72話 帰城
悩んだ結果数ヶ月飛ばすことにしました。活動報告にも記載しましたが、更新遅れてすみません。直前で思い立ち内容を総取っ替えしたためです。
アーネスシス王女殿下の帰城
今度はその噂で持ちきりだ。冬頃にアーネスシス王女が国内巡りを再び行うと決まって以降、事あるごとにアーネスシスは城内で人気の話題人であった。
あの領地ではどのようなことをした、どのような結果が出た、あの領主はお礼に何をした、こんなもてなしをした…
常に同じとは言わないが、別段最近は城内全体が揺らぐような大変なことが起こっているわけでもない。そのような中でいつもと違うことは、貴族や官人の興味を引くのだろう。
しかも、堂々と話していても咎められることはない。貴族派にとっては少々厄介らしいが、それも表立って言うことはしないし、どこか寛容的な態度さえ垣間見える。国王派であっても他国へ嫁ぐことになっている姫が行なっているというのが大きいのだろう。アーネスシスの行動で貴族派から抜け出すような者は余程困っているか、はなから貴族派という自負がない者が多いのだから。
この状況の打破のためにシュリルディールがアーネスシスと堂々と会い、親しいように演出するのだ。どうやらアーネスシスは自分で始めた貴族派への嫌がらせを一個人の範囲内に収めるつもりはないらしい。
アーネスシスか王達か、どちらから言い始めたのかは分からないが、今回の巡回が成功を迎えたからこそ、国王派全体でアーネスシスの思惑に乗っかる。
アーネスシスからしてみれば失敗したら国王派として関わることなく、国王派は都合が良いと言えばそうだが、組織や派閥というものはハイリスクを恐れがちのため大抵そういうものである。ただアーネスシス自身は自分の嫌がらせがより効力を持つことに喜びはしても、ずるいなどとは思ってないだろう。
(そういう性格だから僕とアーネスシスは馬が合うし、そういうところが好きなんだ。)
ディーは僅かに相好を崩す。性格的に合わず嫌いな人間に属する者ならば、いくら元が同じ日本人で前世持ち、このミリース国で非常に上位の生まれにあるという境遇が似ているとは言えこんなに長くやり取りはしなかっただろう。
そのディーの鼻に甘い香りがかすめる。その匂いにつられるように外を見ると、ついこの前まで枯れ木であったものがすっかり様変わりし、赤やピンク、オレンジと様々な色を咲かせている。
(もう春だもんな…)
現在、気温はすっかり暖かくなり、外に出れば辺りには色取り取りの花が咲き溢れている。
この王都の特に主要道路は道脇や光石を使った街灯辺りに様々な色の花が咲き乱れる頃であり、王都のパステル調の家々の街並みと合わせて、より色鮮やかにこの王都を明るく彩らせる。
王都への観光客が増えるのもこの時期だ。観光用に展望台が設置されており、そこから見るこの季節の王都の風景は国内各地で一目見たい景色として認知されている。それは国外にも及び、流石に長年の敵国であるカディア国から来る者は殆どいないが、友好国であるヤムハーン国からこの景色を見にやって来る者はかなりの数が存在するほどである。ヤムハーン国からやって来る観光客は決して裕福な者ばかりではない点は、流石文化の国と言われるだけある。
現実逃避から始まった以上の思考は、展望台に一度登って見てみたいというところまで脱線したところで、ディーは目の前の光景に意識を戻す。
帰城したのは2日前と聞いている。その際の公の場で声をかけてくると思っていたが、それはなく、何かコンタクトを取ってくるだろうと思っていた。
(だけど、だけどこんな方法とは思わないじゃん!)
現在シュリルディールがいるのは官人達の殆どが使用する食堂、その入り口であった。
ここに王女が来ると思わない多くの…いや、ほぼ全員は食堂近くの廊下にアーネスシスがやって来た時点で一瞬固まり、次いでざわめいている。ちょうど食堂の入り口で、オセロッティアヌと共に食堂で食事を取ろうとしていたディーはここまで注目を浴びられるあまりのタイミングの良さに、頭を抱えたい衝動に駆られた。
(あーこれ絶対狙っていたな…教えてくれれば良いのに…)
確かにまだ幼くパーティー等に出席することのないディーにアーネスシスが接触し、かつそれを多くの人々へ印象付けるには最適の場と言えるだろう。てっきりディーが出席するような場を設けるものだと思っていたのだ。
「ディスクコード公爵の次男、シュリルディール・ディスクコードで宜しいかしら?」
ディーが色々と思考を巡らせている間にアーネスシスは近くにまで来ていた。近過ぎないが、声をかけて話をしてもおかしくない距離だ。大体2人がお辞儀をしても頭が触れそうもない距離程度だ。
「はい、お初にお目にかかります。シュリルディール・ディスクコードと申します、王女殿下。」
緊張した面持ちで悟られないように笑顔を作ったかのように装う。これでいいはずだ。
「少々お話したいことがございますの。今お時間宜しいかしら?」
「仕事がございますので昼休憩の間でしたら喜んでお伺いさせていただきます。」
「そう。それ程時間をかける予定ではないから構わないわ。付いてきて下さる?」
「はい。…オセロ、またあとで。」
ディーは礼をしてからチラリと後ろを振り向いて声をかける。オセロは少々戸惑った様子はありつつも頑張ってと返した。
先程までざわめきの大きかった食堂前とは打って変わり、この廊下はカラカラとタイヤの回る音だけが響き渡る。
アーネスシスの斜め後ろに護衛の騎士と侍女が1人ずつ。その後ろをディーがもう1人の侍女に車椅子を押してもらいながら進んでいた。
前のような人目に付かない部屋ではなく、王族が使用することのできる小さめの応接間に入る。
「さ、貴方達は下がっていいわ。すぐに話は終わるもの。」
アーネスシスにとって一番信用できるのだろう侍女だけは残り、あとの人々が退室して行く背を見送る。
扉が閉まり数秒後、こちらを見てにっこりと微笑んだアーネスシスの表情にディーは小さくため息をついた。
「予め教えて下さいよ。驚きました。」
「そのおかげで打ち合わせた印象のない演技ができたでしょう?」
アーネスシスは悪戯っ子のような笑みを浮かべている。
「…そうですね。それでここで何か話す必要があるのでしょうか?」
「いいえ、何も。私とディールが何かを話したらしいことだけ伝われば良いもの。」
「では、一つお聞きしたいことが。」
「何かしら?」
「僕はどれほど関わることになるのでしょうか?」
何にという言葉を濁した質問。それでも伝わると分かっているからこそ、濁している。
そうね、と呟いたアーネスシスは小さく首を傾げてから笑みを浮かべる。
「沢山かしら。」
その言葉に、満面の笑みを浮かべたアーネスシスとは対照的に、その向かいに座るシュリルディールは頰を僅かに引きつらせたのだった。
次回の更新は1月27日21時です。




