67話 トラウマ
上手い具合に切れず、短めとなっております。かなーり誤魔化していますが結構酷いことが書いてあるので嫌だったらそこで引き返して下さい。読まなくても今後そこまで差し支える内容ではありません。
(あの時の光景はすぐに思い出せる。)
幼くて何が起こったのか分からなかった。けれどその時の光景は強烈で、何もかもが強烈で忘れることなど出来るはずがなかった。
普段通りの怒号と普段通りの一方的な暴力と普段通りのすすり泣く母の声。
あの日は何もかもが普段通りだった。それが当たり前ではないことを知ったのは児童施設に行ってからだ。あの時はそれが当たり前で、外に出ることなどなくて、それが当たり前ではないと知る機会など存在しなかった。
それがあの時をきっかけに変化した。
あの日、あの時から事態は大きく変化し、取り巻く環境は良いものへと変わっていった。しかし、だからと言ってあの出来事が良いものとは言えない。言えるはずがない。
好きという訳ではなかったとは言え、両親が亡くなったのだから。
外に出ようと思わなかったら、あと少し外に出るのが遅かったら、美奈の命も両親と同時に消えていただろう。
いや、今思えば美奈は殺されかけたのだ。殺意を抱かれていた訳ではない。あの時部屋にいたままであったら自殺に付き合わされていた。
シュリルディールは鮮明に思い出しかけた映像を頭を振ることで霧散させようとする。しかし、一度流れ始めた映像は意思と関係なく流れていく。
◆◆◆
あいつがドアを開ける音がした。
隠れないといけない。
見つからないように目を付けられないように。
いつも通り押入れの中に入り、中にある布団を頭から被る。
そっと覗くと普段通りの光景が広がっていた。
普段通り、大きな声で浴びせられる怒号と一方的な暴力、普段通りのすすり泣く母。
あの時は隠れなさいと言われたから隠れていたが、今思えば隠れなければ母の代わりにあそこで殴られていたのは美奈だったのだろう。いや、あいつは母に執着していたから母への暴力がなくなるとも減るとも思えない。
確か昔美奈が隠れていなかった時はいつも以上に母への暴力が増していた気がする。
目を瞑って耳を塞いでも音は聞こえてしまう。
けれど、その日は突然あいつの大きな叫び声がしたと思ったら音が消えたのだ。
そっと覗けば床に倒れこむあいつの姿と肩で大きく息をする母の姿。
あの時は幼かったから分からなかった。今ならよく分かる。何の拍子にか、詳しいことは分からないが母は耐えきれなくなったのだ。
息を止めたまま呆然と眺めていると、母は突然叫び出し、洗面室へと駆けて行った。
そっと押入れから出てあいつの元へ行こうとしたが、何だか無性に怖くなって途中で引き返す。
この行動はおそらく正解だった。
母がこちらにやってくるバタバタという足音に隠れる必要もないというのに一番近くにあったカーテンの裏に身を潜める。
これも正解だった。
こうしていなければおそらく待っていたのはあいつと同じ運命だったのだろう。
母が戻って来た。
見ていなかったからどんな表情だったのかもどんな格好だったのかも分からない。
ただ、その時見えないのに母のことを初めて怖いと感じたことは覚えている。
「美奈、美奈、みなっ!」
名前を呼ばれた後はすぐに駆けて行って抱きつく。いつもならそうしているのに何故か足が動かなかった。
押入れを開けて何かを探している音がする。多分探されている。行かなければ。行きたくない。
母の元に行きたくないと思ったのは初めてだった。どうしてそう思ったのか分からない。多分怖かったのだ。
いつも心の何処かで母のことを哀れんでいた。泣いているのを慰めている時いつも哀れんでいた。だが、その時はそんな感情は一切湧き上がってこなかった。
でも行かなくて正解だったのかもしれない。行ったらあいつと同じ運命になると状況から見て今のシュリルディールは思うが、行けばあんな事にはならなくて済んだのではないかという思考が付いて回るのだ。
ふと気がついた時には熱かった。
火が燃えていた
その時の光景がトラウマとなっているのなら炎がトラウマとなっていてもおかしくはない。しかし、それ以降火を使うことも大きな火を見たこともあったが取り乱すことも不安になることもなかった。
そもそも火はそこまで恐怖の対象ではなかったのだから。
確かに気づいた時にはもう大分あちこち燃えたようで、2人のいる場所が火元と思われるが、天井にまで燃え広がっていた。
その段階で美奈は鍵の開いていた窓から外に出る。それ以降は知らないのだ。燃えた跡の真っ黒焦げの家しか知らない。炎よりも怖いものがあったから炎を怖いと思わなかった。
思わなかったのだ。
だからフェリスリアンの出した炎を見て動揺したことはこれが原因ではないと思う。
そう冷静に頭に流れ出る映像を分析できるほどに、既にディーにとってはもの凄いトラウマではなくなっていた。
この頭は忘れられないのだ。少しでも思い出すと、その映像が頭を流れ出す。非常に鮮明に見たままの姿を映し出す。
初めはトラウマであっても何度も何度も流れてしまえばそれはいつのまにかトラウマは薄れていく。もしかしたら感覚が麻痺してしまったのかもしれない。
感覚が麻痺していても、何度見ていても、それでも慣れないものはある。
ここだけでいいから流れないでほしい。もう映像を止めてほしい止まってほしい。
映像が流れる。
美奈が窓を開けて家から出た。
そして、最後に振り返る。
その時に見えた母の目。
これが何度見ても頭から離れない。
(だから嫌なんだ。この光景を思い出すのは…)
いや、まだトラウマにはなっているのだろう。この目だけは薄れることのないトラウマなのだ。
ディーは大きく息を吐き、シャツの胸元をギュッと握りしめた。鼓動が酷く騒がしい。
「大丈夫、大丈夫。」
「ディール様…」
声がした方を振り向くとケインリーがオロオロとした表情を浮かべながら立っていた。
そういえばどのくらいの時間ここで止まっていたのだろう。
ああ、そうだった。総部省補佐官部屋に向かっている途中だった。
「ケイ…大丈夫だよ。」
「ですが…」
ケイが補佐官部屋に行くのを止めようとするのも分かる。側から見たら単に具合の悪そうな人間だ。しかもディーは身体が強いわけではない。最近はかなり良くなっているが、周りから見たら身体が弱いイメージが強いらしく、少し咳やくしゃみをしただけで大袈裟なまでに体を温められる。
「やらなきゃいけない仕事があるから行くけど、それが終わったら帰ることにするよ。どう?」
ケイはため息を吐きそうになる口をギュッと閉じてから、分かりましたと返した。今のディーが何を言っても聞かないだろうことは基本的に側にいたことで分かっていた。
ケイはディーの座る車椅子の背に付いている取っ手を掴む。
「押します。」
ディーは振り向きケイの顔を見て、その純粋な心配にくすぐったい気持ちから苦笑する。これがケイの譲歩したギリギリの境界線だろう。仕事が終わったらすぐに家に連れて帰られるに違いない。
「お願いします。」
そう返したディーの顔はつい数分前までの苦しく動揺した気配など感じさせないくらい穏やかなものへと変わっていた。
次回の更新は12月23日21時です。
12月中は貯めてた諸々のことをやるので週一更新のままでいきます。




