5ー03
新年、あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
ふ、と意識が浮かび上がる感覚。何度かまたたいて、変わらずせっちゃんの膝の上に抱きこまれている状況を確認した。体の感覚はすっかり元通りだ。違和感も痛みもない。せっちゃんに起きたことを伝えながら辺りを見回すと、先ほどまでと全員の立ち位置すら変わっていない。それほど長い時間眠っていたわけではないのだろうか?かなりスッキリしたのだけれど。
「どれくらい寝てた?」
「15分くらいだ」
「そっか、ありがとう、せっちゃん。足痺れてない?」
「問題ない。行けるか?」
せっちゃんの膝から下ろしてもらえるかと思ったのだが、このまま移動するつもりらしい。抱き上げられたままになっているが、いいかとそのまま身を任せておく。そういえば、グラジリオスは兵士さんたちが来てくれたら私のところに帰って来てくれるのだろうか。それとも見回り一緒に行くのかな?せっちゃんが声をかけるくらいにはグラジリオス強いらしいし。
見送る体制に入っているナディアに行ってきます、とせっちゃんに抱き上げられたまま声をかけた。目を白黒させてナディアは行ってらっしゃいませ…?と若干挙動不審になっている。何か理解不能なことでもあったのだろうか?首を傾げていると、マリアさんが絶対零度の視線をせっちゃんへと向けた。
「セヴィア様、詳しくお話を聞かせていただけますね?」
「あとでな。…行こう、せっちゃん」
「ん、いいよ」
ぐるり、と視界が回る。顔に風があたり、視線の先に広がるのは、作った城とその城下町だ。城下とは城を挟んだ反対にある森側に兵舎を作ることになるらしい。新しく増設する形で塀ごと一気に建物までを作り上げて、障壁も張って後から間の塀を取っ払う、と説明された。確かに下手に塀を壊すと怖い。
始める前に、とせっちゃんが、説明をしてくれる。兵舎と訓練場、武器庫も作ると大体の場所を示しながら説明してくれる。それぞれの場所にも効果を、と言われてそれを覚える。塀は城下を囲む塀と馴染むようにしなくてはならないから、一番気を使うところだ。建物や塀自体はせっちゃんが作ってくれるらしい。私は主に強化をかける事だけを意識すればいい。大仕事だと、心臓がどくどく行っているのがわかる。
私が理解したと判断したのか、軽やかなダンスを踊るように、手を繋いだままふわりと腕から降ろされる。宙に浮かぶこの感覚がいまだに慣れない。けれど、空中で停滞して片手を繋いだまま、反対の手を合わせる。今回は宙に浮いたまま大規模魔法を行使するらしい。下は森でモンスターの出る範囲だから安全のためにだろう。
浮遊のための魔力もせっちゃんが負担してくれているのだけれど、本当にヨタという尋常じゃない桁数をしみじみと感じる。始めるぞ、と低い声が聞こえた。ゆっくり頷いて目を伏せた。視覚情報をカットした方が、魔力の流れに集中できるから。初心者は特に変に色気を出さずに、一つ一つをこなして行ったほうがいいと言われた。
流れ込んでくる魔力が、以前よりも柔らかく感じる。魔力の扱いに私自身が慣れ始めた証拠だろうか。私とせっちゃんを巡った魔力は徐々に中心へと集約されていく。風が吹いて、目を開く。以前のものよりも力の密度が濃いのか、うっすらと黒味のついた変化し続ける球体があった。圧倒的な力に恐れすら感じるけれど、しっかりと伝わって句るせっちゃんの体温と意志に深呼吸をする余裕が生まれる。
せっちゃんに言われた通りに、生き残るための努力を重ねる兵士さんたちの役に立つように、とせっちゃんが力へ命令するのと同時に願う。ぶわり、と光と風を放った力の塊は空へ打ち上げられて、まるで流星群のように森へと降り注いだ。一拍。
地響きのような音が響いて、その場にはせっちゃんが描いた通りの兵舎が作り上がっていた。塀も間違いなく強化されているのを確認して、ほっと息をつく。がくん、と以前と同じように力が抜けた私を支えてくれたせっちゃんが、笑う。
「ありがとう、せっちゃん」
首を振るしかできないが、素肌が触れている部分からせっちゃんが魔力を送ってくれているのがわかる。荒い息のまま、ぼんやりと出来上がった兵舎を見ていれば、向こうから木のさざめきが近寄ってきた。
え、と思っていれば、兵舎の塀の目と鼻の先に大きな、モンスターがいた。体の形としては、イメージは二足歩行するワニだろうか。頭の形はイグアナ形で、目はクリリと大きな、草食動物の目。色が茶金で、ギラついている。半開きの口からは涎がだらりと垂れており、覗く牙は大きい。ぞわり、と悪寒が走る。
「大丈夫だ。グラジリオスがいる」
せっちゃんの指差した先にいたのは、グラジリオスと数人の砦にいた兵士だ。決して近い距離にいる訳ではないけれど、望遠鏡を覗いているように、クローズアップされている。
文字に表すとGURRAAAAA!!!と言ったところだろうか。頭を振るように叫ぶモンスターは軽く前傾姿勢をとる。グラジリオスが何か指示をしたのか、兵士たちが後ろに下がる。モンスターの巨躯に対するのはグラジリオス一人。ガァァアアアッとグラジリオスの咆吼が響く。モンスターは動かない。ギョロリ、と目を動かしながら、何かを探しているようだった。
その隙に、グラジリオスは地面を蹴る。私が遠くから俯瞰で見ているからこそ理解できる速さで、モンスターとの距離を縮めた彼は、高く飛び上がった。空中で停滞したタイミングで、ちょうど私とせっちゃんを見つけたらしい目を、彼自身の爪を使い切り裂いた。真っ白なグラジリオスの体が墨汁を大量の水で薄めたような黒っぽい何かで染まる。
地面に足をつけて、フルリ、と体を震わせるが、水気を飛ばしたのか、武者震いなのか。苦痛に悲鳴をあげるモンスターが踏鞴を踏む。けれど、その瞳は変わらず私とせっちゃんに向けられている。殺意もなく、ただ食欲のみがこちらを捉えていた。グラジリオスがそんなモンスターに次の一撃を叩き込む。上から、下から、横から、あの分厚いガラスをも切り裂く爪は、至極あっさりと、モンスターをも切り裂いた。
モンスターはその場に倒れることなく、姿を霧へと変え、天に昇るように消える。残ったのは、真っ黒の魔核と無傷のグラジリオスと、砦の兵士さんたち。ほっとしながらも魔核を袋に入れたグラジリオスがゆっくりとこちらに顔を向けるのをただ唖然と見つめていた。
新年にあるまじき血みどろ(赤くはない)




