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「ただいま!」
私は、帰ってきた!そんな気持ちを十分に声をあげた。王城にいた時には一切出さなかった私の大声に、驚いたようなグラジリオスとフィラード様だったが、彼らに反応する間もなく、ハーレルさんが熱烈に迎え入れてくれた。
「おかえりなさい!雪白ちゃぁん、寂しくなかった?」
「ハーレルさん!寂しかったです!」
私の中でお姉ちゃんのような立場にいるハーレルさんにぎゅっと抱きついて、深呼吸する。甘い匂いは香水だろうか、よしよしと子供にかけるような声をかけながら頭を撫でてくれるハーレルさんは、小さな頃に憧れた近所のお姉さんのような人だと思う。こんな時ばかりは子供扱い万歳と言う現金な私を認めよう。きれいなお姉さんは大好きです。
とはいえ、いつまでもハーレルさんにゴロゴロと懐いているわけにも行かないので、そっと離れる。人懐こいハーレルさんの笑顔を見ると帰ってきたなぁと言う気持ちがしみじみと湧いてきた。呆れたようなため息とともにカストさんが、首を左右に振る。
「ほら、後ろが詰まってるから、早くこっちおいで」
「カストさんも、ただいま戻りました!」
「おかえり。ジオールが美味しい料理を作って待ってるよ」
くすくすと上品に笑う姿は王子様そのものだが、夕期の茜色の光よりも、昼期の光か…経験したことはないけれど、朝期の光の方がきっと似合うのだろうなぁと思わせる。きっとジオールさん特製の丸パンもあるはずだ。そう思うと今にも口の中によだれが出てきそうなほどに嬉しい。
きっと見た目にもわかるくらいに私は嬉しそうな顔をしていたのかーーこういったところが幼く見られる原因だとは思うのだけれどーー、到着するまでは私の手をしっかりと持っていたせっちゃんが、もう一度私と手を繋いで、軽く引っ張った。
「行こうか、せっちゃん」
「ん、ジオールさん特製のご飯楽しみ」
振り返って、グラジリオスとフィラード様を見る。グラジリオスはその大きな体を居心地悪そうに動かしながら、辺りを窺うように視線を動かしている。どことなく警戒しているように見えるのはきっと仕方のないことで、咎めることじゃない。表情も少し硬くて、目が鋭くなっている。反対フィラード様は平然としている。表情も優雅な微笑みのまま固定されていて…一層の事あれは無表情と同意と見た方がいいのかと考えてしまうくらいに寸分の隙も乱れもない微笑みだ。余裕があるのか、私が見ていることに気がつけば、わざわざ目を合わせて、どうしたのかと問いかけるように顔を傾げながら笑みを変える。表情一つで伝えたいことを伝えられるというだけでもすごいのに、それを笑顔で行うというのはむしろ変態的なレベルだ。曖昧に笑ってから声をかけた。
「フィラード様も、グラジリオスも、こっち」
「食事中に部屋を用意する」
私の言葉を引き継ぐようにせっちゃんが言う。本当は私がせっちゃんにお願いするべきことだったのでは、と冷や汗が流れた。繋いでいる手にまでひやっとした瞬間汗が滲んだのが辛い。けれど、それに気がついたらしいせっちゃんは、目を細めて見下ろして大丈夫だ、とだけ答える。エスパーのように心を読めるのかと焦ったが、よくよく考えれば必然、その考えに行き着くだろう。
ありがとう、と言葉で伝えるのと同時に、ぎゅ、と繋いだ手に力を入れる。一瞬虚を突かれたような顔をしたせっちゃんだったけれど、すぐに微笑んで、私が小走りにならないくらいのペースで食堂へ向かって歩き始めた。
道すがらすれ違う顔は知っているだけの魔族たちに、おかえり、帰ってきたのか、待ってたぞ、なんて声をかけられて、最初は驚いたけれどそのうち笑顔でただいま戻りました!とか、お待たせしました、なんて返せるようになる。一様に笑顔が見られて、こちらもついつい笑顔になる。
食堂では、ジオールさんとレリィナさんがなぜか仁王立ちで待っていた。厨房の方に残りの二人、レージさんとドレックさんがいるのだろう。仁王立ちの二人に、ただいま戻りました!と声をかければ、二人は待っていた!と言わんばかりに、おかえり、と柔らかな声をかけてくれる。嬉しい。なんて思っていたのだけれど、直後レリィナさんに、明日から復帰できる?と単刀直入に言われたのは面食らった。
「復帰はできますけど…そんなに急ぎの仕事がありました?」
「次期魔王様のための仕事はいつでも十分にあるってことだ」
肩をすくめてジオールさんはやれやれとジェスチャーをしてみせる。ここの砦の皆さんはワーカホリックなのだろうか、それとも社畜なのだろうか。どちらかといえばワーカホリックの方が近いかな?と判断したのだけれど、ジオールさんがそっと続けた、“あいつらも、魔法薬でブーストし続けるより、美味い飯食ってブーストかけた方が幸せだと思う生物らしい感情を持ち合わせていたそうだ”なんて言う恐ろしい言葉に、社畜だったか、と思い直した。
美味い飯食ってブーストかけるのも違うと思います。今度から“体力もしくは気力の限界を超えたら回復するまで睡眠をとる”効果をつけられないか確認してみよう。定期的な休息が入らないと仕事効率は悪くなるっていうし。
だけど、だからこそ、食堂に来るまでの間あんなに声をかけられたのか。私今までお弁当作りとせっちゃんとの勉強会しかしてなかったから、そんなにたくさんの人の名前と顔は覚えていないのに。私がお弁当作りをして、付加効果をつけていたって知っていたから、笑顔で、声をかけてくれたのだ。
「その辺はあとで話すか」
ポンポン、と私の頭を軽く撫でたジオールさんは厨房に戻っていく。レリィナさんがその後を継ぐように私の頭をゆっくりと撫でた。
「おかえり」
「…ただいま、戻りました」
ああ、ここが、帰る場所になったのだな、と何度も発していた言葉のおかげで、やっと自覚がでたた。ここが、ハーレルさんやカストさん、ジオールさんにレリィナさんがいて、顔しか知らないけれど、城を作るときに協力した魔族たちがいるこの場所が、私の居場所なのだ。
白い空間で全くの一人ぼっちになってしまったような気がしていたけれど、すっかり、砦の一員になってしまっていたらしい。
そんな私に気がついたのか、いつの間にか近くにいたナディアとマリアさんが笑顔でお帰りなさいと笑ってくれた。
砦での生活再開します




