2ー01
「…え?現魔王様に?」
突然言われたことが理解できずに、ただそのまま鸚鵡返しに。先日より夕期になったため、窓から差し込む茜色に染まるマリアさんを見る。銀髪だから、キラキラとまるで光り輝く赤い髪のようで、本当に美しい。ぽぅっと見惚れていると、マリアさんはもう一度告げた。
「城が出来上がりましたので、王都へ戻り、報告ついでに魔王様へと謁見、のちに夜会があります」
「…強制参加ですか」
「強制参加です」
真顔で言い切ったマリアさんに、もう一度すがるような目をして見上げる。一瞬怯んだマリアさんだったけれど、もう一度真顔に戻って、強制参加です、と語気を強めた。そして、お茶の準備をした後、私の様子を見ていたナディアに視線を向ける。ナディアは一度頷いた。
「雪白様のマナーはもう十分でしょう…あとは、ダンスでしょうか」
オクラホマミキサーなら!と思ったけど、踊ったのが20年くらい前だったことを思い出して、あっ…ってなった。音楽を思い出した時にマイムマイムって始まった段階でもうダメだった。ダンスってアンドゥートロワなことは何と無く把握してる。
マリアさんが、タダでさえイケメンな顔を私に近づけて、確実に自分がどう見えているのか知っている一番いい状態ーーマリアさんの1番は、膝をついて頭の高さを下げてから、少し俯きがちに頭を下げて、流し目気味に私を確認して、最後に顔ごと上げて目を合わせるーーを見せてから、柔らかく微笑む。ついでにこの時、私の手をそっと取っていて、まるでおとぎ話の王子様と騎士様を足して二で割ったような行動をとる。
「私と、踊るのは…お嫌ですか?」
「嫌じゃないです…!」
ダメだ、乗せられるしか道がなかった。掴まれていた手を無理やり自分の方へと引き寄せて、両手で顔を覆う。絶対顔赤い、真っ赤もいいところだ、やめてくれ。
私の慌てた動きでテーブルの上のティーカップがかちゃりと音を立てたけど、溢れることはなかった。だいぶ慣れてきた魔法のおかげだ。せっちゃんとのお勉強はこの頃ほとんどが魔法についてになっている。常識なんかも本当はもっと聞いておきたい気持ちもあったのだけれど、お互いがお互いの世界のことしか知らないから、何が違うのかどうかもわからない部分があるのだ。その辺は追い追い違いとともに知っていくのがいいのではないか、という結論に落ち着いている。
最近はすっかり朝の厨房からせっちゃんの部屋での勉強、お昼ご飯を食べて、城と城下の建築のお手伝いと見学、夕食とお風呂で就寝という流れが出来上がっている。城下の建築についてはせっちゃんもノリノリで魔法を使いながら手伝っている。そのせいで、お城を作っていた時と同じくらいの期間で何十倍もの広さが整理されていった。閑話休題。
「では、一緒に練習しましょう。大丈夫ですよ、雪白さんは優秀ですから」
「うぅ…頑張ります」
半分泣き混じりで、差し出されたままの手を取る。軽々と引き上げられるとマリアさんは本当は男性なのではないかと思ってしまうけれど、時々ふわりと香る花のような甘い香りとか、科を感じさせる立ち居振る舞いであるとか、彼女自身の性質だとかは明らかに女性だ。キャリアウーマンに近いのだろうか、なんて考えたけれど、それともやはり違くて。私の中で、彼女はどこまでいっても執事で、最終的に執事(♀)という呼称に落ち着いた。
必要な知識を与える以外は、どろどろと溶かすように甘やかして、時と場合によっては都合のいい操作を行うせっちゃんに比べると、マリアさんに面倒を見てもらった、という印象が強い。もちろん、せっちゃんにも感謝している。せっちゃんがいなかったら私はこうも簡単に生きていられなかっただろうし、知識だって得られていたかわからない。魔族を嫌う種族に見つかってどうにもできなかった可能性だって、十二分にあるのだから。…だから、せっちゃんには感謝している。でも、それだけではないのだ。
マリアさんと連れ立って砦の中を歩く。連れて行かれたのはそこまで大きくない会議室のような場所。机をどかし広さを確保したら、いつの間にかついてきていたナディアが音楽を流す道具を使ってゆったりした曲を流し始めた。習うより慣れろ方式すぎてつらい。
「失礼します」
「お願いします」
ぐ、と腰を引き寄せられて、目の前にはモノクルを外したマリアさん。初めて見た、なんて感想を抱く前にぐらり、私の視界が揺れる。水色の目は、青の混じった灰色と…モノクルで隠れていた黄色い左目に変わっていた。脳みそがシェイクされているみたいに、思考が落ち着かない。きれい。
「その調子です」
その言葉に、ハッとする。ただ見惚れていただけなのに、私の足は華麗なステップを踏んでいる。習ったこともない、見たこともないようなダンスなのに、私の意思と反するようにしっかりとまるで教科書をなぞるように丁寧な動きだ。リードに任せてただ踊る。しばらくすれば、マリアさんが音楽を止めるように告げて、私から少し離れながらモノクルを戻す。いつも通りの銀髪で両目とも水色の美形執事(♀)がいる。
ナディアがお茶をどうぞ、といつのまにか用意していたお茶を机に用意してくれていた。ありがとうございますと喉を潤して、さっきのは一体なんだったのだろうかとマリアさんを見つめる。ただただ不思議だった。無意識のうちに動かされていたからには、魔法なのだろうとは思うけれど…まさかああも簡単に操られるとは思わなかった。
「不思議そうな顔ですね?」
「はい…どうやって操っていたのかと思いまして…」
パチリ、と瞬いたマリアさんは薄く笑って、私の頭を撫でた。それから丁寧に教えてくれる。
魔族という種族は確かに狼の目を持っている。けれど、ツノがあったり羽があったり、とその形は一つではない。種属と称される区別があるそうだ。例えば、ジオールさんは鬼で、カストさんは天使、そしてマリアさんは淫魔。これは蛇足ですが、とせっちゃんは種属も魔王であることを教えてもらった。淫魔特有のスキルで自分に見惚れた相手を見つめている間操る、という恐ろしいスキルがあると教えてくれた。これできっと雪白さんはもう操れませんね、なんてマリアさんは言っていた。
けれど、断言しよう。私は絶対また操られる。なんなら今すぐでも操られる。そう言えるくらいにマリアさんは美形だ。
なんの自慢にもならない考えは、いつの間にか唇からこぼれ出ていたらしく、キョトンとしたマリアさんが面白そうに笑った。
マリアさんとダンス




