5−02
サラサラの髪の毛は本当に羨ましいなぁと思いながら、肩程まで伸びた自分の髪の毛に触れる。指に巻きつけてくるり、と回してみるが、やはり、以前よりも伸びている。それだけこの世界で生きている、ということなのだけれど、まだどことなくフワフワとしているのも自覚している。地に足がついていないというか、浮世離れしているともいえるだろうか。
問題だな、とは思う。けれど、それをどうすればいいのかなんてわからないのだ。いっそのこと大怪我を私自身がする、とか、ここで死ぬことが本当に死ぬことなのだと、私はここで今生きているのだと、そう理解する必要があるのかもしれない。ここで生きていく覚悟、なんて、前の世界でさえまともにできていなかったのに、どうすればいい?
魔族は人生の大先輩たちではある。けれども、彼らはこの世界で生まれ育っている。いつの間にか死んでいた私とはそれはそれで違うのだろうなぁ、答えの出ない問いを頭の片隅に追いやってから、同時に先ほど追いやった疑問を持ってくる。
「それで、ヴィクトール様がおいでになった理由は?」
「件のモンスターについて、だろう?」
「ああ。実用化できるほどに進んでいる、とは聞いていなかったからな」
真面目な顔をしたせっちゃんとヴィクトール様が向かい合って話し始める。今回のモンスターの話は私は全く知らない。知っていることといえば、ハーレルさんとカストさんじゃ太刀打ちできなくて、せっちゃんが倒したこと。ハーレルさんについていた歯型から考えるとかなり大きな体躯をしていること。鋭い牙を持っていること。それだけだ。
ヴィクトール様とせっちゃんの会話に耳を傾ける。モンスターは爬虫類型で、ギョロリとした大きな目に大きな口を持っている二足歩行の大型だったそうだ。イメージとしてはティラノサウルスのような動きをするのだろうか、と勝手に想像しながらも、そんな相手に噛み付かれただろうハーレルさんがまた、心配になる。次からは感染症とかの色々も意識するようにしなくては。
「違和感、と言っていたが、」
「ああ…目が違う」
通常のモンスターの目というのは、単色なのだそうだ。白目とか黒目とかそういう部分がなくて、全くの一色。パッと想像できるのはグレイ型の宇宙人の目だろうか。だけれども、今回問題になっているモンスターは瞳孔が横に長い瞳だったそうだ。山羊なんかの草食動物が確かそういう目なのではなかっただろうか?
でもこちらを喰らおうと殺そうとしてくるモンスターの目を見ている暇があるというのは、やはりそれだけせっちゃんが強いということなのだろう。次期魔王様すごい。
そんな話をいつまでも聞いていても良かったのだけれど、カストさんの、ここで立ったまま話し続けるつもり?という言葉に場所を移動することになった。会議室とも称することができるだろう、砦の一階にある一つの部屋。部屋に向かえばその場にいたナディアがニコニコと嬉しそうに笑う。
「雪白様、お久しぶりです」
「ナディア!!元気だった?怪我とかしてない?」
駆け寄って、声をかけると、苦笑するナディアがええ、と微笑む。自然な動きで座るように促され、どうぞ、といつものお茶を今まで通り変わらず淹れてくれる。一口含むとそれほど離れていないはずなのに、懐かしささえ感じる。美味しい、と口にして、ナディア、ともう一度声をかけた。
優しい顔で今日からはまた私がお世話させていただきますね、と。その言葉が嬉しくて、思わず、カップを置いて椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がる。ぎゅう、と抱きつけば、ナディアはあらあら、といつもなら咎められていただろうけれど、今日だけですよ、と許してくれた。
何だろう、マリアさんといい、ナディアといい、優しすぎて何だか違和感すらある。でも嬉しいから気にしない。私がそうやってナディアと戯れている間に、せっちゃんとヴィクトール様の会話は進んでいた。ハッと気がついて私がそちらの会話に意識を集中し始めた頃には、もうすでにこの砦の警備の話になっていた。
「明後日には俺の部下と隷兵たちがこっちに来る予定だ。それを分けて使っていくぞ」
「そうか。感謝する」
「モンスター相手となっちゃぁ仕方ねぇだろ」
二人はそこで一度話を区切って、せっちゃんが私を見た。何だろう?と首を傾げる。手招きをされたので、そちらへと近づいた。
伸ばされた手に逆らわずそのまま膝の上に乗って、怖い顔をしていたせっちゃんとヴィクトール様の顔が少し落ち着いているのを確認した。せっちゃんが、私の頭に頬ずりしているのを無言で受け入れながら、一体何で呼ばれたのか、とせっちゃんに問いかける。
「この後、兵舎を作る…手伝ってくれるか?」
「ん、いいよ。大規模するの?」
「ああ、大規模で塀も一度に組み上げる…から、すまない」
謝られたと同時に、触れている部分から奔流と表現できる魔力が流れ込んでくる。クラリ、と視界が揺らぐ。せっちゃんを見ていたはずなのに、せっちゃんが視界に映らない。チカチカと目の前が白と黒とで埋め尽くされた。
息をすることすら限界で、何も考えられない状態だ。何かを求めるように無意識に手を伸ばせば、しっかりと握り込まれて、そこからも魔力が流れ込む。苦しい。
せっちゃんの、辛そうな、すまない、という声が耳に入る。返事をしようにもできず、ただ握られている手を握り返した。
どれほど続いただろうか。私の中では何時間にも感じられたのだけれど、ふつ、と流れが切れた。一瞬で脱力した体は、そのまませっちゃんに支えられて、荒くなった呼吸を整える。
…つまりは、大規模魔法を使うけれど、私の魔力が足りないから、せっちゃんの魔力を流し込んでちょうどいいくらいにしたかったのか。けど説明もなくただ突然っていうのは如何かと思う。別にそこまで急いでたわけでもないよね?あれ、そうでもない?それならあそこまで謝られる必要はないんじゃないだろうか。
「とりあえず、大規模魔法までは、ちょっと、待ってくれる…?」
「ああ」
気にしていないと、伝わるだろうか。その顔を見てみるが、せっちゃんの表情がちょうど影になってよく見えない。声からすれば別に悪いものではないだろう。そう考えて目を伏せる。爆睡するつもりはないが、軽く体を休めた方が落ち着きやすいのだ。
目が覚めたら大規模魔法だな、と思いながら、呼吸を落ち着けた。
調教済み主人公(膝に座る)




