61話 プライド
王宮内とは思えないくらいに寂れた暗く静かな印象を与える空間。普段は見回りの衛士以外訪れることのないその一角から珍しく話し声がしていた。
しかし、その声が聞こえる範囲に話してる当の本人達以外の人影はない。
例え聞こえる範囲に誰かがいたとしても内容は分からなかっただろう。
この世界では使われていない言語で話し合われていたのだから。
「『ところで、ここに僕を呼んだのは同じ前世持ちかどうかを確かめるため、ですか?』」
「『ええ、そうね。』」
確かに自分が明らかに周りと違っていると分かる中で、自分と同じだと思える人間がいたら確かめたくなるだろう。
その気持ちはシュリルディールにも理解ができるし、ディー自身今までこの国に自分のような前世持ちがいたのかどうかを調べていた。
だが、おそらく…
「『しかし、おそらく貴女は…あー…明日香お姉ちゃんは、僕が前世持ちの場合、若しくはそうでなくとも能力性格等に足りうると思った場合、僕に何かをさせる気だったのではないでしょうか?』」
貴女と呼んだ瞬間眉を下げた表情から、ディーは口ごもりつつも呼び方を言い直したせいで少し緊張感に欠けている。しかし、口調や雰囲気は同類の姉に向けるものではなく、仕える王族に向けるものだ。
それを感じたのか日本語ではあるものの、目の前の人物の口調も柳城明日香ではなく、アーネスシス・ミリースのものへと変化した。
「『その、何かについて検討は付いているのかしら?』」
検討は付いている。
「『詳しくは分かり兼ねますが、国王派…いえ、この国のために協力してほしい、といったところでしょうか?』」
「『ええ、その通りよ。私は貴族派や国王派は重要ではあると思うけれど、最終的にこの国のためになるならどちらが主導権を握っても構わないと考えているわ。』」
国王派筆頭であるはずの第一王女から発せられたとは考えられない言葉。しかし、前世の平和な日本で過ごした記憶を持っているというのはそれを容易く乗り越える。
もちろんそれは誰にでも当てはまるわけではない。しかし、アーネスシスの場合、前世から争い事があまり好きではなく、冷静に物事を見る時間があり、そう見ることのできる性格であったために、このような発言が飛び出したのだろう。
「『でも、貴族派の中の最大派閥を見るに、アレに国を任せたら傾くこと確定ね。だから私は国王派として動いているの。
でも、私この間遅れを取って…いえ、まどろっこしいことは止めましょうか。
端的に言うと、貴族派に私は負けたわ。私は学園を卒業したらヤムハーン国に嫁ぐことに決まったの。』」
まだ公にされていない内容。それを聞いてディーは小さく息を呑んだ。
それと同時に、だからフェリスリアン第2王子の教育係を任されたのだと納得もした。
「『絶対にあいつに負けたなんて言ってやらないし思ってもいないけれど、悔しいことに私がこの国でやれる事は限られたし、時間も限られたわ。
どうせ私は数年後にこの国から居なくなる人間だからリミットが来るまで私は出来る限り暴れてやることにしたの。』」
そう言ってアーネスシスはにんまりと笑みを浮かべた。
おそらくあいつというのは第一王子のことだ。貴族派に負けたのであってルドウィレン王子に負けたのではないと言いたいのだろう。
加えて、暴れるとは言っているが、ここにディーを呼んだ方法と言い、慎重にこの国のために動くのだろう。
「『何故この国のために…』」
その言葉は途中で遮られた。
「『美奈ちゃんに言われたくないわよ?まだ4歳なのに補佐官と教育係の2つも仕事して…』」
ため息をつかれた。
確かに思い返すと色々やらかしている。人の事など決して言えない。
「『僕は頼られることが好きだからです。そして、何より両親や兄、陛下や宰相閣下がこの国のために必死に働いているのを見て力になりたいと思いました。』」
「『うん、私も同じ。それに私はこの国が好きだから。
街に降りると活気に溢れていて、こう…昔の西洋を詳しくは知らないけれど、多分それ以上に治安が良くて笑顔の多いこの国が好きなんだ。地方に行っても皆私を歓迎してくれるの。私はただアーネスシス・ミリースとして生まれたに過ぎないのに。』」
この日本より生きるのに大変な世界で、生まれのおかげで生きるために苦労することは少なく贅沢な暮らしができる。
だから返せるものは返したいのだ、と言う。
ディーもそうだ。もし公爵家に、ディスクコード家に産まれていなかったら魔力過多症の子供はどういった扱いを受けていたか分からない。治っても障がいを抱えた子供は貴族家にとって汚点となり、放逐される可能性も高い。
そうならずに、恵まれているのは一重に周囲の人々のお陰だ。
だからその人達のために何かをしたい。
あまり平民と接する機会の少ないディーには丸切り理解できるとは言えないが、アーネスシスはそれに加えて、多くの平民と接し、彼らのために出来る力があるのだから使いたいと思ったのだろう。
何もせずただ恵みを甘受して生きることもできる。それを選ばないのは単なるプライドだ。
優しさなどではないとディーは自分自身で断言できる。単なる恩返しとも言えない。その面があることは否定しないし、そうだとも思うが、贅沢に生きることもできる状況に置かせてくれた周りの人々に対する世間に対するちっぽけなプライドと、その人々の誇りのためだ。
「『…僕達は似ていますね。』」
見た目や前世持ちという意味ではない。思考回路が似ている。
「『そうね、よく似ているわ。
美奈ちゃん、いえ、シュリルディール・ディスクコード殿。私に協力して下さるかしら?』」
「『はい、喜んで。』」
この贅沢が当たり前でないと知っている2人は固く握手を交わした。
連絡手段と今後の方針や互いのことに関するアドバイスを交わしているとあっという間に時間は過ぎる。
「『あとは…いえ、この辺で終わらせておきましょうか。』」
「『はい、そうですね。』」
窓がないから外は見えないが日が傾いている頃だろう。時間を気にすると途端にお腹が空いてきた気がする。
そうディーが応えたのを見計らってテーブルの上に置かれたハンドベルをアーネスシスは2度鳴らす。
チリンチリンというよりかはカランカランに近いよく響く音を奏でたそのベルの効果はすぐに表れた。
まず影と呼ばれる護衛が部屋に姿を現した。ケインリーもいる。そして、ケインリー以外の影がいなくなった瞬間にドアのノック音がし、侍女と鎧を纏った護衛が入室した。
この密会はこれで終わりだ。
挨拶してから退室したディーはタイヤのカラカラという音しか聞こえない静かな廊下でポツリと呟く。
「『僕も嬉しかったです。』」
「…ディール様、何か仰いましたか?」
「いや、何でもないよ。ケイ、今日はこのまま家に帰る。部屋でケイに頼みたいことあるんだ。これから忙しくなるよ。」
「了承しました。」
ふふっと柔らかく微笑む。こうしているとただの幼く可愛らしい子供だ。
ケインリーは何の会話をしていたのか分からないがどうやら主人の機嫌がアーネスシスと会う前より良いことに気付き口元を緩める。
主人が普通ではないことを知ってはいたし、何かをやるのだろうとは思ったが、忙しくなるよという言葉がここまでの事とはケインリーはこの時考えてすらいなかった。
ハンドベルを鳴らしながら最後に聞いた日本語と優しく柔らかな笑顔にディーはそっと返事をした。本人には聞こえてはいないがおそらく言わずとも伝わっているはずだ。
「『美奈ちゃん、最近私のこの記憶は偽物なんじゃないかと思ってきていたの。だから協力してくれたのも勿論嬉しいんだけど、この記憶が嘘じゃなかったと分かったことはとっても嬉しかったわ。』」
前話で××市とか○○高校とか書いたのはそこらへんをフィクションにしたく、でも本当に存在する名前だと色々面倒になったからです。良いのを思い付いたら追記すると思います。多分いつかは思い付くと思います。
思い付いたのを調べたら大抵その市の名前がありますし、奇抜のは嫌だとなるともう面倒になりましたよね…県に関してはもう本当に悩みどころです。架空の県…そこまで架空にするのか…
いつかその辺はっきりさせます!多分!
次回の更新は10月21日21時です。




