77話 誕生パーティー準備
定期的に、頻繁に送られてくるアレクフォルドからの手紙には、もうそろそろ領地経営の勉強が終わるから会えると記されてあった。
「もうそんなに経つのか…」
アーネスシスと仲良いアピールは功を成し、姉弟のように仲が良いのは周知と事実となっていた。
車酔いに効く酔い止めもほぼ完成しているようで現在はより良くするための改良中と聞いている。
着々とシュリルディールがアーネスシスと共に領地を訪れても問題のない状況が作られていく中、ディスクコード邸は最近皆忙しく働き回っていた。
だから基本的に側にいるディー付きのメイドのサニアも駆り出されている。ケインリーはおそらく近くにいるだろうけれど。
それはアレクフォルドが王都に帰って来るからというのもあるのだが、それだけではない。
アレクフォルドがまだ冬に16歳になる前、秋だと言うのに王都に帰ってくるのも、また使用人達が忙しい理由と同様なのだ。
王都に帰って来てからもアレクは領地経営の勉強をしなくて良くなるわけではないが、実地ではなくなる。
最近少し手紙が来る頻度が落ちていたのは最後に詰め込んでいたからなのだろう。
さて、その理由とはアレクフォルドが16歳になるからだ。アレクフォルドの誕生日は冬の中程にある。
この国では16歳で成人とされており、16歳の誕生日には盛大なパーティーを催す。
そのために以前から時間をかけて着々と進めてはいたが、やはりどうしても近付いて来なければやれない事は多く、それに加えてトラブルも発生してくる。
使用人の数は他の公爵家よりは少なめであるディスクコード邸では、本来はディー付きのサニアの手も借りなければならなかったのだ。
アレクは領地経営の勉強から解放されたと同時に自分の誕生パーティーのために様々な必要なことを復習し直すことになる。
そこそこの貴族ならばそこまで大規模に催す必要もなく、勉強も幅広くやらずとも良いが、大貴族となると、逆に忙しく大変なのだ。
「ケイ、僕も何か手伝えることあると思う?」
「…ディール様でしたら手伝えることも多いとは思われますが、恐縮してしまう者もいるのではないでしょうか…?」
いつもと変わらない格好でディーの斜め後ろに何処からか現れ出たケインリーは控えめにそう返答した。
「そうだよね。」
ケインリーがディーの側から離れないのは今現在のディスクコード邸は常より警備が緩いからだ。
パーティーが近付くにつれてその傾向は強くなるが、人の出入りが多くなるとどうしても緩くなってしまう。
それなのに、ディーの周りにはサニアなどのメイドが近くにいない。ケインリーがいなかったら誰かしらが付くのだろうけれど。
この邸宅内なら大丈夫と楽観視できるわけではない。基本的には問題ないが、いかんせん広いのだ。広さというのは人を増量しても狭い場所より守りが緩くなる。
いつもと違ってそこによく知る顔ぶれ以外もいるのだから余計だ。
警護する側としては警護対象が部屋から移動しないでくれるのが一番望ましいだろう。
ディーも何も予定のない今日は、大人しく人を使うことになる馬車での移動を控えている。
のだが、基本的にディーは総部省の仕事か、教育係の仕事が入っており、
何もない日は書庫に行くか風邪を引いているかのどちらか、という日々を送っている。
そのせいで空いている今日という日がもったいなく感じてしまうのだ。
何もない、何もできない日がポンと出来てしまうと、何かしていない自分に対して不安になる。
それが決して良いこととは思ってはいないが、だからと言って不安感情を消し去ることができるわけではない。
元々前世から承認欲求は他者より強い方だった。美奈と同じような状況の子はそのような子も多かったように、今では客観視して思える。その時はこの考えが当たり前と認識していたのだけれど。
だが、客観視はできても直せるかは別問題だ。
もうディーは半ば諦めている。
何かに急かされるように生きるのは今の境遇には無意味でも不利益でもない。そう考えて自らを納得させたのだが、こうも何も出来ない日があると直すべきではないかと悩んでしまう。
だが、何かして迷惑をかけるくらいならしない方が良いのだ。
そう言い聞かせて背後に立つケインリーへ振り返った。
「誕生パーティーってどんなものか参加したことないから分からないのだけれど、ケイは知ってる?」
「そうですね…16歳になられる方のパーティーは、必ずその方の特技を披露する催しがあり、その方は最低でも5回は踊り、その場で正式に婚約者を発表する点が通常のパーティーとは異なりますね…」
加えて、嫡男であればある程、豪華さをアピールする必要があり、その家の家名ブランドと、家としてどれだけその子に期待をしているかをアピールする場でもある。
このディスクコード公爵家は滅多にパーティーを主催することはない。偶にシュリアンナが主催して小さなパーティーを開くことはあるが、その数は他と比べて圧倒的に少ない。
武家であり、忙しいからだろう。
その為にこのようにパーティーを開催するとなると、何をすべきかを考えるところから始まるのだ。そりゃあ忙しくなるはずである。
「兄様は闘うのかな。それとも剣舞かな。」
「ディスクコード家ですから前者が代々多いと聞いておりますね。」
流石武家のトップ。音なしで、どのように動くか打ち合わせをする剣舞もあるが、そうではなくその場で実際に戦うのだろう。
「そっか!じゃあ、僕も兄様が戦うところをじっくり見れるのかな。」
ディーはそわそわと嬉しさを身体から発する。
「…ディール様も当日はお忙しいと思われますからそれは…」
「えっ忙しいの?」
「そうですね…通常はパーティーは6歳以降から出席しますが、ディール様は少々状況が異なりますからひっきりなしに対応することになるかと…」
ディーは目をパチパチと瞬かせる。
「もしかして皆が忙しいのは僕も参加するように変更したからというのも理由の一つなの?」
「そうですね…」
元々は5歳のディーは参加しない方針で進めていたが、ディーが総部省大臣補佐官として働いていることから参加した方が良いとフォルセウスが決めたのだろう。
「えっ、僕何するのか知らないよ?」
「ディール様はパーティーでのマナー等もご存知でいらっしゃいますから、話しかけてくる方に対する対応のみで良いと思いますよ。」
それはかなり疲れそう、とは思うが、今まで伝聞でしか聞いてこなかった貴族の人達と直に接することのできる貴重な機会でもあるのだ。
そのような場に慣れている人を相手にするのだろうか。
「マナーは覚えてはいるけれど、話術はそんなにあるわけではないから上手くできる自信はないな…」
「…確かにそのように力量を確かめに来られるような方もいらっしゃるとは思いますが、主には単純な理由で声をかけて来られるかと…」
単純な理由。
将来性があるから…いや、それは単純と言えない気がする。ということは…
「もしかして話しかけてくるのは同い年くらいの子供とその親?」
「はい、ディール様が参加される噂を聞いてご子息ご息女を連れて来る方は多いと思われますよ。」
その言葉を聞いた瞬間、ケインリーの目にははっきりとディーの顔に面倒臭いの文字が見えた。
「サニア達からどうすべきかは教えてくれるかな…多分それとなく断るか保留にするだろうけれど…」
当たり前であるが、話しかけてくる者が誰かによる。誰が子供を連れてくるかは事前に分かるのだから、それを見てどう対応すべきかは教えてくれるだろう。
それでも面倒そうだ。親に対してもではあるのだが、同い年の子が特に。
「素直な子ばかりだといいなあ…」
本当に心からの声が部屋に小さく響いた。
それに対してケインリーが目を逸らしたのを傍目で認識しつつ。
次回の更新は一週空いて3月10日21時です。
来週は旅行のために忙しく時間が取れそうもないためです。
ヴェルドを出そうと思ったのですが、その前にこの話を入れることにしました。どんどんヴェルドが出るタイミングが遠ざかっていますね…




