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足なし宰相  作者: 羽蘭
第1章 空間魔法
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7話 ドルチェの報告





トトン、トン、トントン





日が傾き街中が赤く色づき始める中、

王城内のとある部屋に変わったリズムのノック音が響いた。


そのノック音から10ほど数えた頃、部屋の中の本棚が静かに動き始める。

さらに20秒ほどかけてゆっくりと横に移動した本棚の、その奥には暗く重厚そうな通路が続いている。

その通路にそこに1人の男が立っていた。

全身黒一色で固めた服を身に付けている為、よく見ないと見逃してしまうかもしれないと感じてしまうくらいに暗い通路に溶け込んでいる。髪も黒い為、隠れていない顔と手のみがそこに男が存在していることを明らかにしている。

男はその場で軽く一礼すると、


「チェルドです。失礼します。」


との声とともに部屋に入る。

チェルドと名乗った男は畏まった態度でへらっと笑う。

どこか正反対のように見える態度と表情が混在していて不思議な印象をもたらす。

しかし、部屋の主はいつものことだと言わんばかりに気にすることなく口を開く。


「チェルドどうだった?いや、ドルチェだっけ?」


にやりと笑ってそう言った部屋の主はルドルフェリド王。

ここは王の執務室だった。

王の前に立った黒一色の男はシュリルディールに見せた怯えたような人物像から一変して、嫌味を言われてものらりくらりと躱していきそうな顔で飄々と笑っている。

ディーの予想通り、ドルチェ、いや、チェルドは王直属の部下だった。名前からも分かる通り平民である。


この国の王族貴族は名前が長くなる傾向にある。それは親の名前の一部を受け継いで、そこに新たな文字を付け加えて子供の名前とする慣習があるからだ。

例えば、フォル(・・・)セウスとシュリ(・・・)アンナの子供はアレクフォル(・・・)ドとシュリ(・・・)ルディールであるように。

代々同じ名前の一部を受け継いでいく家もあれば、そうでない家もある。最近はそうでない家も増えてきた。単純にネタ切れだ。

祖先の名前を使い回すこともあるが、なるべく悪い噂のない者で活躍した者となるとどうしても限られる。同じ名前ばかりであるのも書類表記の際面倒になる。以上の理由から使い回しは主流ではない為、ネタ切れとなってしまうのだ。

ちなみに、ディスクコード公爵家はかなり初期の段階で代々継いでいた名前の一部を持った者が亡くなり、それを持たない三男が跡を継いだ時から、逆に毎回違う名前の一部を付けることになっている。

平民は貴族のように家系図も残っているわけでもない為、そのような慣習はなく、結果的に貴族の名前の半分程度の短さの名前となっている。


「その名前知っておられたのですか。…そうですねぇ、陛下の甥っ子君本当に3歳ですか?」


「もうすぐ4歳になるとのことだけどね。」


「少しヒントを出したというのもありますが、彼私がどうして担当に付いたのか理解してましたよ。厚意だけじゃないって。」


「それは本当か?」


ルドルフェリドは眉を寄せて半信半疑で尋ねる。チェルドに対しては表情を隠そうとしていない。分かりやすく訝しげな感情を表に出していた。


「ええ。発言からは読み取れませんでしたが、間と顔色から。」


ルドルフェリドは「チェルドが断言するのなら信憑性は高いな」と言い、椅子にもたれかかる。


「読んだ本は3冊、全て国内の土地関連のものですね。内容は決して簡単なものではありませんが辞書を使って5時間で全て読み終えていたようです。」


「魔法関係の本ではないのだな。だが…3歳児が書庫の本を簡単に読むか…」


「あとは、シュリルディール様はこれからほぼ毎日通うようですよ。」


様付けするのは、いくら王直属とは言え公のものではないからだ。官吏とは言え、貴族と平民の差は大きい。これでもミリース国は周辺国と比べるとその差は小さい方であるのだが。

その一方で、チェルドの言動にどこか王に対しての気安さが表れているのは、王と学園以来の友人だからだ。

チェルドはルドルフェリドと同い年であり、学園で知り合った。平民と王子という身分違いの為、決して表立って仲良くすることはなかったが、よく話を交わし意気投合していった。ちなみにフォルセウスともルドルフェリドを通じて仲良くなっている。フォルセウスは学園では珍しく表裏のない人物であり、平民だからと差別することを嫌う人物であった。その為チェルドにとっても非常に気楽に話せたのだ。


チェルドは学園卒業後、とある商人の元で働いていたが紆余曲折あり、現在ではルドルフェリドの隠密のような役割となっている。公には決して顔を出さず、ルドルフェリドが直接目にしにくい所の調査を請け負っているのだ。

チェルドは生来の頭の良さと演技力、飄々とした性格から見事に調査を完了させていた。荒事は苦手で暗殺には適していないが、情報を取ってくる点では王の部下の中では一番有能だ。つまり、一部の人にしか知られていないミリース国に欠かせない人物であった。


「ふーん…脳筋フォルセウスからかなりな頭脳派が生まれたねえ。」


ルドルフェリドがぽつりと呟いたその声にはどこか愉快な響きが含まれていた。



この時はまだ年齢の割に優秀な子だから将来が楽しみだと思うくらいであった。だから苦笑混じりではあるが比較的気楽な報告であったのだ。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




しかし、それから一週間後の二回目の報告の時、前回とは異なり、両者の顔からは笑いが消えていた。


王の私室に入ってきたチェルドは真剣な表情を浮かべていた。チェルドのそんな顔を久々に見たルドルフェリド王は不安を隠しつつ、気楽に尋ねた。


「何か随分と見慣れない顔してるけどどうしたんだい?」


「陛下、シュリルディール様今すぐ引き込みましょう。」


「ほお。」

本気のその声音に、ルドルフェリドは面白そうに身を乗り出す。

3歳児を今すぐ引き込むべきだということに少々不可解な思いはするものの、シュリルディールは属性を創った3歳児だ。その片鱗が表れたということなのだろう。そのことに思い当たって興味が湧いたのだ。

チェルドを側に付けたことは間違いではなかった。そう確信した。


話せと目で示されたチェルドはこの一週間の出来事を話し始めた。


◆◆◆


2日目、前日と同じ時刻に書庫にやってきたシュリルディールは丁寧なお辞儀をした。


「ドルチェさんこんにちは。今日もよろしくお願いします。」


膝に手を置き会釈する少年の銀色の髪がサラッと揺れる。この身分の気にしなさは父と同じだなと感じながら、ドルチェは内心のシュリルディールへの興味をひた隠し、おどおどとした対応で前日と同じように書庫を一周しようとした。

ここまでは予想通りだったのだ。

しかし、次のシュリルディールの言葉で常識が飛んで行った。


「あ、ドルチェさん。書庫の本の題名だけなら全部覚えたので大丈夫ですよ。」


「は?」


思わず素で答える。

チェルドは気配を隠して屋敷などに侵入してでの潜入ではなく、堂々と使用人や行商人に扮しての潜入をどちらかと言えば得意としている。今回の演技は気付くかどうかの見極めでもある為、かなり緩い演技ではあったが、それでも素が簡単に出るようなことはない。

そうだと言うのに、言われた事が信じられなくて思わず素が出てしまった。


「今日は歴史について知りたいなと思って。だから一階のK棚からU棚か二階のCからF棚ですよね。

んーと、とりあえず片っ端から読んでいくので一階K棚の一番上の段の一番右から

『ラピス大陸国衰亡史』

『ミリース国誕生盛衰記』

『大陸関連史』

『大陸年表:神歴207年まで』

の4冊お願いします。」


ディーはそんな様子のチェルドを気にせず、欲しい本の題名をすらすらと述べていく。

そこでようやく回復したチェルドが半信半疑で尋ねる。


「シュリルディール様は書籍の場所と名前を全て覚えたのですか…?」


内心顔をひきつらせながら聞くチェルドの様子などつゆ知らず、ディーは素直に頷く。


「ドルチェさんが昨日書庫内をゆっくり見せて下さりましたから。場所が昨日から変化してないのなら全部の場所と題名だけなら暗唱できます。」


これは前世、美奈の時からの特技だった。

カメラアイとも呼ばれる先天的な能力であり、見た物をそのまま瞬時に正確に記憶する。ただし美奈のこの能力は何でも(・・・)ではない。あらゆる事を普通の人より長く正確に覚えられることには覚えられるが、基本は強烈に印象に残ったものか、意識して覚えようと思ったもののみにカメラアイは機能する。

これのおかげでテストの点はかなり良く、高校には特待生で入学し、金銭的余裕はなかったものの奨学金を使うことにしてとある国立大学を狙っていた。

このように聞くと非常に良い能力のように思えるが美奈自身はこの能力が嫌いだった。

かなり無意識的に使うほどに当たり前のものであったし役に立っていたのだけれど、カメラアイはサヴァン症候群の一種とも言われている。カメラアイという名は聞いたことなくてもサヴァン症なら聞いたことがあるという者も多いのではないだろうか。

サヴァン症候群とは知的障害者や発達障害者の中でカメラアイのように特殊な能力のある者のことを指す。

美奈はカメラアイではあってもサヴァン症候群ではなかった。

しかし、カメラアイがあると言うだけで知的障害者、発達障害者だと決めつけられた。同年代の子供だけでなく、その親にまで奇病、変人と呼ばれ、物を投げつけられたり、腫れ物のように扱われたことが何度も何度もあった。

差別はいけないと誰もが言うのに、現実は全くそんなことなかった。サヴァン症候群の人がいたら多分美奈より悪意のある言葉を投げかけられただろう。今のこの世界は貴族と平民で差別のある世界だけれど、前世のあの世界は平等を謳っていたはずだった。

差別をしてはいけない、そんな国だったはずなのに。だからこそ、善悪ははっきりしていた。

死ぬ前の美奈が言論を、口を鍛えたのはこれも理由の一つだった。口さえ鍛えれば言い負けることはないのだから。明らかに善はこちらだ。

数少ない友人はカメラアイについてちゃんと理解してくれていたし、家族も理解してくれていた。多分理解してくれる人がいなかったら美奈の心はとっくに折れてしまっていただろう。

だから美奈は先生になろうと思っていた。差別をしないのはもちろんだが、差別について知らない人が多すぎた。知ろうとしない人が多すぎた。それを少しでも変えられたらと思って小学校の先生になる為に大学に行こうと思っていた。

何故か今は異世界に来てショタになっているけれども。


カメラアイが嫌いな理由はそれだけではない。


5歳以降の忘れたい記憶が目を瞑ると鮮明に蘇ってくる。

忘れたいと思ったことが忘れられない。

まるであの日の記憶がそれまでの記憶を掻き消してしまったかのように、5歳前の記憶は朧げだというのに。

忘れるということに何度憧れただろうか。

だから自分がどうして死んだのか覚えていないという今の体験は新鮮で少し嬉しかった。分からない不安より、自分も人生で重要な出来事を忘れる事ができる嬉しさが勝るくらいには、ずっと憧れていたのだ。


そんなことは一切知らないチェルドは乾いた笑いを漏らす。

この世界はサヴァン症候群なんて知られていない。見たままを記憶できるというのは魔法という不思議な力があるこの世界でも普通とは言えないが、それでも地球では当たり前に知られていたことの多くが未だ解明されてない世界だ。カメラアイは腫れ物のように扱われるようなものとはチェルドの目には映らなかった。

単純に、とてつもなく頭が良く手放してはならない止まりだった。


そんな事を思いながら本棚へと向かったチェルドは一字一句違わない題名の本がディーの言った通りの場所にあったのを目にした時、思わず唸る。

(そういえば昨日も辞書の場所を言い当ててたんだったな…)

昨日頭の隅に少し引っかかった出来事を思い出したチェルドはディーの頭の良さをもう少しでも明らかにする決意を固めた。


◆◆◆


その話を聞いたルドルフェリドは真剣な顔をしてぶつぶつと呟く。

「そうか…空間を作れたのはその尋常ではない頭脳が原因か…」


そんな様子の主の姿を見てチェルドはさらに言葉を続ける。


「加えて、読んだ本の内容も全て覚えているようです。少しだけではありますが聞いてみたところ、ページ数と行まで言い当てました…」


「…………」


ルドルフェリドはしばらく言葉を失った。少し経ってから口を開く。


「とりあえず、ディールはまだ幼いからしばらくは様子見だな。何か特筆すべきことがあったら報告してくれ。」


「かしこまりました。」


一礼して退出するチェルド。それを見送ったルドルフェリド王は、フォルセウスを問い詰めるかと言って僅かに笑った。


(予想以上だな。2万冊以上の本の題名と場所を瞬時に覚えるか…

上手く育てば確実にこの国の為になる。上手く育てる為に引き込むか。幼い内はこちらの事情を知らず過ごしてほしいが…これがあいつらに知られたら面倒なことになりかねん。

将来引き込むとしたら…公爵家次男という身分も申し分なく当主でもない。次期宰相にでもなってくれたら良いんだが…いや無理か。あってその次だな。)

現宰相は有能な人物である。だが、68歳というこの世界にしてはかなり高齢である為、そろそろ引退したいと本人から相談されていた。ディーが次期となると現在3歳だから…普通に考えて無理だった。


(もう少し早く生まれていたら…いや、こんな事を思っても意味はないな。この事はクジェーヌにだけ話しておくか。

もう少しだけでもこの国の闇を知らずに過ごしてほしい。)


そう思って席を立ち、扉の外にいる近衛に行き先を告げると、総部省内の総部省長の部屋、つまりクジェーヌ・ソルベール宰相の部屋へと向かった。


この国の貴族派台頭の理由の一端を担ったルドルフェリド王の甘さは、ディーへの闇を知らずに過ごしてほしいという願いにも表れている。3歳児の未来を縛り付けることに対して一国の王としてより伯父としての大人としての感情を取ってしまうことは、王として失格なのかもしれない。自身でもよく分かっているが変えることは今更できなかった。










ルドルフェリド王は甘いですが、厳しいことも一応します。してます。

本気で貴族派を蹴散らかしたかったらもっと厳しい処罰や決定をするべきではありますが、彼らも国民だという考えからそこまで厳しいことができていません。

その為、調査と見極めに力を入れている王です。調査して見極めてどこまでを任せるか、どう接するべきかなど考えています。その加減は非常に上手いです。

つまり、甘いことを自覚してそれを他で補おうとしている王ということです。



甘さはその人を殺すことも生かすこともあります。ルドルフェリド王の場合はどちらに転ぶでしょうか。





次回は9月3日21時更新です。

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