2−03
ダンスの練習の時に、マリアさんやナディアにも家族か恋人同士かどっちかに準ずる関係でなくてはしてはいけない行動はあるか、と聞いた。二人はやはり当然のように魔力交換、と声を揃える。今日も空が綺麗な茜色だ。
個室で二人っきりになる、食事を二人だけで共にする、人前で手を繋ぐ以上のふれあいをする、特殊なあだ名でお互いを呼び合う。
続けられていくごとに頭が痛くなっていく。無意識のうちに顔まで引きつっていたのか、マリアさんとナディアが可哀想な子を見る目で私を見ていた。甘んじて受けようと思う。ナディアが焦っていたのは、私とせっちゃんが個室で二人っきりになっていたからか。なんだ、つまらない。
「以後、お気をつけください」
「そうしたいのは山々なんですが…」
「主人は認識した上ですからね」
苦虫を嚙みつぶしたような顔のお手本みたいに顔を顰めて、マリアさんは告げる。できる限り気をつけたいとは思うが、気がつくと追い込まれているのでなかなか抜け出せない。せっちゃんの表情も分かりにくいのも合わさって、嫌な相乗効果だ。
慣習を聞いておかなかった私が悪いとは反省するのだが、騙した方も同じくらい悪いはずだ。マリアさんの顔を見ながら、私も眉を寄せた。ナディアがどうぞ、とハーブティーを淹れてくれたので気分を落ち着かせるティータイムと相成った。
「王都にはいつ出発するんですか?」
「聞いておりませんか」
「聞いておりませんね」
「…通りで、平然とされているわけです。明日です」
「え?」
「明日です」
淡々と繰り返された言葉に、天を仰ぐ。体から力が抜ける感覚。もう何もいう気も起きない。準備とかそういうの、あると思うの。視線をナディアへ向けると、私の意思を汲み取ったらしく、にこり、と綺麗に笑った。
「雪白様のご用意はできております。すでにハーレル様からドレスもお預かりしています」
「うわぁ、それは、マジか。ハーレルさんにもお礼言わないと」
「雪白さん、異性に対してはさん付けを控えた方がいいとも言われていますので、様をつけるようにしてください」
「もうやだぁ」
机にごん、とおでこをぶつける。本当に、もっと前に聞いておくんだった。泣きそうな顔でマリアさんを見上げると、砦のものはそのままで大丈夫ですから、と眉の下がった申し訳なさそうな表情で言われた。ならいいか、よくないけど、いいよ。子供みたいに頷いて、気を取りなおす。
基本的に何もしないようにしよう。ナディアも一緒に行ってくれるはずだから、ナディアに聴きながら色々気をつけていこう。それが一番いい気がしてきた。最初のお願いもあってからナディアは私に色々教えてくれているし、マリアさんの下にいるからせっちゃんの影響から少しだけ遠いのもある。
淑女な行動とかできないんだけど、なんだっけ、あのカーテシー?とかって挨拶は習っていないし、あんな動き無理。最敬礼とかでいい?拱手ならギリいけると思うけど、それ以外はちょっと。完全なる現実逃避だと自覚しているけれど、今くらいは許してほしい。時間ないけど。
ダンスの練習は、マリアさんのスキルのおかげでなんとかなっているから、そこまで注意することはないはずでーーああ、マリアさんがスキルを使ったのは、時間がなかったからか。本来ならもっと時間をかけてゆっくりダンスを勉強するはずが、時間がないから強制的に体に覚え込ませる方法をとったと。
「今日は早めにお休みください」
「…そうさせてもらいます」
マリアさんに見送られて、ナディアと二人部屋に戻ろうとしたのだが、ざわざわと砦内が騒がしい。ほとんどの人員は城下の建設だったり様子見だったりに忙しくて砦にはいないのに、どうかしたのだろうか。
見回すと、視線を集めているのは一人の壮年の男性だった。暗めのグレーの髪を乱雑にかきあげ、撫で付けたようなオールバック。前髪が少しばかり落ちているのが、乱暴な色気を醸し出している。彫りの深い中にある青い瞳は鋭く、全てを見透かされそうなほどに強い。整えられた顔はまるでハリウッドスターだ。鍛えられているのが見て取れる体を含めれば、それ以上かもしれない。がっしりとした筋肉は実用だろうと判断ができる。身長はせっちゃんよりも高く、多分私よりもはるかに高い。完全なる巨人だ。美しい巨人なんてまるで美術的。
注目をほしいままにする彼は、周りの様子を歯牙にも掛けず辺りを見る。平均身長が高いこの世界ーーちなみに、この砦で私より背が低いのは子供と女性2人くらいでほとんどは私よりも背が高いーーでも頭一つ以上出ているのだから見やすいに違いない、羨ましい。
ふ、と視線があった。へらっと笑ってみる。ナディアが、アッと焦ったような声をあげた。え、なに、笑うのだめ?!焦ってナディアを確認。影が差す。見る。壁。
「名は?」
「ゆ、雪白と申します」
ザワッと砦内が揺れる。誰かが視界の端で駆け出したのが見えた。目の前のこの壮年は一体誰だろうか、男前すぎて吐きそう。普段からし慣れている自然な動きで私の前に膝をつく。膝をついたのに私とほとんど同じ目線の高さだった。
す、と白い手袋をはめた大きな大きな手に私の手が取られる。パチパチと瞬いて、首を傾げた。ナディアが、いや、野次馬たちの様子がおかしい。これはまずい気がする、助けを求めたくて周りを見たいのだけれど、海の底を思わせる深い青がそれを許さない。
こんなことなら、女性としてのNGだけじゃなくて、男側から粉をかける行動とか聞いておくべきだった。だからこそ後悔は先に立たずって言うんだろうけど。
厚めの唇が、私の手の甲にそっと当てられる。ピクッと手が痙攣したように動く。それが腕を引こうとしたように取られたのだろうか、がっしりと握り込まれて腕が微動だにしない。
ジワリ、と刺激が手の甲から体を走る。ぞわぞわと身体中を這い回る感覚に足が震え始めた。これ、口説いてるとかじゃない、魔力流し込まれてるんですけど?!気がついた瞬間、ひぇ、と情けない声が漏れる。微動だにせずにハシビロコウを思わせる目で私の体を絡め取っている彼の唇が、弧を描く。あ、エロい。
私の体が崩れ落ちそうになるのを耐える。と、空気を切り裂くような、冷淡な声が響いた。
新キャラ登場




