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第1講 それは何者か

ああ、何ということか。こんなところで終わってしまうのか、私の人生は。

何がいけなかったのだろうとも思う。どうすれば良かったのだろうとも思う。

こんなことの為に来たのではない。

危険だと解っているつもりだった。選択の余地などなかったし、応じたのも私だ。でも、まさかここまでだなんて誰も想像できない。今この瞬間、何よりもチャンスを失ってしまうのが最も腹立たしい。

大それた願いなどを持ってしまったが故の死が目前に迫っている。

擦りむいた膝を気にする暇もなく、その異形は私を取り囲む。諦めが頭を支配していた。もうとっくにワケなんてわからなくなっている。脚を引き摺りながら逃げ回って、逃げ回って、逃げ回って……袋小路に辿り着いた。

もうこれでお終いか、と呟く。壁が絶壁に見える。ただただ希望を打ち砕かれた。もう立っている力すら失われて、その場にへたり込む。そうして静かに目をつむる。


――一閃。光が奔る。


同時に何かが私の後ろに降り立った。舞い降りた黒は私を追い詰めた異形を一凪ぎで消し飛ばしてしまう。異形はそのまま夜の闇に消え、月明かりに照らされた私と黒だけが底に残った。

黒はこちらへ向き直り手を差し伸べる。

「ご無事ですか?」

月明かりに照らされた黒いぶかぶかのマントと仮面。その仮面の下には見覚えのある顔があった。

「君、昼間の曲芸師の子……」



――――――――



「一先ずは軽い怪我で済んで良かったですね」

助けられてから10分後。近くにあった公園のベンチで手当てを受けていた。

結局、曲芸師の子に助けられ手当までしてもらってしまった。しかも今は返せるものが何もない。

綺麗な黒髪で、顔はあどけないし、多分年下の子だと思うけど、お礼すら満足にできないなんて情けない。

「ありがとう。でも、私今なにも持ってなくて……。返せるものがないの」

命を救われておいて何もできないだなんて。

しかも、女の子にお姫様抱っこで運ばれるなんて……

悔しいっていうよりは、恥ずかしい。

「別に見返りを求めてしたことではないですよ。それより、お姉さん僕とは初対面だったと思うのですが……」

そう。見知っているのは私からの一方的な見方。この子が私を知っているわけではない。

私がこの子を知ったのは約10時間ほど前。たった今いるこの公園でだった。

私はこの辺りを彷徨いながら情報を集めていたが、人にも出くわさない。それどころか気配すらなく、長いこと何かを求めて歩き、果てには疲れて休憩している時。公園の中心で音楽を流しながら一人踊っている人影があった。そういったものはあまり見たことがなかったのだが、私はその流れるような美しい芸をついボーっと眺めてしまっていたのだ。

「遠目からだったけど、一時でも何も考えないで見ていられた綺麗な芸だったから純粋に凄いなって。他に人には会ってないし、余計に目に焼き付いちゃったのかもしれないわ」

結局何も得られず死にそうになっているのだけれど。

「少しお聞きしてもいいでしょうか?」

うん。予想はしていた。むしろ次に来る質問はきっと私にとっても好都合だ。私は正直に答えるだけでいい。

「この辺りで一体何の調査をしていたのですか?いえ、疑うわけではありませんが、調査と呼ぶにはあまりに身軽ですし、それも奴らに対する対策もご存知ない様子でした。そしてここは既に捨てられた街。出入り自体は制限されていないとはいえ、お姉さんお一人で来る場所でもないと思いますが」

この子の指摘は正しい。実際今の私は怪しいことこの上ないと、客観的に見てそう思う。だからこそ納得のいく説明をしなければならないだろう。

「少し長くなるけれど」と前置きをして、私は語り始める。


まずはどこから話すべきだろうか。そう、調査の理由。そこからにしよう。

理由は単純。現状の把握の為だった。ここがどこなのか。何故自分がここにいるのか。困惑も嘆きも一通り済ませて、一度どうにかして状況を整理するための落着きを取り戻し、このあたり一帯を調査し始めた。

結果はご存知の有り様で、この子以外見つけることもできず、あるのはほんの少し見つけた保存食のみ。

ここで私は更に二つ質問を追加された。

ひとつ、ここがどこで何故いるのかわからないと言うが、ならば本来いるべき場所はどこなのか。

ふたつ、何故見つけた時にすぐに声をかけなかったのか。

先に二つ目から答えることにする。

「さっき君の芸を見ていたてところまで話したけど、終わって話しかけようとしたらいつの間にか消えてしまうんだもの」

そう言うと、少し申し訳なさそうに苦笑して、

「すみません。気を遣わせてしまいましたね。確かにあの後すぐに移動してしまいましたから……」

そう。あの時、芸が終わった後にすぐ話しかけようと近づいたのだが霧のように消えてしまっていたのだ。今思えば先ほどの身体能力ならできなくなさそうだが。

そして次に一つ目の質問。本来いるべき場所はどこなのか。

私が本来の生活を送っていた場所。自分の居場所。

ここに来る前、私は東京の台東区で生活していた。親と一緒に生活している普通の学生で、友達にもそれなりに恵まれいた。でも、大学2年の5月以降の記憶がかなり曖昧になっている。優秀というわけでもなく、至って平凡だったはずの私の最後の記憶は、病院の屋上でベンチに寝そべって見た青すぎる空だった。

今流行の異世界転生とか何かかと思ったけど現実感なくて、訳わかんなくなっていい歳して泣き喚いても、誰かが助けてくれることも無かったし、夢でも無さそうなので割り切って彷徨い歩いていたというわけである。

あんな化け物がいるんなら別にチートスキルのひとつやふたつ、くれたっていいはずなのに私にはそんなもの感じない。

この子がいなければ私はスタートして一日で死んでいたわけだ。全く嫌になる。

「うーん……。トウキョウ、ですか。聞いたことないですね。もしかすれば存在するかもしれませんし、調べてみましょうか?」

「そう言ってくれるのは有難いのだけれど、そこまで手間をかけられない」

本を偶然手元に持っているというなら話は別だが、車はあれど情報媒体が見られなかった。携帯電話やテレビ、ラジオだってここにはなかった。田舎だとしてもこの規模の街で誰一人として持っていないとは考えにくい。建物自体はレンガ作りが多めだといっても機器を持たずに生きる民族が住んでいたと考えるには難しい。

まあ、それ以前にここが異世界であるならば私の常識自体が通用するか怪しいが。ともかくそういうのは自分で調べねばならないことだし、わざわざ調べてもらうのは……

「そう仰るのであれば僕からは何もありません」

とは言うが、その後にそれはそれとしてと続ける。

「貴女のことはこれから僕が保護します。そのご様子ですと、行先も無いでしょうし、何より危険ですから。僕はこれからオリジンへ帰るところですし、何かご質問があれば可能な範囲で承りますしね」

色々と聞きたいことはあるけれどとりあえず今は頷いておく。確かに行く当てなどないし、護衛付きで移動できるならこれ以上安心なことはない。この子自身のことも気になるけど、それはおいおい聞くとして今はとにかく疲れた。

「では、少し遠いですが野営している場所まで行きましょうか」

「ちょっと待って!さっきみたいに前に抱えられると流石に恥ずかしいからせめて背負ってもらっていいですか!」

ちょっと声大きかったかもしれないけど、これでしっかり伝えられたし、この子もちょっとキョトンとしてるけど、笑顔で返してくれたし、大丈夫。大丈夫。

「なら背中にどうぞ。僕が背中に乗せて跳んだほうが早いですし、もうお疲れでしょう」

うーん……、前よりはマシか。仕方がない。

恥はかき捨てと自分に言い聞かせつつ、背中に身を預ける。

この子、割と身長高いんだな。まつ毛も長いし羨ましい。見た目は華奢っぽいけど結構筋肉ついてるし、ちょっとなで肩気味だけど触ってみると女の子にしてはガッシリしているというか。あ、胸は私より小さいんだなぁ。一人称も『僕』だしちょっと男の子って言われても信じちゃいそうな……

「ん?」

私の頭に何かがよぎる。半分確信めいたものだった。

「んんん???」

「何か心配事でも?」

眼下には疑惑の原因が、長いまつ毛を携えた吸い込まれそうな碧い瞳がこちらを横目で覗いている。

「……いえ、何でも」

ついそう言ってしまう。いや、でもこれやっぱりそうだよね。

「じゃあ跳びますよ。しっかり掴まっててくださいね」

そう言った瞬間には既に上空に達していた。不思議な感覚。雲の上にでもいるようで、恐怖感はなかった。爽やかな夜風が吹く。星が光り、月が照らす夜。地球にもこんな景色があるのかもしれない。でも、ここが東京ではないことは確かだった。

随分と長く掛かりましたが高校時代に書いた作品のリメイクです。

主軸となる設定にほとんど変更はありませんが、物語の出発地点と大幅に変更になった登場人物が一人います。

コンセプトとしては「当時の自分が書いたものを今の自分が同じ発想から書いたらどうなるのか」です。

結果的にこのように始まり方が変わったわけですね。

自分でもどうなるのか楽しみです。

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