5ー13
離してくれるまで放って置こうと思ったのは確かに私だ。早いうちに離してくれと言えばよかったのかもしれないけれど、久しぶりの人の体温にホッとしていたこともあったし。いやこれは言い訳だ。けれど、せっちゃんが私を離さないどころか、なぜか私を抱きあげて膝の上に乗せて座り直すなんて一体誰が予測できたのだろうか。
困惑したまま、見えるようになったナディアとマリアさんへ視線を向ける。二人が何かを悟ったような笑顔をしているのがとても印象的だ。悟ったなら助けてくれないだろうか。無理か。上司だし、せっちゃん言ったところで聞かないし。幼女がお気に入りのぬいぐるみを抱きかかえてるのと同じ感じだと思うのだけれど。流石に成人男性が年齢的少女を抱きかかえているとか結構な事案だと思うんだ。
「せっちゃん…?」
「どうした、せっちゃん」
「いや…その、このまま?」
「何か問題があるか?」
心底不思議だと言いたげな顔に、こちらこそ不思議だと返したくなる。返したところで返事はまともなものではないだろうけど。そう思いながら、問いかけることはなく、ただ体を預けるだけにした。嬉しそうな顔でこちらを見ているのを感じて、うつむくように視線をそらしておく。後頭部にめっちゃ視線を感じるけど気にしないことにする。
さて、では現実逃避でも始めようか。今回はどうしよう、モンスターについてでも考えておこうかな。ドワーフとエルフと獣人の因子を持っているというモンスターは、なかなかに業が深い。獣人は血の繋がりが強いからこそ、自分と同じ種属が混じっていると理解出来るらしい。では、エルフとドワーフはどんな理由で自分たちと同じ種族が混じっていると理解したのだろうか。何らかの特徴があるのならそれは少し知りたいような気がする。
私は何も感じなかったから、魔族は何も混ざっていなかったのかな。いやでも、混ざってたらせっちゃんたちはきっと私にも直接的には言わずに伝えてくるだろう。例えば一人になるなとかさらに外に出るなとか…あれ?でも一人にはしない感じだよね?そういうこと?いやでも万一のことを考えると、グラジリオスに会いに行くことを嫌がるのはおかしいか。少なくともグラジリオスがいれば、安全は保たれる。念話で会話できるから、他に気がつかれることなく危険を私に伝えられるし、身体能力的に確かにせっちゃんも規格外だけれど、グラジリオスも規格外になっているわけだから。やっぱり違うな。
ではモンスターが生まれた理由に移ろう。確実に魔族を倒す為、そして、奴隷を解放する為。この二つだろうけれど、そのために行ったものはかなりマッド思考だ。人間はわからないが、それ以外の種族とモンスターを混ぜる、なんて。一体どういう方法で混ざっているのかがわからないが、それでも、常識的な考えではない。そうか、魔族だけを殺すために、魔族を混ぜていない、という考えもできるのか。
だが、それをしたとすれば、混ざっているドワーフとエルフ、そして獣人が自らを犠牲にしてのパターンか、もしくは人間が混ざっていないとしたら、人間が企んだパターンというのもあり得る。魔族が行う、ということは…奴隷反対派のマッドサイエンティストみたいなのがいればありえなくはないのだろうか。でも、自分たちを殲滅しようとした奴隷を助けようとするとは…聖人だな。それなら、他の種族達に捕まってほぼ洗脳されていると考えた方が可能性は高そうだ。
「せっちゃん、難しい顔をしている」
「ん、別に大丈夫。あのモンスターについて考えてただけだから」
心配そうな顔だが、元がワイルド系のせいか怒っている顔に見えるせっちゃんに大丈夫と笑う。ついでに、私のお腹に回っている手をポンポンと叩いて、気にするなと伝えた。せっちゃんは、そうか、と少しだけ落ち込んだ声を出して、私の耳元に唇を近づける。ふ、と息がかかる距離にびっくりして立ち上がろうとした。けれど、がっしりと掴まれてしまっているせいで何もできない。やめてください死んでしまいます。
私の切羽詰まった焦った顔に、やっと動くことにしてくれたらしいマリアさんが控えめに声をかけた。以前はもっと切り捨てる勢いで声をかけていたのに何かあったのだろうか。きょとん、とマリアさんを見上げると、苦笑している。
「雪白さんは本当に、お子様ですね」
「え」
突然のディスに私は驚きを隠せない。全くもう、みたいなことを言われたけど、結構キツイ発言だよ?お子様ですねって何を持ってそうなったの。衝撃で固まっていれば、せっちゃんが慰めるように私の頭を撫でる。
「それがせっちゃんのいいところだろう?」
「年齢的にも、常識的にもお子様かもしれないですけどー」
むすっと唇を尖らせると、ポンポン、と頭を叩かれる。誤魔化されろということか。まあ、さっきみたいに微妙な空気にはしたくないから誤魔化されることにするけれど。
「せっちゃん、いつまでこのままの予定?」
「いつまでにしようか」
「じゃあもう終わりでいいんじゃない?」
「せっちゃんが眠るまでにしようか」
「完全なスルー」
すごいね、私の言葉を全くの無視ですよ。いや別にだからどうっていうわけでもないんだけれど、もう慣れてきたよね。
私が眠るまで、ってこれから一応夕食食べるってところなんだけれど、マジで?いやまあお風呂とかはきっと手を離してくれるけど、どういうことなの。困惑していれば、ナディアがいつも通りパンとスープを持ってきてくれる。あ、これ完全に諦めた顔だ。これが常になることをほぼ確実として。いっそのこと慣れる方向で行こうということか。
色々考えようかと思ったが、目の前のパンがいつもと同じくらいいい香りで、美味しそうだから。それを言い訳にして、パンに手を伸ばした。けれど、私の手がパンに届かない。お腹のあたりを押さえられているせいで、体が前に行かないせいだろう。圧倒的に距離が足りない。仕方ないのでせっちゃんを見上げる。にこりと整った顔でお手本のように微笑んだせっちゃんが、私の好きな丸パンを手に取った。
目の前でパンが裂かれて、口元に押し付けられる。…諦めることにしようか。そう思って、口を開けた。
お子様に餌づけする次期魔王の鏡




