6話 書庫
シュリルディールは兄と陛下に会うために王都に来ただけであった。その為、それが終われば領地の屋敷に戻る予定であったが、せっかく書庫の入場許可を得たということもあって王都に残ることにした。
そして、許可証をもらった次の日、早速書庫に行くついでに父の仕事ぶりを見学することとなった。父の、子に憧られたいという気持ち全開で誘って来る提案を無下に断ることができなかったのだ。
(例え憧れても剣は振れないんだが…)
父フォルセウス公爵は第一騎士団長を務めている。第一騎士団は主に王城と王都の警備を担っている。団長は王の警護に就く近衛の役割もある。
学院で同室だったということもあり、フォルセウスと王は仲が良い。だから騎士団長を任せられるのだろう。
「すごい…」
思わず感嘆が漏れる。
騎士団の訓練の様子。張り切った父が一番の精鋭の訓練を見せてくれた。そして改めて父の強さを実感する。
父が使える魔法は土と火と水。だが、ほとんど使わずに剣だけで相手を圧倒していく。
本当に強さを実感する一幕。こちらが引いてしまうくらいの豪快さは遠くから見ている分には逆に気持ちが良いが、対峙している騎士達はたまったものではないだろう。
だが、その騎士達も充分に強い。国一の騎士隊に入っているのだから当たり前ではある。しかし、それほど強くなくてもシュリルディールの目には、自分では絶対にできないことだからとても眩しく見える。
試しに木剣を借りて持ってみるが重くて持ち上がらない。
子供というのもあるが寝てばかりの生活だったのだ。筋力などあるはずもない。それはこれからもあまり付かないだろう。
ディーの魔力過多症は心配なくなったが、身体が弱いのは元々のもあったようで風邪を引きやすい点に関しては頻度はぐっと落ちたものの相変わらずだった。
前世でも剣なんて竹刀を体育の時間の時に数度持ったくらいであったし、そもそも体育自体が苦手だった。チームプレーというものも心理的に苦手だったが、何より足も遅く、圧倒的に運動センスがなかった。
今は足すら動かない。
どう考えても剣を振るのは諦めるしかないだろう。
一通り見終わってから父に書庫に行く事を告げ、向かう。書庫に向かうのはディーただ一人。公爵家の使用人らが書庫に入る許可を得ているはずもなく、付いてきてくれる人がいない為、一人で車椅子を動かせるように練習したのだ。
仕組みは簡単。
風魔法を後ろから送り出すだけだ。
元々ディーの一番得意な魔法は風だ。空間が入ると一番かは分からないが。だから簡単にコツを掴むことができた。
それでも他の物に影響を与えず車椅子の背のみ、適度な強さで、かつ簡単に止まれるように調節するのは少々大変だった。加えて段差がある所では浮遊できるようにもしなければならない。
それがシュリルディールはたった数時間で使いこなせるレベルまで到達したのは一番得意とかいう次元を超えていた。
だが…
(書庫内は魔法禁止かー…)
書庫の前の看板を見て絶望する。書庫に入ることができない。物理的にも病的にも。
書庫の前でふわふわと車椅子ごと身体を浮かせながら首を傾げて悩んでいると、一人のひょろっとした男性が恐る恐る書庫の扉を開けて顔を出した。
「あ、あの…シュリルディール・ディスクコード様ですか…?」
「はい?一応そうですが…」
黒髪に綺麗な丸縁の眼鏡をかけたいかにもインテリ系…いや、引きこもり?とも思える人物は慌てたようにドアを開けて招き入れようとする。
驚くのはこちらだ。
「え、えっと!この中入ると魔法は使っちゃダメなんですよね?」
浮遊するのを止めて首をこてんと倒し男性の顔を見上げる。
「へ、陛下からシュリルディール様は、病の治療の為に常にかけている魔法があると聞いております…それは使用して良いそうです…」
その言葉に目を見開く。
自国の王の聡明さと気配りに感謝と尊敬を覚える。
(1つだけということは誰かを連れて…いや、だめだったんだ。やっぱり腕だけでこの車椅子を動かせるようにしないとかな…)
「そうなんですね。えーっと…書庫の管理人さん、1つだけとなると僕自分じゃ歩けないので中に押して入れてもらってもいいですか?」
「は、はい…そのことも陛下に頼まれました…シュリルディール様がいらっしゃった時は書庫内をご案内することと本を持ち運びすることを任されております…」
「えっそうなの!?付きっ切りになっちゃいますよ?」
「基本シュリルディール様には私が付くことになってます…」
(随分と至れり尽くせりな感じがするなあ。それに陛下に頼まれた…か。まるで陛下と直接話したような物言いなんだよね。)
「管理人さん忙しくないんですか?」
「私は単なる管理人補佐なので…他の人が常にいますから…」
(確定。本当の管理人補佐なら管理人の人を通して言われるはず。まあいいか。厚意に甘えさせて貰おう。実際問題、人手がなきゃ何もできないし。)
「では、これからよろしくお願いします。名前伺ってもいいですか?」
「あ、す、すみません!私はドルチェと言います!シュリルディール様よろしくお願い致します!」
美味しそうな名前だと思いながらにっこりと微笑んだ。
(偽名だろうけど貴族ではないだろうな…それか貴族でも平民に近い身分の者か。)
ミリース国は珍しく平民も国政に関わることのできる国である。シュカイルゼン王立学園を卒業している必要があり、かつ高成績でないとならないが、貴族だけで国政を回せる程行政は簡単ではないし、何より建国当時の王が平民も政治に参加されるようにと遺していた。流石に大臣になった例はないが大臣補佐までなら登用された人物はいる。
王直属の部下に平民がいると聞いたことはないが公になっていないだけかもしれないと結論付けてから、それならば立場的には二男の自分よりこの人の方が上かもなと、車椅子を押してもらいながら小声で後ろに囁く。
「あ、そうだ。僕子供だし敬語じゃなくてもいいですよ?」
「い、いえ、公爵家のご子息様にそんな無礼なことは…」
「んーそっか。ごめんなさい、気にしないで。」
(陛下から頼まれたこの人は私に対する監視だろうな…せっかくの人力だし突っぱねる意味もないから手伝ってもらうことには変わりないけど。)
地下一階から二階までざっと一通り書棚を見終えたシュリルディールは扉から一番近いテーブルに連れて行かれた。
ちなみに階段しかないので、申し訳なく思いつつも一階以外はディーはドルチェに抱き抱えられていた。
「僕はここで毎回本を読めばいいのですか?」
そう思ったのは明らかにここだけ椅子がなかったから。
「はい。おっしゃっていただければ私が本をお持ちします。見て回りたい時もおっしゃっていただければ押します。」
監視の為だろうとは言え悪いなと感じつつも少し逡巡した後、口を開く。
「では、ドルチェさん、一階のA棚上から3段目一番右のものから3番目の本まで持って来てもらってもいいですか?」
「は、はい。」
返事をしたらすぐ足早に去っていく。
(そんなに怯えなくてもいいのに…怯えることなんてなくない?んーこれも演技かなあ?)
持って来てもらった本を開く。この3冊はこの国の土地の気候、作物についてだ。
「今日はこれだけ読むからドルチェさんはお仕事戻って大丈夫ですよ?」
「えっそれ読めるのですか…?」
(ん?)
首を傾げて手元の本を見る。
そして閃く。
閃いた途端、顔が引きつった。
(そういえば私3歳児じゃん…)
「い、一応読めるよ!でも不安な単語もあるから…辞書が必要かな。辞書は1階のE棚だったよね。
んー…土地関連だと…一番下の段の左から7冊目かな。それを持って来てもらってもいいですか?それがあれば多分読めるので!」
(疑問を持たせず畳み掛ける!無理な気しかしないけど!)
ドルチェは戸惑いながらもその言葉に従い辞書を持ってくる。全てをディーの手の届く位置に置き終えてから
「本当によろしいのですか?」
と再び聞く。それに頷くと、ドルチェは立ち去っていった。
(んーまずったなあ…とりあえず読むか。)
父が帰る時間ギリギリまで読むこと決め、本に没頭していった。
◆◆◆◆◆◆
約5時間後、3冊を読み終えたシュリルディールが顔を上げるとちょうどドルチェがこちらにやって来ていた。
「あ!ドルチェさん!この本読み終わったので返却お願いします。あと、ドアまで押してもらってもいいですか?」
「えっ…3冊読み終わったのですか…?」
「はい。読むの結構速い方なんです。」
あまり3歳児らしくない行動は控えたいが、読む速さをわざわざ遅くはしたくなかった。
「で、では後で戻しておきます。」
失礼しますと言って車椅子を押してくれる。書庫から出たところでディーは浮遊してくるりと向きを変える。
「あの、これからほぼ毎日来るつもりなんですけど…大丈夫ですか?」
「は、はい…もちろんです…基本暇なので…」
「ありがとうございます。ではまた明日。」
申し訳ないとは思うが、これも仕事なのだ。しかも陛下から直々の。毎日対応しなきゃいけないのは我慢してもらおう。
(本を持ち出さないかとかの監視なんだろうけど、ここまで丁寧に接してくれてることも考えると厚意半分監視半分ってところかな。)
日が落ちかけている空を見ながらディーはふっと笑う。
監視されて良い気持ちはしない。だが、厚意も事実であるし、強引な手段は取っていない。そして、新たな属性の開発には監視されるだけの理由があると分かっているから、
(まあいっか。)
と少し気楽に考えられた。
次回は8月27日21時更新です。