69話 火魔法実践2
次から次章に入ります多分
「₪₯」
いつもの中庭に幼く緊張感のある声が響いた。
声の主はミリース国第二王子フェリスリアンだ。
1ヶ月ほど前から、それまで左程使われていなかったこの中庭は学びの場に変貌した。
机に向かって本を使い勉強することに抵抗があるのなら、庭で勉強すればいいというリアンの教育係となったシュリルディールの単純な考えにより、今現在この中庭は大変重用されている。庭で地面に石に文字を書き勉強をするという王侯貴族では考えられない教育方法は功をせいし、順調に進んでいた。1週間前の火魔法の実践練習の際に危うくボヤ騒ぎとなるところだったこと以外には、大きな問題は起きていなかった。
その事故が起きたことにより、当然ながら中庭の手入れが始まった。中庭の焦げた箇所を補修し、草木を伐採したことで今までも広かったが、十二分に見晴らしが良くなった。
しかし、ディーが熱をだしたこととこの中庭補修により、明日続きをしようといった約束は1週間も先延ばしとなってしまったのだ。
さて、1週間前にリアンが初めて火魔法を使用したときは、魔法の発生予定地から大きく外れ、火ではなく炎、もう少しで火柱と言って良いくらいの威力の火魔法であった。
新たに生まれ変わった中庭でリアンが1週間前と同じように、結果はより良くなるように願いながら呪文を唱えた。
「₪₯ᖻᏫᏐᑭ」
ディーが示した場所からは多少離れているが、威力は格段に抑えられ火と呼べるものとなっている。
しばし見たりディー自身が出したりする火よりは何倍も大きいが、大人のこぶし程度の大きさである。それが宙に浮いている様子はまるでお化け屋敷の火の玉だ。
それだからか前のようにディーの脳裏に何かが過ることはない。
ほっと息をついたディーは二回目でこんなにも成長したことを嬉しく感じる。
(いや、火魔法は2回目だろうけど、今日まで一人で練習したのだろう。)
リアンの表情から察するにおそらくリアンは火や雷以外の魔法を使って練習したのだ。光なら魔力量さえ気にしていれば部屋の中でも問題なく使うことができる。光魔法は全くとは言わないがほとんど熱を発しないため、ディーもリアンに光魔法での練習なら一人でやることを許可していた。おそらくリアンは光で小さく小さく魔法を出すための練習をしていたのだろう。
ディーは火の玉をそれ以上の水で消し、リアンの表情や魔法の状態などを冷静に観察できたことに改めて安堵した。
一応自分にできる限りの火を出して見つめてみたり、調理場に行って普通に起こされた火を見つけてみたりしたが、何も感じなかったのだ。この場所でリアンの起こした火が原因だとしたら手の施しようがなかった。まあ、その場合はディー以外の人の手を借りるという方法をとっただろうが。
チラチラと心配そうにこちらを見ているリアンににっこりと微笑む。途端に安心した笑みを浮かべるリアンの様子に、すっかり懐かれたものだなぁとどこかくすぐったく感じる。
とある事情により割と最初から懐かれていた方だとは思うが、この1ヶ月でかなり感情を見せるようになり、こんなにも心配させていたのだと思うと胸の奥が暖かい。
「大丈夫ですよ。リアンもう一回やりましょうか。」
◆◆◆
その日は無理しないでと言われ、無理はしていないのだが、早めに練習はリアン自身の要望により切り上げられた。
そのまま補佐官部屋へと向かうが、その行路ではケインリーが車椅子を常に押しており、部屋に着いたと思ったらオセロッティアヌ、マクベリアス、トッレム、そしてクジェーヌ宰相から心配されまくり、これまた早く帰された。やらねばならない仕事が少なかったから出来たことだろうが。
更に、家に帰ってからも暖かく消化の良い料理を出され、手早く身の支度を済ませられるといつもより早い時間にベッドに横たわられた。
一人ぼっちの静かな、しかし暖かい部屋の中、ポツリとディーは呟く。
「ケイ…皆心配しすぎじゃないかな…?」
ディーの心中としては熱なんてよくあることであるし、そんなに今回は特に酷いものではなかった。それに、もう完治しているのだ。そんなに心配することもないのではないかと思っていた。
「ディール様は取り繕うことが上手で、体調が悪くなる前に気付いてしまう方ですから。」
ディーの枕元の横に片膝立ちとなったケイは顔を上げて微笑みながらそう答えた。
「つまり、今回は上手く隠せていなかったし、急に悪くなって皆に不調をはっきりと見られたから心配された…ということか…」
確かに今回の熱の原因は自分でもよく分からないし、自分の知らない火の怖い自分がいる恐怖と不安から取り繕おうなんて考えることが出来なかった。
(ああ…だめだなぁ…)
こうやって周りの人達に心配されることは前世では健康優良児成績優良者ということもあり、殆どなかった。
美奈なら大丈夫だよね。問題ないよね。
そんな風に言われることが多かった。
小学生低学年くらいの時は多くの兄姉に守ってもらうようなこともあったが、おそらく他の同年代の子に比べてしっかりしている子で、貴女なら大丈夫と言われたことがあった。
多分今以上に今とは比べ物にならないくらいに取り繕う技術も何も身につけていなかったのに。
どう返すべきか困っているケイの様子に少しおかしく思い笑みをこぼす。
「ケイ、心配してくれてありがとう。今日は大人しく寝るね。」
ディーは晴れやかな表情で目を閉じ、肩までしっかりと掛けられ直された布団の暖かさを全身で感じた。
平穏は一先ずここまでです。
急に不穏になるわけではありませんけれど。
次回の更新は1月6日21時です。
良いお年を。
そろそろたまりにたまった登場人物紹介作らなきゃ…




