのではなかろうか、と聞いてみる。
「ええ。昨日のあれは実は配信予定の撮影で街の現状とそこで一通り芸をするそれぞれ別の動画を撮影してたんです」
なんじゃそりゃ。私の世界で言うところのユーチューバーみたいなものか。動画を配信して広告でお金もらうっていう。
「僕みたいなストリートアーティストは結構いるんです。色んなサイトでサイト主に許可貰って動画を載せて頂いて。動画を見た人は手持ちのお金を好きな金額入れていくこともできるんですよ」
なるほど。路上で周りに許可取ってから演奏したり絵を描いたりするようなものかな。そんなこと想像もしてなかった。
この世界のネット?ってすごいな。
「何か他に知りたいことはありますか?勉強のつもりでなくても興味本位ってだけでも構いませんよ」
興味ねぇ。折角ならもっとエリクサーってものについて聞きたい。元居た場所じゃ聞きなれない単語だし、午前中に聞いたのはもうまとめ終わったし。
「エリクサーってエネルギー源なんだよね?どうして私に持たせたのかとか聞いておきたい。使い方っていうのも教えてくれるんでしょ?」
桐無君は小さく頷いて、
「わかりました。では説明しましょう」
ポケットから小さな紅い石を一つ取り出した。
「この紅い石が“エリクサー”であることはもうお話ししました。これがエネルギーを生み出すことも。新しくお教えするのはここからです」
車窓から流れていく風景を横目に、ノートに学んだことを書き込んでいく。大学でノートをとるのと変わらない。なんのことはないのだ。
「藤嶋さんは勤勉ですね。必要な知識とは言えちゃんとメモを取って」
「普通じゃないかしら。わからない場所でわからないと言っても通じないもの。会話はできても文字は読めないし」
桐無君の顔が曇ったように見えた。まるで複雑な家庭事情を聞いてしまったかのような面持ちに見える。
何か不味いこと言ったかな……。でも私日本語以外喋れないし、読めない。英語も得意じゃなかったし、そもそもここは異世界だ。可笑しなことは言っていない……はず。
結局、異世界の日本から来たってことは濁してるけど、どこか事情に詳しそうな人を探さなければならないのは確かだ。ここに来る前の記憶が無いのも何か理由があるはずだ。
「そろそろ一度降ります。今日は近くで宿に泊まりましょう」
切無君と共に私も荷物を纏めて降りる準備をする。とは言っても私の持ち物なんてノートとペンとバッグくらいだけど。これだけだとバッグが大き過ぎてちょっと寂しいな。
2時間半ほど乗っていただろうか。降りる人もほとんどおらず、結構田舎っぽい雰囲気の場所に到着した。駅名が全く読めない見たことも無いような文字で書かれており、文字を一から勉強するとなるとかなり苦労しそうだと他人事っぽいことを考える。
話では中心国にすら入っていないようだし、桐無君とは話せているから、中心へ行けば見たことなくても読めるんじゃないかなんて都合のいいことを願っている。
そして、駅から出ると辺り一面は少し都市部に近づいてきている様子が見えてきた。まだ多少空いてる土地も見えるけど、途中までの田んぼやらに比べれば人気は多い。
「少し歩きましょう。こっちの方です」
切無君が指をさした方の道を歩いていく。人の多い駅周りからどんどん人気のない場所へ。
本当にこっちに宿なんてあるの?
とそんなことを考えていると、突然桐無君が立ち止まる。
「藤嶋さんはそのまま歩いて離れてください」
何か事情がおありなのだろうか。とりあえず桐無君から離れていく。すると、彼はおもむろに剣を取り出した。今までどこに隠していたのか疑問ではあるが、そんな疑問も一瞬で吹き飛んでしまう。切無君に対して真横。左側に疾風の如き速さで細長い剣を突き刺してきた短髪の少年。左右上下、様々な方向からの斬撃が桐無君を襲うが、その一切を軽々と受け流してしまう。
説明もないままに私たちを強襲したこの少年の目は怒りと悲しみが見て取れたような気がする。いや、気がするだけかも知れない。
そんな中、少年は次々に桐無君に斬撃を浴びせるが、一つとして彼には届かない。切無君は全てを防ぐだけで一杯なのか反撃もしない。お互い引かない攻防が時間の感覚を何倍、何十倍にも引き延ばしている気がしている。
一薙ぎ。桐無君が剣を大きく払うと、少年は大きく飛び退く。
「一体どういう了見でしょうか。何か僕たちに恨みでも?」
切無君は悪意ある笑みを口元に浮かべながら挑発するように言った。桐無君ってこんなことするんだ。てっきり騎士道がどうとか言いそうなタイプだと思ってた。
「お前は覚えていなくても、俺は一時も忘れなかった。やっと見つけたぞ……」
少年は剣を顔の横で水平に構え、鋭い眼光で桐無君を見据える。私の人生では体験したことも無い悪寒があの目から発せられる。背筋が凍り付くには十分だった。それほど恐ろしかった。私があの目に睨まれでもしようものなら蛇の前の蛙となるだろう。現実感を感じられない光景が動き出す。
一瞬にして少年は間合いを詰め一太刀を繰り出す。しかし、そこには切無君の姿は既になく、彼は少年から大きく距離を取っていた。
切無君は少年を真っ直ぐ見つめながら、柔らかさなど微塵もない切るような視線を送っている。が、その視線が緩む。
同時に桐無君の背後には大量の異形。グレイドが差し迫っていた。
「おい、アンタ。ちょっと乱暴だけど許してくれ」
「え?」
いつの間にか少年は私の体を抱きかかえて上空に飛び出していた。また空を飛ぶ展開ですか……
この時、少し桐無君の方を見る。彼もこちらを追おうとすると迫るグレイドが糸を出して腕に巻き付けた。
あ、これはこのまま連れていかれる流れだ。そう悟った私はせめて移動が快適であるように大人しくする他なかった。
私は一体中心都市へ着くまでにどれだけ空を飛ぶのだろうか。
キャラクター解説 其の二
藤嶋彩
本作の語り部兼ヒロイン
大学二年生。20歳
美術科大学在籍。成績は中の上
こちらに飛ばされる直前の記憶を喪失しており、事態についていけてない
今までごく普通の家庭で暮らしていたが、その割にこの状況に驚いていない様子がある
ちなみに彼女自身はお勧めされたりするととりあえず手を付けてから判断するタイプ(友人の勧めでゲームや小説も読んでいる)