4−08
フィラード様がおいで、と穏やかに微笑んでいる。残りの片付けは私がやっておくから、とレリィナさんに言われて、感謝を告げてフィラード様の元へと向かった。
医務室に到着すると、にこやかに医務室に似合わないソファーにエスコートされる。医務室は医務室らしく…というか、どちらかというと保健室的なイメージなのだけれど、その一角にロココ調のカウチソファーがあるのだ。ロココ調、なぜロココ調。聞いたらフィラード様の私物らしいのだが、少し前に買ったばかりのものだと言っていた。
カウチソファーの前でお手本のような笑顔とともに差し出されるのはロココ調のドレスだ。ただ、フィラード様の良心か、コルセットとパニエは柔らかい素材にしてくれているらしい。ただし、色々魔法がかかっているのが身につけていてわかる。カーテンで区切られた、本来は治療のためであろう場所で着替えを促される。
ちなみにここ3日間、常にこの流れだ。そして着替えたら、そのままそのカウチソファーに座ったまま夕方のせっちゃんが迎えに来るまで。恐ろしいでしょう?ちなみに一番怖いのは、このドレスが完全に新品なのに、私の体にサイズがぴったりであることだ。
「やっぱり、似合うね」
幸せそうに告げるフィラード様の目が怖い。というか、一切の冗談の通じなさそうな真剣さで、こちらをじっと見つめているのだ。多分、目が悪い。私の髪は短いし、平坦な日本人顔なのだ。贔屓目を入れて見ても、明らかにロココ調の存在ではない。ドレスに着られているように見えるだろうなぁ…七五三の子供くらい着られているに違いない。
それを至上の幸福だと言いたげな表情で見られているのだ、居心地が悪い。おとなしく座っているだけだとつまらないし、だからと言ってソファーから降りるとすごく悲しそうな顔をされるのだ。治療する必要のある人は今の所出てないから、フィラード様は保存の効く薬を作っている。私が座って、休憩らしき時に話しかけるとすごく楽しそうに話を返してくれるし、薬を作っている最中も緻密な作業じゃない時は私の方に視線を向けて話を振ってくれたりする。
けれど、フィラード様が作業に集中しているからといって席を立つと窘められる。お手洗いに行くときも、お伺いを立てないとどこに行くんですか、と低い声で問われるから、なんだか保護じゃなくて、管理されているような気分になる。
「そういえば、フィラード様の目って格好いいですよね」
「…へ?」
休憩中のフィラード様に話しかけると、ポカン、と今まで見たことのない顔をする。基本的ににこやかで穏やかな風を装っているから、唖然とした顔は珍しい。けれど、一体どうしてそんな顔をするのか、と不思議に思う。だって、目の色が反転してるとか、普通に格好いいよね?無言のまま首を傾げて返せば、ハッとしたようなフィラード様が崩れ落ちた。
なんだか知らないけれど、彼の人形趣味の好みに私ががっちりはまっているらしい。一般の魔族に比べれば薄い体で、多分日本人の女児が遊ぶお人形さんに近いからだろうか。具体的に言えば香山さん(10〜12歳)だ。決して海外の方の尋常じゃない体系の方ではない。閑話休題。
「格好いい、ですか?」
「え、はい。格好いいですよね」
「そうですか」
目を細めて笑ってから、ふと気がついたように私に近づいてくる。笑顔を消すと、冷たそうな印象になるフィラード様は、それだけ顔立ちが整っているということか。いつも笑って細められている瞳がしっかりと開かれている。ずい、とさらに近距離に迫ったその色の反転した瞳を見つめる。
じっと見ると、どうやら、私たちでいう白目の黒の部分は本当に単色の黒だ。けれど、白いとばかり思っていた虹彩は銀色が混ざっているようで、キラキラとしている。窓から射す茜色の光のせいで何と無く違和感はあるものの、じっと見つめればさらにその奥の細かい芸術のようなそれが見えそうな気もする。瞳孔は黒いが、白目部分の黒とは少し違う黒。透明感のある黒だけれど、キラキラと光が見えるようだ、気のせいかもしれないけれど。
身を乗り出すようにして顔を近づけてじっと見る。私は座ったままなので、目の前で腰を屈めてくれているフィラード様の顔が本当に近い。なんなら彼の目に私が写り込んでいるのさえ見えるくらいだ。陳腐な恋愛ソングみたいな発想だと思い至って若干嫌な鳥肌がたった。
「近くで見つめてみて、どうですか…?」
かすれ気味の小さなささやき声。中途半端に高いからだろうか、ぞくり、と体が反応する。無表情とも言える顔は相変わらずだが、夜空に浮かべた星みたいな目は変わらずに輝いている。
「星みたいで綺麗ですね」
「星ですか?」
「この世界の星空は見たことがないのでわからないですけど…キラキラしてて素敵です」
魔法も薬も私には影響していないけれど、いつかの彼の料理で口にした褒め言葉を告げた。私の言いたいことに気がついたのか、はは、と今までのにこやかさとは違う、どちらかといえば吹っ切れたような男らしい笑い方をして、フィラード様はもう一度私を見つめた。
ヘーゼルの髪をいつもよりも高い位置で縛っている彼は、私から離れて、隣に座る。4日目にして、初めてこのカウチソファーに私以外が座ったのを見た。はあああとため息をついたフィラード様はそのまま体を丸めて、私の膝の上に頭を置く。
突然の膝枕。
「フィラード様?」
「僕さぁ…お人形は飾っておけば十分だったんだよ」
「はあ」
お人形遊び、というよりも、コレクションということだろうか。より狂気的に感じるのだけれど、私だけかな。とはいえ、私のあの状態も飾られていたと言えるから、そういうことなのかもしれないけれど。
ロココ調のカウチに座る、ロココ調のドレスを着た、お気に入りのお人形さん。うん、完全にコレクションの一巻だろう。衣装替えて、何種類か楽しんで。髪型は短いから弄りようがなかったのだろう、少し申し訳ない気持ちになる。
ドールは確かに魅力的だ。フランス人形や日本人形は怖くて目をそらしていた私も、ドールだけは自分で欲しいと思うくらいには魅力を感じていた。うん、そう考えると、ヴィクトール様よりも、クレイ様よりも、仲良くなれる気がする。
私の気の無い返事にも不満を見せることないフィラード様が目を伏せる。触れたヘーゼルの髪の毛は見た目通りふわふわとしていた。
さて、何回ロココ調と言ったでしょうか。




