2−04
「将軍、何をしている」
くずおれるのを、腰に回された手が防ぐ。はあ、と溢れる吐息は熱い。将軍と呼ばれた男前は壮絶なまでの笑みを浮かべて、私の体を支えていた。にも関わらず、魔力を流すのを止めたりはしないあたり、本当にどうにかなってしまいそうで辛い。
せっちゃんがかつかつと足音を立てて近づいてくる。不満そうな顔はここ最近の中で一番を記録した。ああ、うん、お気に入りのオモチャ取られたらそりゃ怒るよね、でもオモチャになりたくない私からするとなんとも言い難い気分だ。何だろう、ケーキが食べたいときに、食べたくもない牛丼を食べさせられたような。
「ヴィクトール・コン・ピエッタ、彼女を離せ」
「私の主は陛下のみ。セヴィア様の言うことを聞く必要はないかと」
「彼女は俺のものだ、お前が触れていいものではない」
せっちゃんの様子がおかしい。いや、おかしいと言うのは違うな、素が出ていると表現したほうがいいのかもしれない。今まで私が目にしたことのない、目にする必要もなかった、魔王然とした態度。せっちゃんの周りが揺らいで見えるのは、高濃度の魔力が満ちているから。圧倒的な力に、砦のみんなが怯えたように距離を置く。
状況をどうにかしたくても、熱に浮かされ、溶かされた頭で何を考えることもできない。唯一できるとすれば、神様に祈ることくらいだろうか。しかし、何を祈る?この状況をどうにかしてくれって、それは神様も嫌なんじゃないだろうか。子供がオモチャを取り合いしているようにしか見えない。
「っ、あ」
一段と強い魔力が流し込まれる。本当にもうやめてもらいたいんですけど、と視線を将軍へと向ける。せっちゃんが執着している私が気に入ったのか、将軍はギラつかせた目を愉悦に細めた。うわぁ、嫌な予感しかしない。
私の考えは当たったらしい、やっと手を離してくれた将軍は、自分の白手袋の中指辺りを噛んで、するり、と外して、そのまま私の頬にぺたり、と当てた。瞬間的に自分が出したとは思えない可愛らしい悲鳴が上がる。やばい女子力高い悲鳴とか生まれて初めてあげられたんだけど。その事実に目を白黒させているうちに、すっかりと将軍の大きな体に抱き込まれている事実に気がつく。
せっちゃんの魔力の圧縮率が、今まで見たこともないほどになっている。慌てたようにカストさんやマリアさんがやってきたけど、顔を青くするだけで何もできていない。本来なら原因にもなりかけている私がなんとかしなきゃいけないのだろうけれど、まともな言葉を言いたくて口を開いても悲鳴混じりの吐息にしかならないのでパス。
ああもう、仕方ない、よね?
声にならない声で、心の底から願う。ーー助けて、神様ーーこの状況をどうにか、せめて、解決することができそうな状況にしてほしい。そう思った瞬間だ。
私の魔力がごっそりと天へと登り、直後、閃光と轟音が鳴り響き、私を抱えていた将軍と、尋常じゃない魔力を集めていたせっちゃんに直撃した。ここ室内だよね?暴発しそうになったせっちゃんの魔力は天に昇って言ったので問題は起こらないだろう。解放されたはいいものの、クラクラと頭が揺れる。ふわりと光が私の元へ降ってきて、初老の紳士の声がする。もっと頼っていいぞ、と嬉しそうな声に感謝を返して、すっかり戻った体調につい笑みが浮かぶ。
「マリアさん!休むのは後にして、聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「え、は、はい」
「将軍?様の行動が全く理解できなかったので、説明がほしいです。後、注意しないといけない行動も教えてください」
「かしこまりました。カスティーリャ、あとは頼みます」
「僕って本当に可哀想だよね。イケメンなのに」
カストさんは諦めたような顔で、ひらりと手を振った。任せておいていいのだろう。ハーレルさんもやってきて、私の背後を守るような位置に立ちながら、行きましょう、といつも通りセクシーな声で私を促した。ナディアも慌てたようについてきて、4人で部屋に戻る。
ナディアが淹れてくれたお茶で一息つきながら、状況を聞いた。そもそも将軍って何、というところからだ。
「将軍は、全軍の指揮権を持つ軍事の最高責任者です。今の将軍は先ほどのヴィクトール・コン・ピエッタ、700歳ですね」
「700歳」
「彼は好んであの外見にしているらしいので、壮年の外見とはいえ、魔力からすればあと1000年は生きられるでしょう」
「お金持ちで、権力もあって、あんなに男前で、しかも独身。女が放っておく相手じゃないでしょ?」
「そうですね」
「でもねぇ。彼の好みが特殊なせいで、ずっと独身を貫いているのよ」
「碌でもない好みなんでしょうね、きっと」
「ええ…彼の魔力って結構特殊なんだけど、何か感じた?」
「いえ、別に特には」
流し込まれた私だからこその質問だろうけれど、思い当たる節は全くなかった。せっちゃんと比べるしかできないけれど、比べたとしても何か分かるわけでもなかった。そもそも一方的に流し込まれていたから、落ち着いていられなかったのもあるけど。
ただ、私の答えがいいものではなかったのだというのは理解ができる。だって、3人ともが米神を押さえているから。表現するなら“終わった…”とするのが一番適しているだろう。心の底から嫌な予感しかしない。
ハーレルさんがブツブツ言っているのに耳を澄ませる。どうやら、受け入れることができる段階ですでにまずかったようで、しかも、かなりの量を流し込まれていたーー生命の器を大きくするための魔力交換だが、受け入れられない量を流し込まれると発狂する危険もあるーーようで、目をつけられたのは確実だ。
「どう、特殊なのでしょうか」
「死人は出たことがないけれど、重傷でなんとか一命を取り留めたラインまではいるらしいわ」
「そんな魔力流し込まれてたんですね、私」
「ええ、しかもかなり気持ちよくなってたみたいだし」
「その辺はせっちゃんに苦言を呈しても問題はないと私は認識しています」
「硬い言い方ね」
「それはそうかもしれませんが、困ったことになったことに変わりはありませんよ、雪白さん」
マリアさんが眉をひそめたまま告げることは、認めざるを得ないだろう。確実に気に入られてしまった、とその理由がなんであれ、理解はしている。どうしたものだろうか、と私は助けを求めるように3人を順番に見つめた。
暴れん坊将軍(特殊性癖持ち)




