閑話 02
セヴィア様は、次期魔王であるだけでなく、命の恩人だ。だが、俺が彼と距離を置いたのは、それが理由ではない。
久しぶりに理由を思い出したのは、ずっと厨房に欲しかった愛妻弁当スキルの持ち主である雪白がセヴィア様の腕の中に丸まっているのを見たからだろう。まるで警戒心のない雪白にはわからないのだろうか、と不思議に思いながらも、自分にステータスを見せてきたことから考えれば仕方のないことかもしれない。
愛妻弁当と家庭料理のスキルを持っている上に、“オタク”スキルという珍しい上に汎用性の高いもので補助ができる彼女の能力は本当に羨ましいくらいだ。ただ、あの時、見せてもらった最大魔力量はそれほど高くはなかったけれど、よく見たら彼女自身のレベルが1なんていう生まれたての赤ん坊状態でーー普通、生きているだけでも1年で1レベルは上がるのにも関わらずーー最大値以上に保有して平然としていたのも恐ろしい。
「主人…雪白さんはどうされたのですか」
出迎えたマリア様が眉を寄せる。喘ぐような呼吸を繰り返して、グッと体を丸めている彼女に対してつい哀れみの視線を送った。マリア様も何があったかは理解しているのだろう、こめかみの辺りを抑えるようにため息を堪えている。どうせまた、我らが次期魔王様はやりすぎたのだろう。
…雪白は何も知らない。セヴィア様のことも、魔族のことも、この世界のことも。そして、素直にセヴィア様のいうことを信じる。真っ向から、疑うことはなく、彼から与えられた知識を元を全て。信頼している…といえば聞こえはいいのだろうが。
例えば…今の彼女の現状。あれは魔力交換の痛みである快楽を与えられたに違いない。しかも、可哀想なことに大規模魔法のレベルだ、満足そうな顔をするセヴィア様も大概だと思うが、彼女自身疑うことを覚えたほうがいい。
魔力とは生命力だ。魔族が長生きなのは魔力が高い…つまり生命力が高いということだが、その中でも落差はある。そして女は男よりも魔力が低いことが多い…それを補うために始まったのが魔力交換だ。魔力交換とはいうものの、一方的に与えることも可能だ。与えることで最大保有量よりも多く魔力を持たせることができるし、その状態を続けていれば最大保有量も大きくなる。最大保有量が大きくなれば、自力で保有できる量…つまり生命力が上昇し、寿命も伸びる。
これは余談だが、自分の胎で子供を育てる女は魔力を成長する子供に意識・無意識問わずに与えている。自分の最大保有量を分けて器を作り、そこに自分の魔力を流し込んでいるからこそ、魔力の質は基本的にーー胎にできて数日の間に父親が魔力交換を行わない限りはーー母親に依存する。そして出産後に流し込んでいた魔力をうまく止められなくて初産で亡くなることが多い。
さて、寿命の伸びる魔力交換がどうしてあまり行われていないのか。
それにはいくつかの理由があるが…1番の理由は痛みと副作用だ。当然相性もあるが、そもそも自分の生命力を与えてもいいと思えるような相手だ、相性が悪いことはない。
自分のものではない魔力を受け入れるのは、どうしても拒絶反応が起こり、刺激が発生する。
それは慣れるごとにマシになるらしいが、俺はやったことがないので詳しくはわからない。部下であるレリィナーー保有量が人より少なく、更には女であることもあり、幼少期から両親と魔力交換をしていたらしいーー曰く素肌で触れ合った部分からの流入になるため、触れる面積が小さければ小さいほど痛み、また、自分の生命力の器を無理やり広げるのだから仕方ないこと、らしい。
もちろん、与える側がどれくらいずつ渡すか、を調整できればまだいいのだが、普段魔法を使う時の魔力行使ーー必要なだけ勝手に吸い上げられるーーとは異なり、与えている間ずっと流れ出る量を調整し、場合によっては相手の状態を見ながらでなくてはならないため、かなりの難易度と聞く。その難易度は相手と自分の保有量に差があればあるほど上がるとも。が、雪白に限って言えば、セヴィア様の変態的な調整と雪白の特異性である“最大値以上に保有してもなんともない”体質が合わさって、その刺激は痛みには届かず、ただの愛撫程度の快楽になっているのだ。可哀想に。
また、魔力交換の副作用…これが最も大きな理由とも言われているのだが…魔力は生命力なのだ。そして、与えることも、与えられた側が使うこともできる。だが、元々は与えた側の生命力。簡単に言えば、つまりは、命を共有することになるのだ。複雑な論理もあるが、残念ながら俺はそこまで勉強する気になれなかった。だからこそ、結論だけは覚えておいたのだ。命を共有することになるからこそ、義兄弟の契りや夫婦の誓い、子供への愛情からしか基本的には行われない。
魔力交換している間は、そちらに集中することになるため人前ではなかなかできないこともある。だからこそ、当然のようにセヴィア様が雪白と魔力交換をしている、というのは、そういう関係なのだと、全力で説明しているようなものなのだ。
「大規模魔法を使ったから、休ませるところだ」
「私が、お連れいたしましょう」
マリア様が手を伸ばす、同性だし、それがいいだろうとはわかっているが、セヴィア様は目を細めて、腕に力を込める。びくり、と雪白が身を捩る。彼女のはあ、という悩ましげなため息が響いた。可哀想に。つい表情が抜け落ちる。しばらくマリア様とセヴィア様は無言の攻防を繰り広げた。
「…ならば、ナディアを呼んでおきます」
マリア様は無表情に言い切り、踵を返す。仕方なさそうな顔で、頷いたセヴィア様はいつものゆったりとした余裕のある動きではなく、少しばかり急いだような動き。マリア様はこれ以上誤解が広がるのを抑えたいのだろうに、大変だな、と他人事のように思う。
俺も、本能的に感じた恐怖に従わなければ、雪白のように囲い込まれていたのかもしれない。
次期魔王は、独占欲が強い。
それは真実だ。だが、独占欲が強いだけではない。
魔族と魔王はあり方が少し異なる。だからこその違いなのかもしれないが、一魔族である俺には、命の恩人である次期魔王様のセヴィア様と、雪白のように友人になるなんて不可能であったし、そもそもそうしたいとさえ思えないのだ。
炎の料理人ジオール(語弊あり)




