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足なし宰相  作者: 羽蘭
第4章 教師
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68話 お見舞い






「ディー様!お気付きになられたのですね!」


「ん…サニア?」


急激な意識の浮上と共に眩しいという感覚により開かれた瞼の下の眼はよく知る景色を映し出した。

声がした方に視線をずらすとシュリルディール付きのメイドであるサニアの姿があった。その手元には水…おそらくぬるま湯の入った器と、同じく水の入った透明なポット、白いタオルがある。

ああ、いつものか。

そう思えるくらいには当たり前となった光景。最近はあまり見ていなかったが…


(あれ?ここ家なのに帰ってきた記憶ない…?)


何処かで寝てしまったのか…いや、それならばサニアがこんな反応を取ることにはならないだろう。


「皆様はディー様に期待しすぎなんですよ!倒れるまで働かせるなんて!」


なるほど、倒れたのか。という思考と共に、いつになく怒っているサニアに何というべきか分からず眉を下げる。

その間もサニアの手は止まらずぬるま湯に浸け絞ったタオルでディーの肌を伝う汗を拭いていく。


「これは多分そのせいじゃ…」


ようやく出た言葉は何のフォローにもならなそうな言葉。実際そのせいではないとは言えないのであるし。


「大体ディー様はまだ子供で…」


ぶつぶつと不満を口にするが、その言葉は全てディーを想っていてくれることの結果だ。平常時より熱く感じる頰を緩める。


「サニア、ありがとう。心配かけてごめんね。」


「ディー様は悪くありません!ディー様は…」


「今やってることは全て僕がやるべき事でやりたい事なんだ。それに、今やらないと10年後とかに10倍返しで返ってきちゃうからね。」


総部省補佐官の仕事はやるべき事であり、やりたい事にもなっている。フェリスリアン王子に勉強を教える事は、前世でなれなかった教師という夢が叶ったことの証明であり、やりたい事なのだ。


「ディー様ぁ…」


そうサニアが泣きそうな声を出した、その時。ドアから小さめのノック音が聞こえた。


「どうぞ。」


「失礼致します。ディール様、お目覚めになられたのですね。」


「うん。心配かけたみたいだね。」


入ってきたのはこの邸宅のメイド副長だ。この家全てを取り仕切る者の1人であるため、ディーが寝込んでいる間にこの部屋に入ってくることはあまりない。


「はい、本日はごゆっくりお休みを…と言いたいところですが、お客様がお見えになられております。」


「お客様?」


この家に来るような客とは誰だろうか。補佐官部屋で倒れたのなら一緒にいたオセロが来ているのだろうか。と思考が推測を導き出したところですぐにそれは自身の頭で否定された。補佐官部屋を出て馬車に乗り込んだ記憶はあるのだ。だが、働いている間に具合が悪そうと思われていたのだろうか。

しかし、それは意外な人物だった。まさか来るとは思っていなかった予測し得ないような人物。


「フェリスリアン殿下がお見舞いにいらしております。幸いお医者様によりますとお風邪は移るものではないそうですのですが…」


「え?」


口をぽかんと開けてようやく漏れ出た一文字はどこか間抜けに聞こえた。


「ね、ネルラ、それ本当…?」


嘘を言うはずが無いと分かっているが、分かっているが聞かずにはいられない。だってメイド副長が言った人物はあの部屋から出ることを酷く嫌がっていたのだ。


「本当でございますよ。フォルセウス様と共にいらっしゃられまして、現在は応接間で歓談中でございます。」


「かんだん…」


これは夢なのだろうか。ああ、そういえば昨日、明日火魔法の練習をやると言ってたのに行けなくなってしまったから…

どこか現実逃避しかけた頭は、そういえば今何時だという結論に達した。

チラリと窓の外を見たディーに気づいたネルラは口に出さずとも疑問に思ったことを察したらしい。


「現在は昼過ぎでございます。殿下がいらしてからすぐ私はこちらに参りましたので然程経っておりませんよ。」


昼過ぎと聞くと途端にお腹が減ってくるから不思議なものだ。そういえば夕食も食べていない。


「軽くすぐに食べられるものを用意してくれる?それを食べ終えたらその応接間に僕も行くよ。」


「かしこまりました。」


そう告げ退室したネルラの背を見送ったところで横から不満そうな心配そうな声が耳に入ってきた。


「ディー様…」


「大丈夫だよ。慣れてるし僕が歩くわけではないからね。」


「そうは言いますが、ディー様のお身体は決してお強くないのですよ?」


サニアはディスクコード領にいた時のずっとベッドから出ることが出来なかったディーをよく知っているのだ。心配になるのも当たり前だった。


「うん。でも、僕のためにリアン、殿下がいらしてくれたのに会わないという選択肢はないからね。」


「それはそうですが…」


「サニア、暖かくて殿下にお会いするにもおかしくない格好見繕ってくれる?」


「はい、分かりました。」


不満はあっても呑み込んだ。おそらくサニアにはこれからもそんなことが増えるだろう。

少し申し訳なく思いながらも、心配されることがくすぐったく嬉しい。


(あの時の私とは違って今の僕はこんなにも心配し想ってくれる人がいる。)


だから年齢的におかしいくらい多くのやる事があっても、それが嬉しく楽しいのだ。


(それにしても、リアンが部屋どころか城を出るなんて…)


しかもそれがおそらく自分の為。聞いた時は驚きが(まさ)ったが嬉しく思わないわけがない。

ディーは緩んだ口元と熱のせいだけではない熱くなった頰を両手で覆った。




◆◆◆◆◆◆




応接間に着いたら予想の範囲内と言うべきか、リアンは縮こまって辛うじてフォルセウスの話に頷いているような状態だった。

部屋の中の見える範囲内には使用人もおらず2人だけだから頷き返すことができているのだろう。


「殿下、本日は伺えず申し訳ありませんでした。」


「い、いや、ねつならしかたないから…」


「そうおっしゃっていただけて有り難く感じます。」


「殿下、私はこの辺りでお暇させていただきます。」


「は、はい!あ、ありがとうございました…」


フォルセウスが退室し、2人きりとしたのは人と話すのに慣れず緊張しまくりのリアンを気遣ったのだろう。

有り難い。


たわいもない話の後、少し間が空く。

先程からリアンが何かを話したがっているのは分かっていた。リアンの口が開いて閉めてを繰り返す。


「あ、あのさ、もしかしてディー…って…」


ディーは緩慢な動きで首を傾げた。


「火…にがてだったり、する?」


「っ」


小さく息を呑んだ。

やはりバレていたかという気持ちと、どうしようバレてしまっていたという気持ち。リアンの観察眼を優れていると評したのはディー自身だ。あんなにバレバレな反応をしてバレない方がおかしいのだ。


「うん、何故か分かりませんが大きな火は怖いかもしれません…」


「あ、あの、火のまほうれんしゅうやめる?」


ああ、不安だったのだろう。火魔法の得意な自分と火の苦手な友人だ。


「や、止めませんよ!いつまでも怖がっているだけではダメですからこれを機に克服します。」


「こわいのに?」


リアンの表情は泣きそうなくらい歪み始めている。


「はい。リアンも部屋から出るの怖かったのでしょう?でも部屋どころか城を出てまでここに来てくれました。怖くて逃げていたら前に進む事はできませんから。」


「うん…」


「リアン、来てくれてありがとうございます。よく頑張りましたね。」


そう言って亜麻色の頭を撫でると泣き出しそうだった眼から涙が溢れた。


「えっ」


驚き焦った心情は次の言葉に思わずこちらまで貰い泣きしてしまいそうになった。


「うん…がんばったよ…がんばった…」


ディーは滲みかけた視界を瞬きで飛ばし、より一層頭を撫でる。言葉にするよりそちらの方が伝わりやすいとかそういうものではなくて、ただ言葉にしたらこちらまで泣いてしまいそうだった。

何かを堪えながら頭を撫でる子供と泣きながら撫でられる子供という光景が数十分程度続いたのだった。










次回の更新は12月30日21時です。

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