閑話 04
雪白と名乗る女性は、ある種とても貴族然としている。それが幸せなことなのかどうかは知らない。でも、私は彼女にどうしようもなく嫉妬した、けれど、その陰できっと同じくらいの感謝もしていた。
魔族の貴族に…さらに、女性に生まれたからには、やらなくてはならないことがいくつかある。それを大変だと思ったことはないし、重たく感じたこともない。そのうちの一つが、かの有名な将軍様と丞相様、典医様に目をかけてもらえるように動くこと。王都にほとんどいないため言い聞かせられてはいないが、次期魔王様でもいい。
有能の女児と判断されたら教育を受ける。それは、家によって異なるので、どういった、とは言い切れないが、私の場合は賢い淑女になるように、というものだった。丞相様をメインに置いていた家だったからかもしれない。だった、と過去形に私と父はしているけれど、母はもしかしたらまだ可能性を感じているかもしれない。昔、丞相様に目をかけてもらえた時期があったから。今と昔は違うのだと、そろそろ母も自覚するべきね。
友人として選ばれた同じように教育を受けた淑女たちは、狙いの被らないように組み合わせられている。だから、私の友人は将軍様のために幼いままに成長を止められた子と、典医様のために無知で無垢に守られている子と、それから、次期魔王様のためにーー現魔王様と仲が悪いことだけは知れ渡っているから、現魔王様とは反対にーー清楚で大人しく育てられた子。彼女たちも自分に課せられたものを当然として受け止めているけれど、思わないことがないわけではなくて。
将軍様のための子は幼馴染と共に成長できなくて悲しんでいたし、無知で無垢に育てられている子は私たちの話についてこられないと困っていたし、現魔王様と反対に育っている子はあまりに真逆すぎて現魔王様に憧れて真似したいと思っている。私だって、本当は外を走り回ってみたいのだ。
でも、私たちの悲願は、近いうちに叶うのかもしれない。彼女ーー雪白と呼ばれた女性によって。
彼女との初めての出会いは、舞踏会だった。次期魔王様にエスコートされて現れる女性なんて今まで一人もいなかったから、その時点で視線を集めていた。
そして、現魔王様となんの抵抗もなく挨拶を交わし、舌戦を始めた現魔王様と次期魔王様と少しだけ距離を置いて立ち尽くす。全てに興味がなさそうな顔をして、料理の方にだけ視線を向ける姿に、お腹が空いてるのかしら?と無垢に告げた友人にそうかもしれませんね、と返した。けれど、彼女の元へと丞相様と将軍様が周りを気にすることなくーー彼女がいるのが、現魔王様から離れていない距離とはいえーー向かう。両脇を固めるように壁となった彼らと話をしている様子はどこか戸惑いを見せていて。
ふわり、と嗅いだことのある魔力の混じった薬の匂い。そちらに視線を向けると、料理に“媚薬”とも称される典医様特製の薬をかけている典医様。それを持って彼女へと近づいていく様をみて、確かに好き勝手されている彼女はお人形としても好き勝手させてくれそうな相手だから、とどこかで納得した。その薬は彼女の口に入ることなく丞相様が下げさせていたけれど。
権力者3人が囲んだ彼女の存在に会場は驚きに満ちていたのに、それだけでは止まらない。幼い様子で現魔王様と次期魔王様の話をさえぎった時は何人かが障壁魔法を展開させていた。以前の舞踏会で二人の会話を止めさせた相手が、二人の高まり切った魔力に殺されかけるという事態が起こったからだろう。けれど、彼女は全く無傷で、次期魔王様の服の裾を掴んで言ったことは、おなかがすいた、である。現魔王様も笑っておられたし、次期魔王様はそのままファーストダンスへ誘い、踊りながら高まった魔力で彼女を包み込むようにして周りを牽制していた。
次期魔王様がファーストダンスを踊るのは初めてでーー普段は現魔王様が典医様と踊って開始としていたーー驚愕と開始が遅くならなかった安堵でそれほど牽制の効果があったとは思えないけれど、一曲踊った彼女たちはパンを食べ始めた。あまりに幸せそうにパンを食べる彼女が、そこで初めて生きている魔族なのだと認識できるほどに生き生きとしていたから、なぜか、つい視線を背けた。
次に彼女が視線を集めたのは、彼女が丞相様と将軍様の婚約者だと知られた時。つまり彼女が“ハーレムの主”持ちだと判明した、その時だ。しかも、彼女が“神の御技”を使えるとわかって、さらに会場はざわついていた。けれど、彼らの様子に、もう彼女だけだと定めていることが明らかにわかってしまって、なんとも言えない気持ちになる。
今まで、当然として行なっていたものが全て水泡に帰したのを理解して、腹立たしかった。その日は会場から彼女がさるまで、バカにされたような気がして、彼女に苛立ちを向けていた。けれど、日にちが経って、父と話をして、ある意味私は解放されたのだと知った。
彼女が“ハーレムの主”持ちということは、想いをーー丞相様と将軍様にだろうーー寄せられて、彼女はどちらを選ぶ気もない、つまり丞相様方側のわがままで、彼女はあの場にいたのだろう。彼女自身が心から望んでいたことは、あのパンを食べたいということだけだったと、今ならわかる。
そして私は、貴族の女性の責務の一つからあっさりと解放されたのだ。あまりにあっけなくて、それでも私はプラスになったことが多かったからよかった。私とは逆に、マイナスばかりが残ってしまった貴族の娘たちが王城へと向かったという話を聞いて、納得しながらも止めようと私も追いかけた。彼女も被害者なのだ。
追いついた先で見た彼女は、自分の感情などないかのように、空っぽな笑顔で、告げたのだ。あらかに彼女をよく思っていないだろう獣人を示して、“グラジリオスさんは、せっちゃん…セヴィア様からお預かりしている、“私だけの騎士様”なんです。素敵でしょう?”と。
ああ、彼女の意志などそこにはないのだ。次期魔王様と彼女自身が同じ愛称で呼びあっているということは、次期魔王様の彼女へ執着の表れなのだろう。そんな次期魔王様が、彼女を守るためにつけた獣人、ただし、婚姻関係を結ばせるなんていう支配欲を滲ませて。
いくら無垢であっても、幼くあっても、そんな意志に気がつかないはずもない。友人たちが彼女の本当に気がついて踵を返したのをみて、追いかける。
雪白という女性は、本当に哀れだと、そう思った。
勘違い




