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足なし宰相  作者: 羽蘭
第5章 アーネスシス王女
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75話 ニンル校






シュリルディールはアーネスシス王女に連れられてクノートルダム孤児院で談笑をしながら子供達と触れ合った。幸いにもベリルアグローシュはいなかったようで、前に訪れたことをアーネスシスにも悟られることはなく、たっぷり友好ムードを見せつけ、次の場所へと向かうことになった。

向かったのはニンル校と呼ばれる無償で経営している初等学校だ。


そのニンル校は孤児院出身の子供はいない。そのような子は孤児院内で勉強を教わるためと、働いているためだ。つまり、親はいるが貧しい子供が行く学校ということだ。この場合の貧しいとは家庭教師を雇うことが出来るか否か、の否に属する家庭の子供だ。

貧しいとしても貴族は決してこのような学校に通うことはせず、貧しい商家であっても見栄や子供をシュカイルゼン王立学園に通わせるために家庭教師を雇う家があるくらいだ。

シュカイルゼン王立学園ではなく商家専用となっている学校に進む者もいるが、商家の子でも学が王立学園には足りない子が行く学校であり、コネの面から非常に劣るため、この学校を目標とする者はほぼいない。シュカイルゼン王立学園に落ちたためそちらには行けないが、どこにも行かないよりはマシだから行くのだ。

この学校出身者は商家同士と大農民とのコネができるため、又は農村を渡り歩く行商等の中小商人となることが多い。

農家の家の子の場合はそもそも初等学校以降に行く子供はほぼいない。初等学校ですら行かない子が多いのだ。しかし、大農家であったり、農家であっても村長家となると更なる知識を求めて初等学校だけでなく、商家専用となりつつある学校へと進学する。


とまあ、説明が長くなったが、これから向かうのは王都内の初等学校ということもあり、小商家の子や王都近隣の農家の子が通っている場所だ。クノートルダム孤児院のような貴族へのアピールは行わなくて良い。

ここは単純にアーネスシスが慈善活動の一環としてよく訪れる場所の1つだから訪れているだけなのだ。

今度こそディーにとって初めて訪れる場所であり、教育というディーにとって身近で興味のある分野。この国の初等学校ではどのような教育をしているのか、どのような生徒がいるのかなど気になる点は多々あった。


一通り挨拶が済み、ニンル校へと足を踏み入れた。そこは学校と言うにはあまりに狭い学校だった。

部屋は2部屋のみで、1部屋は前世でよく見た小学校の教室程度の広さであるが、もう一部屋はその4分の1程度の狭めの部屋だ。

先生は2人。家庭教師を引退したお爺さんとそのお爺さんに師事している20、30代の男性だ。

子供は50人。全員が教室の床に座り4人に1つの本を囲んで授業を受けている。壁には黒板なんてものはなく、生徒の手にも4人で使っている本以外は見当たらない。この世界では紙もペンも高い。無料で配られる紙など存在しない。


(紙もペンも高いことは知っていたけれど、いつでも手元にあるから実感したことはなかったな…)


そう心の中で呟いたディーはちらりと横に座るアーネスシスを見た。アーネスシスには椅子が用意されていた。おそらく隣の部屋には机と椅子があったからそこのものだろう。

これを拒否することもできるが逆に恐縮させるだけと分かっているアーネスシスはお礼を言って座っていた。

その際にディーを見て自前の椅子いいわね…と呟いていたのはおそらく気のせいだろう。そちらの方が恐縮されそうな気がする。


授業内容は算数。足し算引き算といった簡単なものだけを教えるようだ。今日は足し算だ。

この授業内容を今月に4日行うそうだ。全ての授業を4日×3回ずつ行い、進めていく。基本的に子供はその内の1回来るのだから、この場にいる約50人はこの学校の全児童数ではないということになる。

同じ授業をその日の内に3回行う。朝、昼、夜であり、今行なっているのは昼の部の授業だ。先生は生徒が誰かを把握しておらず、生徒は好きな時に好きなだけ授業を受けることができる。

生徒の中には親の元、若しくは何処か別の店や畑で働いている者もいるためこのように何度も同じ授業を行われなければならないようだ。

それは朝の部が一番人数が多いということからもわかる。

授業の様子は先生が本を読み、それを子供達が繰り返すというのが基本のようだ。


「2足す3は5。」と先生が言えば子供達も「2足す3は5。」と言う。本当に理解出来ているかは分からず、ディーから見たら微妙だと感じてしまう。

その心情をアーネスシスも察したのだろう。繰り返す子供達の声に紛れて小声で告げる。


「これでも前よりはマシになったのよ。」


これでもマシ…前はどうだったのだろうか…という疑問がディーの頭によぎる。そして、それをマシにしたのはアーネスシスだろう。

その推測は間違っていなかったようだ。


「前は先生がただ本を読み上げて生徒達はそれを聞くだけだったの。でも意欲的に授業をするには給料を貰っているわけでもないし、月に12回も同じ授業をしなければならないから疲れてしまうみたい。国から何か出来たら良いと思ったけれど、家庭教師達からの反発やお金がそこに使われることに対する反発が大きくて中々難しいのよね。」


帰りの馬車の中でアーネスシスはそう言った。

反発している人達の発言力は大きく、授業を受ける側の人々の発言力は小さい。だからアーネスシス1人が発言力が小さい方に付いても中々難しいのだろう。


「ディールは教師の立場としてあの授業どう思ったかしら?」


「そうですね…足りないとは思いました。せめて何か書くものがあれば良いと思いますね。それが難しいことは分かりますし、それを設置したとしてもあのセキュリティの緩さではすぐに盗られてしまう可能性が高いでしょうし…」


「無償で良い教育を受けさせるために孤児院に子供を置いていく親もいるのよ…」


孤児院からシュカイルゼン王立学園に行く子はいてもニンル校からシュカイルゼン王立学園に行く子はいない。子に教育を受けさせたいという思いが強ければ賢い手段ではあるだろう。

だが、だから子供を手放すというのは何かがおかしい気がする。


静まった空気を変えたのはアーネスシスだった。


「ところで、ディールは弟の教育係と聞いたのだけど弟はどんな様子かしら?」


「素直で察しの良い方でございますよ。アス姉様はよく会われるのではないのですか?」


「いいえ、私は滅多に会わないわ。今まで何度会ったかは両手で数えられる程度よ。」


目を見開いたディーは少々の逡巡の後、アーネスシスの目を正面から見た。


「では、明日お会いになりますか?」


ディーの口は弧を描いている。

アーネスシスは視線を彷徨わせた後、首を傾げた。


「私は会っても良いのかしら?」


「リアン様は最近は以前より外に出られるようになりましたし、僕の父と2人で部屋にいたこともございましたから、アス姉様でしたら何も問題はないと思いますよ。」


「そういう問題では…」


ない。と言いたいのは知っていた。しかし、実の姉弟が会うことに何か不都合があるとは思えない。そもそもディーとアーネスシスが友好的に接している様子を見せつけようとしているのだ。アーネスシスの弟であり、ディーの生徒であるフェリスリアンに会って悪いことがあるのだろうか。

だから、ディーはアーネスシスの疑問にリアンの側から答えた。その心は通じたようだ。


「…そうね、分かったわ。明日は随分と急だけれど、予定もないからそちらに伺うわ。」


「はい。お待ちしておりますね。」










数行で終わると思ったニンル校が書いてみたら何故か長くなりました。次の話はいつかの前の時のように1時間後辺りに投稿します。

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