2−15
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「権力嫌いの典医が、どうして夜会に?」
言外に一体何しにきたのだ、と問う声はどことなく険を含んでおり、驚きでその顔を見上げる。深い青は剣呑な色を浮かべて、得物さえあれば今すぐに斬りかかるとでもいいたそうな顔だ。え、何、この二人仲悪いの?将軍と医者とかめっちゃ関わりそうだし、むしろ仲良くないとダメな二人では。
私の困惑を理解したらしいクレインス様が私の肩を何度か人差し指で叩くので、顔を向けると結構な近さに整った顔の微笑が待っていて、動きを止めた。丁寧に持ったままの皿を取り上げられて、そっと耳打ちされる。
「フィラードは人形趣味なところがあってね、何度かヴィクトールと女性を取り合った過去があるんだ」
「へぇ…」
何だろう。魔族ってまともな性癖の持ち主いないのかな。半眼になりながら、彼らへと視線をもう一度向ける。音を立てそうな勢いで視線のあったヴィクトール様が、一瞬表情を無くして、慌てたように言い繕う。
いや別に過去の女性関係とか遍歴とか気にしてないから。そんな必死にお前が生まれる前の話で云々も、あの時の娘とは今もう何もないという身の潔白(?)も別に私はいらないけれど。結構な剣幕で言い募ってくるので、ついクレインスさんの後ろへと体を動かす。いや、その、大きい相手に覆い被さられるように話されると恐ろしさがあるんだわ。私が小柄だと悔しいが認めることにする。顔が逆光になってしまって、怒っているわけではないとはわかるのだけれど、本能的にダメらしい。
クレインス様がおやおやと私を庇うように動いて、二人に対峙する。別に貧乳教なら認めるって意味ではないから、勝ち誇った声はちょっとおかしいと思う。けれど、壁になってくれるのなら何でもいい。
「あなたたちのような節操なしは彼女に相応しくない、ということでしょうね」
夜会だよね?節操なしとか言っていいのだろうか。そろそろせっちゃんは話し終わらないかな。伺うように女王様とせっちゃんを見る。どうやら冷戦と化しているのか、貴族が遠巻きになり始めている怖い。これは仕方ないので、彼の意識をこちらに持ってくるしかないだろうか。ほら、私こう見えても16歳だから、一応。
舌戦を繰り広げる3人からそっと離れて、近くにいるせっちゃんの服の裾を掴む。険しい顔で振り返ったせっちゃんがあまりに恐ろしくて、泣きそうになるのを堪えて子供として振舞うことに決めた。
「おなかすいたの」
「そうか…すまない。いつも共にしているからな」
今日もそれで来てくれたのだろう?とどことなく嬉しそうにしている。間違ってはいない。勝手に食べていいのかわからなかったから、許可がもらえれば冷戦を続けてもらっても構わなかったとも思っているけど。女王様にぺこりと頭を下げて、せっちゃんの手を引いて、ふと思い出した。そういえば、典医様が私に食事を差し出していたような気がする、クレインス様に没収されたけど。と思ってそちらに対して先ほど使った付与確認魔法を使う。物体が見えなくても、範囲で調べればすぐにわかるので、やっぱり魔法は万能だなぁと思っている。
う、わぁ…見えた効果に、なかったことにしようとせっちゃんに向き直る。あれ食べてたら拙かった。何で一時的とはいえ惚れ薬みたいな効果が出るようになってるの。いやまさか、確かにあの目は中二的には心惹かれるものだったが、突然素敵とか言ってしまったのは、匂いにやられていたからか。一応料理の効果は匂いでも多少は出る。そう考えると、料理に直接つけられている能力は尋常ではないくらいに高いものとなる。対象が異性のみ、と設定されているせいだろうか、比較的近くにいた女性たちの目線が寄せられている。あのままあそこにいたら私本当に危なかったんじゃ。
せっちゃんにエスコートされて、なぜかホールの中心へと立っている。え、と顔を上げる。せっちゃんが悪い顔で笑った。
マリアさんと比べて身長が高いせっちゃんとはダンスのために組むのも大変だ。正直、ヴィクトール様とか考えたくない。大人と子供でももっとマシだろうという外見になると想像できる。ゆっくりと音楽が流れる。何度かマリア様との練習でも聴いた曲だ。ふ、と気がつくと周りにはほぼ人が皆無。
「まさか、ファーストダンス?」
「当然だろう」
何を言っている、と顔が思いっきり告げているせっちゃんは、そういえば神話の魔王なのだ。でも普通、女王様とせっちゃんが踊るのでは?と疑問符を浮かべていたのだが、驚いたような貴族たちの表情から安堵を見つけて、まさか、という気持ちになる。
マリアさんに教えてもらった足さばきは何の不安もないので、小さな声で問いかける。もちろん、顔は小さな笑みを浮かべたままだ。
「本来、ここでのパートナーは女王様じゃ?」
「今まで、そのようなことは一切なかった。私との仲は皆が知っていることだ」
「ああ…」
先ほどまでの冷戦を思い出して、笑みが崩れそうになる。が、思い切り見られていることを思い出して、笑顔を浮かべ直す。せっちゃんが少し驚いたように突然別の動きをしたので、それに巻き込まれるように体を動かす。待って、基本に忠実でいさせて、緊張で死にそうなの。そうは見えないし、実質違う気がするけど、私デビュタントってやつなの。
私の無言の訴えを理解してくれたのか、動きを元に戻してくれたせっちゃんにほっとしながら、踊り終える、と次から様々な男女が戸惑ったように踊り始めた。続けるか?と問われたがそれよりも飲み物が欲しい。
「喉乾いた」
「おいで」
ふわり、と笑ったせっちゃんが私の腕を引く。そのままついて行って、飲み物をまず渡される。一口飲むとジュースにしてくれたらしく、アルコール独特の感覚はない。安心してもう一口。何が食べたい、と問う声が聞こえる。視線を隅から隅まで動かして、気がついた。
「せっちゃん、パンがあるよ」
せっちゃんの服を軽く掴んで、顔を上げる。今なら私の目がキラキラしている自信がある。それくらいパンが美味しいのだ。この世界には確かにお米もある、たまに食べたくなればお願いして食べることだってある。元々パンとご飯半々だったこともあり、この世界の美味しいパンは本当に好きだ。米粉のパンだって、日本と同じように作られている。
せっちゃんは虚をつかれた顔をしてから、少しだけ困った顔をした。ダメなのだろうか、と眉を下げて見上げると、諦めたような顔をしてから、パンの方へと連れて行ってくれた。
ふんわりした夜会




