62話 日本語
王都内にあるディスクコード邸
ディスクコード家は王の剣と呼ばれる、代々続く武家の最上位に君臨している家だ。
しかし、王都にあるその邸宅は武家らしい無骨さは殆ど感じられず、公爵家というその名に相応しい荘厳さと優美さを備えている。
そんな邸宅の部屋の中でも上位に位置するであろう品を感じる部屋に、2人の少年が向かい合っていた。
ただ向かい合っているのではなく、1人はベッドの端に座り、1人はその脇に背筋を伸ばして立ち、ベッドに座る少年をジッと見つめていた。
言わずもがなシュリルディールとケインリーである。
「ケイ、先程までの殿下との会話の内容気になる?」
問われたケインリーは一瞬の躊躇いの後、固い声を出す。
「…気にはなります。しかし、私が拝聴すべき内容でないのなら気になりません。」
正確に言うと聞くべきことでないと言われたのなら、気にならないのではなく、気にしない。という意味だろう。
「そうだね。ケイが知った方が良い事は期限付きで僕とアーネスシス殿下は協力関係となった、ということかな。」
言外に他の内容もあるがケインリーが知る必要はないと告げている。前世云々は知ったところでどうにもならないしケインリーが知るべきことではないだろう。
ケイは無言で頷く。
「そこでケイ、君にはアーネスシス殿下の影に定期的に接触してもらうことになる。」
「分かりました。」
「向こうからも伝わっているだろうけれど、この事を陛下達に伝えるのは構わないよ。ついでになるべく無茶と無理はしない範囲内で下地を固めていきます、と付け加えておいてくれるかな?」
「はい。」
「とりあえず影の彼らに接触して殿下にこれを渡してきてくれる?」
そう言ってディーが出した手にあるのは手紙だ。
通常は誰かに手紙を出す場合はディスクコード家の紋章の付いた封筒と便箋、封蝋にも家の紋章を施す。
しかし、ディーが渡したものはそれらが1つも使われていないものだった。まるで平民が平民同士…いや、それよりは紙質が良いため平民の中でも裕福な者同士だろうか…でやり取りする手紙のような見目である。
ただそれは紙質だけ見た場合である。圧倒的に他と異なる点は封蝋がされていない点だ。
代わりに紙のテープが貼ってあるだけだ。ただ少し工夫して貼っているため剥がした場合は分かるようになっている。
封蝋と遜色ない役割を果たしてはいるが見た目はあまり良くない。
この見た目の手紙を王女に出すことは普通に考えてあり得ない。だが、ケインリーは少し目を見開いただけでそれを受け取り「行って参ります。」という言葉の後にその場から姿を消した。
多分手紙を渡した後、陛下達に報告に行くのだろう。
ケインリー達は決して手紙を開けることも、その内容を読むこともしないだろう。陛下から命じられない限りは。陛下もおそらく命じないだろう。
ただ開けて読んだとしても読めるかどうかは別の話だ。この世界の言語で書かれた手紙ではない。ディーとアーネスシスが2人とも前世持ちなのだ。わざわざ流出する恐れがあるこの世界の言語で記す必要などない。
読める人がいないとは言えど、前世持ちがいる可能性もあるため、手紙は互いの名前を記さず、Dear my sisterから始まり、From your brotherで終わるほどの徹底ぶりである。
自分をbrotherとsisterどちらで記すかが手紙を書く際に一番ディーを悩ませたという話は置いておこう。
さて、上記のようにディーからアーネスシスに宛てた手紙は英語で記されている。
それはこの国の建国者に理由がある。
会うには人目を気にする必要と2人とも暇が多くないこともあり、手紙を出し合うことに決まったのは当然の流れだった。
そこで万が一手紙が流出しても、前世というどう転ぶか分からない情報が広まらないように、これから2人が協力する内容がバレないようにするために前世の言葉でやり取りをしようと決まったのも、また当然の流れだった。
やり取りの際に記すのは日本語だろうと思っていたディーの考えを覆したのはアーネスシス、明日香の次の言葉だった。
「『その事なんだけれど、日本語を今みたいに話す分にはバレることはない。でも、書くとなると別よ。』」
その言葉にディーは眉根を寄せた。話すのは良くて書くのはダメ…思い当たる事はディーの中にもあった。
「『…日本語を書くことのできる人がいるということですか?』」
「『ええ。この国を建国したハルヒコ・ミリース。彼は私達と同じ日本人の記憶があるわ。』」
この国の歴史書にはほぼ必ず載っているだけでなく、様々な小説や児童書にも英雄として登場している。また、ディーが少々前に初めて商街に出た時に見た広場に立つあの像の元になった人物でもある。
「『前世の記憶ということですか?』」
そうだろうと考えてはいたがこれで確信が持てた。初代国王ハルヒコ・ミリースは日本人だった。
「『初代国王の日記や書物を読んだのだけどそのような事は書いてなかったわね。気が付いたらこの世界にいたというようなことしか書かれてなかったわ。』」
気がついたら…それが生まれた時なのか、本当に気がついたらなのかは分からないが、ディーやアーネスシスと似たようなものだろう。
「『彼の遺した日記や一部の書物は全て日本語で書かれているの。当然この世界の人たちには読めないはずだったのだけれど、それから今現在まで数百年も経っているわ。
その初めの100年程度で彼の遺した日本語は殆ど解明されてしまっているのよ。』」
地球でも太古の言葉が長年の執念と地道な作業により解明されていったのと同じだろう。特に彼の遺した書物は多くあったのだから解明作業はそこそこ順調に進んだのかもしれない。
「『加えて王族は日本語を書けるようになるのが義務となっているわ。だから日本語で何か美奈ちゃんが記しているものがあったらすぐに破棄しなさい。見つかったら面倒なことになること間違いなしね。』」
それが手元にある自分のノートである。
記憶力には自信があるディーではあるが、それでも不安があったため、ノートに様々な覚えておいた方が良いことを書き記しておいたのだ。他にも空間属性魔法を創った時に様々なことを書き記したノートも別にある。こちらも日本語だ。
分かりにくい場所…いや、自分以外の誰も触れられないだろう場所に隠してはあったが、こちらも英語に書き換えておくか、破棄しておくべきだろう。
見られる心配はしていないが見られて困るものは早々に破棄しておくべきである。
空中のどこかから取り出した手には1つのノートがある。元々出していたノートも含めて2冊。これで日本語で記したものは以上だ。
シュリルディールは指先に火を灯すと、そのノートにそれを付ける。火力が弱かったためにゆっくりと燃えおちていくノートを眺めながら窓の外へと風魔法で空気を逃す。
しばらくぼうっと眺めている内に2冊のノートは完全に燃え尽きた。
おそらく今後日本語を書く事はないだろう。
日本語はこの世界、この国にとって非常に神聖にも近い言葉とされてしまっているのだ。
少しの寂寥と安堵を覚えつつ、ディーは無くなったノートの代わりに床に落ちた灰を自分の作り出した空間へと収納した。
最近は1話の文字数が3000字程度なので今までより少し短く感じるかなと思います。
次回の更新は10月28日21時です。
ちょっと卒論が非常にやばいことになっているので11月は隔週更新になるかもしれません。




