2−02
日々の日課にマリアさんとのダンス練習が追加されたのは、至極当然のことだった。これっぽっちも踊れない私は、魔王様に会うまでの間にせめて見られる程度にならなくてはいけない。下手に踊れないまま王城に行って、嫌な注目を集めるのは勘弁してほしい。
一応、魔族にも貴族とかそういうのがあるのだが、それは私の知るものほどかっちりはしていないのだと教えてもらった。ただ、それでもやはり貴族は貴族だし、ある程度の知識と教養が求められる。私は別に貴族ではないし、なりたいわけでもないけれど、一緒にいるのが次期魔王様。大物中の大物だ。放って置いてもらえるわけもないのが、手に取るようにわかる。それくらいに、神話の魔王は人々の憧れで、お近づきになりたい第一位なのだ。
「せっちゃん、どうかしたか?」
ぼんやりと、せっちゃんの顔を見て考え事をしていたせいかな。じっと見上げれば、どこか不満そうな雰囲気を纏った次期魔王様。金色の目は茜色が混じって、炎のように揺らめいている。へらり、笑って誤魔化す。毎日顔を合わせているから、最近はなんとなくせっちゃんの感情が読めるようになってきている…気がする。300歳の次期魔王様をどうやって読み取っているのか、なんてわからないけど、友達というのはそういうものなのだろう。まだせっちゃん同盟で友達になった記憶はないけど、周りの扱いはすでにせっちゃんの友達だ。
「せっちゃん呼びが、怒られそうだと思って」
「誰にだ?」
「魔王様、とか?」
「あいつに気を使う必要はない、そのまませっちゃんでいい」
眉を寄せて吐き捨てる。せっちゃんは最近ネガティブな表情を私に見せるようになった。たまに耳に痛いことを言われてしまうこともあるけれど、私の反省にもなるから甘んじて聞く。甘えとは違うけれど、せっちゃんが今まで見せようとしていなかった面を見せてくれるのは純粋に嬉しいから、なんて理由ももちろん多分に含まれている。私になら見せてもいいのだと信頼された気分になれて、ホッとしたような気分になる。
返事をしない私に痺れを切らしたようにせっちゃんが念を押す。髪が長い影を作って、整った顔にいつも以上の陰影を作り上げた。もし芸術品だったのなら、国宝級になってしまう程に幻想的。ぼんやりと見ているだけの私に、せっちゃんが動いた。
ぐい、と私の手を引っ張って、反対の手を目の前でひらひらと振って見せる。何度か瞬きをして、心配を全面に押し出したせっちゃんのほっぺに手を伸ばす。ぷに、ときめ細やかな肌に触れる。うん、なかなか。
「わかったよ、せっちゃん」
「ああ、それでいい」
「あー、敬語、は?」
「それも、せっかくすっかり抜け切ったのだから、そのままで…そのままがいい」
握った私の手を掴んだ手の親指の腹で撫でる。ありったけの優しさを詰め込んだような目をして、嬉しそうに顔を綻ばせる。私にお金があったらきっと破産するまで貢いだのに、と現実逃避をしていれば、お茶を持ったナディアが部屋に入ってくる。
お待たせいたしました、といつもよりも緊張した声で近づいてきて、ぎこちない動きでお茶を淹れてくれた。せっちゃんに対するのは緊張するのだろうとは思うけれど、予想以上のようだ。でも、ナディアはせっちゃんと対したことがなかったのだったか、覚えていない。
ありがとう、といつも通りにお礼を伝えると、ナディアは目元を赤く染めて、失礼します、と慌ててーー私にはいつもと比べてそう見えたけど、とても優雅な動きだーー退室していった。はた、と思い至る。
そうか、そうか、そういうことか。なんとも、私は鈍感なのだろう。二人が一緒になるための行動は何もすることはできないけれど、心の中での応援と、ちょっとした協力くらいならできるかもしれないな。もちろん彼女は望んでいないかもしれないからバレない程度に、内緒で。
そうと決まれば、ある程度探りをいれ始めよう。いつか私を救うことにもなるかもわからない。
「せっちゃん、今唐突に思ったんだけど」
「なんだ?」
「男女間でしちゃいけない行動とか、恋人同士しかしない行動とかってある?」
「忘れていたな」
貴重なうっかり顔を披露したせっちゃんは、小さくどことなく仄暗さを感じさせるような、意味深長な表情を浮かべる。もう一度私の手の甲を親指で撫でてから、私の目をまっすぐ見つめて告げた。
「まず、魔力交換」
「…待とうか。ちょっと待とうか。おかしいね?」
「せっちゃん同命なら問題ない」
「なんで?同盟ってそんな特殊なものなの?」
私の言葉に、笑みを深めるせっちゃん。ぞわり。背中が粟立つ。踏んではいけない地雷を踏んだか、それとも、起こしてはいけない獅子を起こしたのか。
なんだか私は酷く恐ろしいことをしてしまったのは、本能的に理解せざるを得なかった。ぐ、と握られた手が熱い。せっちゃんの魔力が無理矢理流し込まれる。
ひゅっと喉がなる。体に力が入らなくなって、机に突っ伏すように体を倒した。
「同命は魔族の古い言葉では婚姻の誓いだ」
「え」
「時とともに意味が転じて、今はただの同盟になっている」
「私の、いった意味は…そっち、なんだけど」
「悪いな、変えさせてもらった」
いけしゃあしゃあと言い切った彼は、力の入らない私を移転魔法で膝の上に抱き上げて、目を細めた。撫で上げられる頰にぞくりと快楽が走る。だめだ。
せっちゃんの手を、抑えて、滑るようにその腕から逃れる。流されたら、いけない。震える足で、自分がさっきまで座っていた席へと戻った。目を伏せて、唇を噛み締める。ほら、せっちゃんの顔を見てみるといい。笑っているだけだ。残念そうな顔も、悲しそうな顔もしていない。ただ、捉えるべき獲物を嬲って殺すときのように、感情のない笑みでただこちらを伺っているのだ。
「他、には?」
「抱きしめたり、口付けたりは当然だ。二人っきりになることも、思わせぶりな態度として考えられる」
弧を描く目はそのままで、怖いのに、嫌いになりきれない私にため息をひとつ。
格好いいからだけじゃない、神話の魔王だからじゃない、ただ他の理由…一人ぼっちで友達がいなかったせっちゃんだからこそ、私はきっとなんでも許してしまうのだろう。それが己の首をいつか締めることになったとしても、きっとこの選択は変えることができないのだ。
次期魔王の戯れ




