閑話 03
雪白様は、純粋だ。とても、とても。悪意なんていうものに今まで関わったことがないのではないかと疑いたくなる程度の警戒心。相手を疑っていないのか与えられる知識を全て飲み込む。
私に対しても下手に出るような腰の低さは元々が支配階級ではなかったからだと言うが、多分彼女は本来の上下関係というのを理解していない。相手を尊重することはできるが、相手を切り捨てることができない弱さも持っている。
セヴィア様に拾われたことは彼女にとってこの上ない幸運であり、同時に不幸だ。私もセヴィア様に拾われた身、主たる存在となった相手を否定したい訳ではない。主人として慕うのに何の不安もない方である。むしろこれ以上ないくらいに優秀な、素晴らしい主人だ。仕えることができて幸せだとすら感じられる。
だが、魔族として、また個人として見た時、その評価は全くと言っていいほどにひっくり返る。どれくらいかと言えば、文字の勉強のため、と小説を読んでいた雪白様が「熱い手のひら返し!!」と悲鳴をあげていたが、彼女が私の言葉を聞いたらきっとあの時と同じ反応をするのだろうと想像できるほどに。
神話の魔王という存在はこの世界に生まれ育った者たち全てにとって酷く恐ろしいのだ。個人としての性格も含めると、どうにも、好意的に見ることは難しい。
何となく感じ取っているような風も見せる雪白様だが、彼女は切り捨てることができないからこそ、付け込まれるのだ。基本的に許容する性格のようだから、セヴィア様が逃す訳もなくて。私にできるのはせめてお世話をするくらいなのだ。
そう、思っていたのに。雪白様はさらに面倒な相手を二人ほど懐に入れてしまった。700年も800年も生きて独身の男が、真っ当な男の訳もない。いくら可笑しな性癖を持っていたとしても、あれだけの外見と能力があれば、適する存在を作り出すことだって厭わない相手は数多くいる。彼らにはそれくらいの権力は与えられているし、受け取り便宜を図ることだって許されている。なのに、そうはしていない。
その証拠に将軍様は言っていた「少女にしか欲情しないらしい」と。自分のことなのにらしい、と使う理由がある。雪白様は、本質的にはそれに気がついているはずなのに、気にせず全てをそういうものだとして受け入れてしまう。そうしてから考えるために、本来であれば受け入れる必要がなくても、もう既に受け入れてしまったから、と突き返すことも拒否することもない。諦めてしまうとも言い換えられる。
無防備な彼女を悪意から、そして何よりセヴィア様から、守ろうとしているマリア様も、そんな彼女に絆されたからこそだ。それまでは警戒してセヴィア様のためにそばに置いておけばいいくらいの認識であったはずなのに、いつのまにか目的と理由が入れ替わっている。私も、きっと同じだ。
他の人たちに比べて長い時間をともに過ごしたからか、それともお世話をしていたからか、雪白様のことなら見るだけで何となくわかるようになってきている。今は、どうしようもない男たちと話をしているのに、眠くてたまらないに違いないとわかる。
あの瞬きの回数に、手の動き、どちらかと言えばぼんやりとしている返答。どれをとっても眠いのだと、私には伝わるが、男たちはそうではない。
そして、限界が訪れる。
「せっちゃん?どうした?」
突然、自身に寄りかかるように体重をかける雪白様に、今まで聞いたことがないくらいに甘ったるい声をかけるセヴィア様。正面の二人は殺気にも似た魔力を高めて、顔をしかめるが、当然のごとく彼女から返事はなく。
「…雪白様は、お休みになられております」
「は?」
メイドごときが何を言っている、と言いたげな顔を向けてくるのは、丞相様。
先ほど雪白様へ過去の出来事が原因で変な性癖を持ったような話をしていたが、何のことはないただの好みだし、そもそも、乗り越えられていなければ丞相という役職を維持できるわけがない。そして、彼の噂は砦にも聞こえていた。丞相様はどんな女性であれ屈服させるのが好きだと。ちなみに将軍様はわがままな少女を躾けるのが好きだという噂だった。どちらもきっと間違っていないのだろう。
私の言葉を証明するように、セヴィア様の膝の上にずり落ちた雪白様の顔は、完全に寝ている。目を閉じて、穏やかに寝息を立てていた。3人ともがその顔を見て驚いたように目を見開いているのが面白い。
彼女が突然寝落ちしてしまった理由はただの疲労だろう。朝、準備も長い時間をかけたし、二つの魔力が混ざった移転魔法で王都まで移動し、魔王様に対面。ここからはマリア様に聞いた話だが、前触れもなく丞相様に抱きつかれ、口説かれ、その隙に本番はなかったもののいつもの魔王様のお戯れが始まって、目撃してしまったらしい。部屋に戻ってきてからも気を休める暇もなく面倒な男たちが訪ねてきて、奴隷について学び、スキルを盾にした婚約を迫られて。
主に精神疲労だと私にもわかるが、彼女を手に入れようとする…彼女に手に入れられようとする存在はそこまで頭が回らないらしい。
「雪白さんは私が運びましょう」
近づいたマリア様にセヴィア様は首を振って、自身で雪白様を抱き上げる。マリア様が苦虫を嚙みつぶしたような顔をしている。セヴィア様が寝室へと向かうので、その後に続く。マリア様が残っている将軍様と丞相様に帰るよう告げている声が聞こえた。
ベッドに雪白様を横たえたセヴィア様は何故かバルコニーの方へと視線を向けている。
「下がれ、」
「…かしこまりました」
それだけ告げて、すぐに部屋を出てマリア様に報告する。二人を追い出していたマリア様が眉を顰めて、雪白様の寝室へと向かった。何らかの話し合いの末、二人がともに出てきたことで少しだけホッとして、雪白様の側へと向かう。
どうやら、熱も少しばかり出ているようで、どうにも辛そうな表情をしている。看病の準備をしていれば、どうやらマリア様が呼んでくださった典医様が様子を見に来て、息を飲んでいた。
…ああ、そういえば、典医様も噂があったような気がする。それがどんな噂であったか覚えていないけれど。ただ疲労で眠りについた患者に対して異様なほど熱心に触診しているのを見ると嫌な予感しかしない。
雪白様は、私が守らなくては。典医様から薬を受け取りながら、そう決意した。
できるメイドの内心




