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せっちゃんに私を離すようにと叫んだ獣人が、ギラギラと射殺さんばかりに睨みつける姿は手負いの獣そのものだ。唸る口元には鋭い牙がのぞいており、私の首筋くらいであれば噛み砕く事さえ可能なのではないかと思わせる。
グルルルル、と地響きのように響く音は、彼から放たれている威嚇だろう。どうしてそんな状況になっているのかについては、皆目見当がつかない…とは、言い難いのか。理由は分からないけれど、虎の獣人はなぜか私をせっちゃんから引き離そうとしている。そのためには命さえも厭わないと言いたげな対応だ。
困惑しきって、せっちゃんを見上げる。せっちゃんはニヤリと笑って、私を抱き込んだ。結果、より一層苛立ったように押さえつけられている体を動かす獣人。抑え込んでいる魔族たちも必死の形相だ。悲鳴のような逃げろ、という声が響く。彼には私のことがせっちゃんに捕まった獣人にでも見えているのだろうか。
「目の前で女を奪われたのがそれほどまでに堪えているのか」
「え、せっちゃん知り合い?」
「ああ、彼の在籍していたパーティーを壊滅させたのは私だから」
サラッとやばいこと言ったよね。壊滅って日常生活では滅多に聞かない単語だから。せっちゃん一体何したんだろう、知りたいような、知りたくないような。私のそんな気持ちに気がついたのか、せっちゃんが小さく微笑んでみせる。今の顔は絶対獣人を煽ってるよ、その証拠に取り押さえてた魔族のうわぁっていう悲鳴が聞こえたもん。怖くて振り向けない、とせっちゃんを見続けていれば、せっちゃんは自身にとってはなんともないことを口にした。
「その獣人の番が、突然俺を見初めたと言い始めたから、パーティーを崩壊させれば考えてやると答えただけだ」
信じるとは思わなかった、と悪びれもせずいうせっちゃんになんとも言えない気分になる。せっちゃんの対応もせっちゃんらしいと言えば聞こえはいいのだろう。狙われている側の魔族としては別に間違っているとも言えない回答に微妙な気分になる。
まずそもそもの話、『恋人と共に旅に出た女性が討伐対象に一目惚れして告白する』というわけのわからない状況から突っ込みたい気持ちが抑えられないのだが、どういうことなのだろうか。絶対戦い始める寸前でしょう?彼らは私たち魔族を討伐しに来ている訳で、基本的には出会い頭に殺す、くらいの勢いのはずだ。対話を試みてくれたのかもしれないけれど、せっちゃんの言い方だとそういうことでもないのだろう。
「それで、どうなったの?」
「女がパーティーメンバーを俺に売った。聖女だとかいう役割で、回復を担っていたから悲劇だったな」
「…うわぁ」
うわぁ、ともう一度繰り返す。それはない。あってはならないとも言えるかもしれないが、ダメなやつだろ。呆れきった気持ちが、そんな恋人がいた獣人にまで波及する。惚れっぽい獣人か、だからこそ私へと特に感情を向けずにせっちゃんと離れるように言ったのか。ちょっとドキってした私の純情を返して欲しい。まあ、言われたからと言って私がせっちゃんと離れることなどあるわけもないのだけれど。
せっちゃんから離れたら確実に権力抗争に巻き込まれることが目に見えている。それに、せっちゃんは私を揶揄ったり追い込んだりはするが、それでも本当の意味で私を守ってくれているのは彼だけだ。せっちゃんに付随する形で、彼の配下も私を守ろうとしてくれる。
言い換えれば、私が無事に生きており、自分の意思で行動できているのは、ただただせっちゃんのわがままにすぎない。“ハーレムの主”なんていう訳のわからない称号を得てしまったことも含めて、自分自身を失いそうな状況を助けてくれたと言っても過言じゃない。
「獣人さん、本当ですか?」
「それ、は…」
詳細は異なるが、流れ自体は否定できるものではないらしい。どういった非道な行いが双方にあったのかは知らないが、獣人である彼が捕まっているし、せっちゃんが変わらず生活しているということから結果は明らかだろう。パーティーは敗れ、せっちゃんが勝ったのだ。
とはいえ、彼が私を利用しようとしていたわけではないことも私はわかっている。そうすると、このまま獣人さんばかりを責めるわけにも行くまい。
「でも、私のために行動してくれてありがとうございます」
にこりとこれ以上の拒絶の顔で笑って、せっちゃんを見上げる。帰ろう、と声をかければ、いいのか?と不思議そうな声。え、何、これで私こいつ連れて帰るとか言い始めるとでも思ったの?
流石にそれはね。ガラス壊したことも、せっちゃんから話すことも私が頼んだわけではないのだから、私が責任を負う必要はないだろう。自分の行動の責任は自分が取るべきだ。
それに、私の近くにこの獣人を置いておくことで、万一せっちゃんが傷つけられるような状況に陥ったら、私が困る。リスク回避は大切だ。別の意味で合わないなら構わないだろうが、恨みつらみで合わない人たちを一緒にしておく意味がない。しかも生きる上で必須でもないのだから、避けられるなら避けたらいい。私はヒーローでも勇者でもないのだから、矮小な存在らしく己を生かして行くので精一杯だ。
「本当に、手放せないな」
「突然なに」
「私は雪白が気に入っている、というだけだ」
いつもの楽しそうな顔でもなく、しみじみとした穏やかな顔に驚いたが、それ以上に宝物を抱きこむようにぎゅうと抱きしめられてドキドキする。今までは子供の独占欲のような、己の所有物であることを証明するようなものだったのに、突然、大好きな人にだけ見せる大切なもののように扱われたのだ。しかも、相手は子供ではなく、何度もいうがワイルド系のイケメン。中二心をくすぐるアシンメトリーなツノもある。イケメンに嫌な思いをさせられた経験も特になく、審美眼も一応平均くらいのものは備えていると自覚している私にとって、イケメンに拒否感は覚えない。そもそもいい男が嫌いな女はそうそういないんじゃないかな。
もちろん、この次期魔王様ほど顔がいい男も本来少ないとは思うのだけれど。
自己保身は基本(カブトボーグ風




