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私が不貞腐れていることに気がついたのか、ヴィクトール様とせっちゃんが二人掛かりで取り繕うように説明してくれた。権力の中枢である人物を二人も婚約者にし、将来世界すらも牛耳る可能性のある人物とファーストダンスを踊り、そんな相手と権力の頂点の話に口を挟んでも咎められない、名前も、出自さえわからない女。しかも、魔族の常識に則り、年齢だけで言えば少女や幼女としてもおかしくない。後ろ盾、生まれた家と表現した方が適切だろうか、それすらないのだ。年齢的に言えば、常識を全て理解できる年でもない。
利用するには、もってこいの人材だ。魔王に対して悪意を持つ者にとっても、己の欲を満たそうとする者にとっても。それ故に、魔王に忠誠を誓っている者や平和を願う者、余計なことに煩わされるのが嫌いな者や己の親族を使って成り上がろうとしている者には、排除したくてたまらない人材でもある。
四面楚歌、と表現するのが適切だろうか。唯一私の命を救ってくれるだろうという味方の人数は限りなく少ない。せっちゃん含む砦の仲間たちとヴィクトール様、クレインス様になぜか典医様も…というと人数はかなり多そうに聞こえる。だが、私を利用しようとするのも、排除しようとするのも、貴族たちばかりだ。そうすると砦の仲間たちはマリアさんさえ手が出せないーーというか、マリアさんの場合は手を出されると余計状態が悪化する可能性の方が高い。カストさんとハーレルさんでも難しいそうだ。そうなると実質4人。それではあまりにも少ないので、貴族としての知識と経験のある、更に戦える奴隷を一人つけておこうということになったそうだ。
奴隷は基本的に主人の命令に絶対の存在ではある。だが、たとえ主人の命令であっても主人よりも上位の者に危害を加えることはできない。故に、グラジリオスさんをせっちゃんの奴隷にして、私を守らせる。貴族的な面の立ち回りも任せられる奴隷であれば、私が不慣れでも問題ない。更には私の奴隷ではなく、次期魔王の奴隷が私を守る、という事実が重要なポイントだ。家を持たない私よりも上の貴族にも物理的にだって攻撃を加えられることがまず一つ。それから、わざわざ隷兵を雇うほどにせっちゃんが私に目をかけているという証明にもなるのがもう一つ。最後に、奴隷は主人となった人間の命令に逆らえないために、買収されるという不安がないこと。3つを考慮した結果らしい。
なるほどそれなら納得もできる。だが、私になんの話もないのは違うのではないだろうか。意見を言わせろとか、私に選ばせろとかそういうことではない。ただただ、私に大きく関わることなのだから前もって教えて欲しいということだ。報告・連絡・相談の内の一つ“連絡”だけしてさえくれればいい。結構簡単なことだと思うのだけれどどうだろう。
「…では、これからお世話になりますね、グラジリオスさん」
「かしこまりました」
静かに礼をするグラジリオスさんは、無表情のまま私を見る。気が滅入るというほどではないが、結構精神的に負担になるタイプのやつだこれ。
できうる限りは自分の身の回りは好意的な相手で囲んでおきたいと考えるのは、生きる者としてある種当然の考えだと思っている。自分を嫌っている人間だけを自分の周りに置くなんてドMみたいなーーもしくは修行僧か、聖人君子みたいなーーこと私には絶対にできない。あっという間に病んで鬱だ。ブラック企業も真っ青だろう。ただ甘やかされている地位にいたいというわけではない。たまには甘やかしてもらいたいし、褒めてもらいたいが、そういうことではなく、単純に腹が立つことがあっても害意を実行に移さないし基本的には円満に交流のできる相手という意味で。
対して、グラジリオスさんはどうだろうか。敵でも味方でもない、というよりも、敵にも味方にもならない。それだけならまだしもビジネスライクな関係さえ築けそうにない。彼はきっと忠実に命令にしたがって私を守ってくれるだろう。私への害意を敏感に感じ取り、それが直接的な攻撃でも、搦め手のような不意のものでも、謀略のような間接的なものでも、全てを切り崩すとわかる。しかしそれは、彼とせっちゃんの契約だ。
つまり私はただ守られる“対象”であり、私がたとえ物言わぬ人形であっても、そこらへんに転がっている石ころでも、いっそのことヴィクトール様であったとしても、変わらないのだ。私の存在は何も影響しない。守ってもらっているのだから文句を言える立場ではないかもしれないが、どう守られているのか、自分がどう立ち回れば負担が減るのか、なんていうことは一切教えてもらえないということでもある。
グラジリオスさんは、私と対話しないのだろう、と判断できる。そんな相手を四六時中隣に、近くに置いておくなんていうのはなかなかのストレスだ。…と、なったらすることは一つだけ。無理矢理にでも仲良くなることだ。もしくは、ある程度私への認識を持ってもらうことだ。
行動力と情の深さはあるようだからそこに全力をかけよう。と決めても、こればかりはそれほどにすぐどうにかなるものではない。ゆっくりと時間をかけて彼を私に慣れさせるしかない。
「前途多難」
「…何か、困ったことがあったのか?」
うわぁとつぶやいた私の一言を聞き取ったらしいせっちゃんになんでもないと首を振る。こればかりは私が自分でなんとかしなくては意味がないだろう。せっちゃんが命令すれば少し違うのかもしれないが、それでは全くと言っていいほど意味のないものになってしまうだろう。だが、そうでもしないと彼は私を見ないだろう、というのも事実だ。
「大丈夫、うまくやれるように頑張るっていう決意だよ」
「無理はしなくていい、必要なら他に人を出してもいい」
「そこまでしなくても平気」
頑張って見てどうしてもダメだったらせっちゃんに頼る気満々だけどね。
意訳:お友達になりたいです




