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足なし宰相  作者: 羽蘭
第4章 教師
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63話 手紙





つい先程この手に渡ったばかりの封筒に目を向ける。

これもまた通常あるべき紋章や封蝋は見当たらない。シュリルディールはその封筒に巻き付いている紙テープを剥がした。

封筒の中に収められた1枚の紙ーB5サイズくらいだろうかーを広げる。一番上に記されているのはシュリルディールを指す言葉。


Dear my sister


どうやらbrotherと書いたのはお気に召さなかったらしい。

最近元々カケラほどしかなかった女らしさが無くなってきていたせいでsisterと書かれるとどうも違和感があるが、アーネスシス(もとい)、柳城明日香、いや明日香お姉ちゃんの前では昔に戻った雰囲気で話した方が良さそうだ。


文章の構成は大きく分けて2つに分かれている。これは昨日出したばかりのディーの手紙と同じ形式だ。

書き始めと終わりの堅苦しい文章や、貴族王族特有の直接的な物言いを避け婉曲的にオブラートに包んで包んで包みまくるような文章はどちらにも存在していない。

それは2人が昨日会った時に決めていた。

そもそもネイティブでない英語でやり取りするというのにそんな曖昧な表現まで上手く表せるとは思えないし、他に誰かが見るわけでも読めるわけでもないため必要がないのだ。

それに偶には気楽な文章を書きたくもなる。


さて、文章の構成の話に戻るが、上段は前世についてだ。ディーは日本語で書いていたノートを全て破棄したこと、バレていなかったようだということなども書いている。

前世について書くのは、何故前世の記憶を持って異世界で生まれたのかというのを少しでも共通点を見つけて解明したいからというのが理由の1つ。

他には単純に自分のことを知ってもらって相手のことを知りたいからだ。いや、その面も確かにあるが、ちゃんと述べると、昔の自分のことを話せる人がいないからだ。

別に2人とも積極的に話したいというわけではない。だが、現在の立場上自分の胸だけに秘めておかねばならない事が沢山あるし、これからも増えていくのに、そこに前世という重大で巨大な秘密が加わるのだ。墓場まで持っていく秘密を所持するだけその本人に精神的な負担がかかる。その負担を持てる量は人それぞれだが、いくら多くの量を持てたとしても限度がある。

言ってしまったらどうなるか分からない。周囲の人達は悪い人ではない。だが公人だ。時に性格などほぼ関係なく動かねばならない時がある。知らなければ問題ない。2人も知らないフリをすれば問題ない。

この世界にどう及ぼすか分からない前世持ちということを公表する気は2人ともさらさらなかった。

そのような背景のある中で、美奈はそうでもないが、明日香は話したがり屋の嫌いがある。だからアーネスシス(明日香)からの手紙は上段の内、かなりの割合が昔の自分のことについて書かかれている。

旅行好きだったそうだ。特に西洋によく訪れており、留学もしたことがあるらしい。

英語とフランス語、日常会話程度ならスペイン語、ドイツ語が話せるらしい。何という…バイリンガルではなく、トリリンガルでもなく…まあ、言語能力の高さだろうとディーは驚いた。

美奈が出来るのは日本語と英語だけだ。英語は得意ではあったが、ちゃんと外国の人達と話すことが出来るかは分からないという程度だ。


続いて、下段には今後のことについて記されている。

こちらが本題ではある。ただ今回は初の手紙ということもあり、そこまで詳しくは書かれていない。

聞いたことはあったが、アーネスシス王女は慈善事業や特産品の製造栽培に力を入れており、転生してもなお、国内を巡っているようだ。とは言っても気軽に出掛けることの出来る身分でもないため、現在行ったことのある街は王都以外では3つのみだ。

これは昨日直接会った時に聞いている。

それら全て国王派の貴族の領地であり、そこそこの大都市である。王女という身分が小都市に行くことを阻害してしまっている。受け入れる側、もてなす側はそれが出来るだけの財力等を持っていなければ難しいのだから仕方のないことではある。


しかし、アーネスシスはそれをどうにかして変えたいらしい。


アーネスシスの訪れた都市はその後、彼女のアドバイスにより問題が解決、又は更に栄えたため表立って非難されることはないが、小規模人数の編成で貴族派中立派の貴族の領地にも出向くことは反対されること確実だ。


何故そこまでして下級貴族の領地に出向きたいのか。理由は書かれていないが、単純である。ポイントは国王派ではなく貴族派、中立派も、という点だ。

貴族派、中立派の貴族が国王派へ鞍替えするのを狙っているのだ。

国王派の領地へ行き栄えさせるのもその布石。まず下級貴族達の鞍替えを、誰の目が光っているか分からない王都ではなく、その土地に出向き交渉する。

数年後には国から離れることが決まっている王女が出来ることはこれが限度だ。

彼等も分かっているのだ。彼女が貴族派にとって脅威であることを。だから国外へ排除した。

国内を巡るのも反対されるだろう。が、その反対派を押し除ける策は考えているらしい。

ディーが頼まれたことは、残り少ない回数でどのような順で何処へ行くのが効率的かを共に考えてほしいということだ。


だから考える。


まだ嫁ぐまで3、4年の猶予がある。その間に国内を巡ることが出来る回数は4、5回が限度だろう。

東南部は難しい。ロマネスク辺境伯のある地域だが、国境に近い箇所は安全面を強調されて意見は通らないだろう。

最南部は森が広がっている。こちらは危険な魔物が多く生息しておりアウト。最北部や最東部辺りは氷山だ。こちらもアウト。

西部の海岸沿いならば土地面では問題ない。

だが、そちらへ行くには貴族派筆頭のラフティンディウム公爵家の領地がある。

ちなみに以前行ったのは王都から近い地域にある王都より南寄りの都市たちだ。


「最初はまだ足りないからそこから始めるべきだろうな。」


ディーはそう独り言ちて頷いた後、その手の中にあった封筒と便箋、紙テープを見つめながら「₪₯(火よ)」と呟いた。


するとたちまち便箋らに火が灯り、燃え広がっていく。手を離し、風で便箋らを宙に浮かせたままそれをジッと見つめること数十秒後。

炭と灰になったそれらは影も形もなくなっていた。

封蝋も使っていないため本当に何も残っていない。その炭と灰を風を使って外に捨ててしまえばその残骸すら消えてなくなる。


どうやら中身を見られることも詮索されている様子もない。暗黙に陛下達は許可してくれているのだろう。アーネスシスの手紙の末に日付と時間が記されているがそれはつい先程だ。その間に中身をバレないように開けて…などというのは難しいだろう。

明日香お姉ちゃんも気付いているだろうか一応そのことも記しておいた方が良いだろう。


そんなことを思いながら炭と灰が消えたことを確認したシュリルディールは、ようやく机の上にあった羽ペンを手に取り

Dear my sister

と記し始めた。










今回から隔週更新になります。

一ヶ月ちょっと隔週更新です。卒論の進み具合に寄りますがおそらく12月の16日までは隔週更新になると思われます。

来週はお休みします。

ご了承下さい。

以上の内容は活動報告にも載せておきます。


次回の更新は11月11日21時です。

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