56話 魔水晶と属性
この世界における魔法の属性は一般的に火水木土風雷光闇である。
詠唱が例えあったとしてもある程度はイメージがしっかりしていなければ使えないため、ミリース国においては魔法を学ぶ過程においてまず自分の扱うことのできる属性とどの程度扱えるのかを知ることから始まる。
属性を測ることができる道具は今現在では殆ど採ることができず、古くに採取したものを今まで丁寧に大切に使用し続けている。
だからこそ数自体は少なくないものの希少価値は高く、街以上にある神殿とそこそこ大きな冒険者ギルド、主に子爵以上の貴族家、王城にしかない。売買は禁止されており、この他に存在する場合は問答無用で取締りの対象となるのだ。
シュリルディールが使用したものはディスクコード家所蔵のもの、これからフェリスリアンが使用するのは王家が所有しているものだ。
当然ながら、魔法や特殊な素材が多く使用されているこの属性を測る魔水晶と呼ばれる魔道具はこの国の中でも王家所有のものが一番大きく煌びやかな造りとなっている。
ディスクコード家は公爵家であるが、その差は歴然だ。おそらく王家とその他と分けられる程には様相が異なっていた。
何が異なるのか?
まず、大きさが二倍程である。歪みのない球である。欠け汚れなど一切ない。
本体だけでなく、台座も嫌味のない輝きを放つ金色であり、それぞれ色の異なる大きな宝石を中心に小さな…いや、決して単体で見たら小さくはないがこの部屋で見ると何故か小さく見えてしまう大きさの宝石が散りばめられている。
前世でこんな高価なものに触れる機会見る機会などなかったから詳しくは分からないが美術品としてだけでも全て合わせて云百万、いや、千いくかもしれない。そう思わせられる程の繊細かつ大胆な彫刻に多数の宝石の台座がU字に並べられている。右手前から闇雷木火、折り返して左奥から水土風光と並べられていた。
「さて、先程これらに触れることにより魔法を使えるようになると申し上げましたが、実は少々異なります。」
車椅子ごと振り向いたディーは一番近い闇の魔水晶に近付き、それを指し示した。そうして告げられた言葉にリアンは首をかしげた。
「ただ、触れ、自分の使うことのできる魔法が何かを知らなければ魔法を使ってはいけないというのが暗黙の…明文化されてな…いわゆる規則となっており、そちらの方が魔法を覚える際に効率が良いですから、実質的にはこれらに触れなければ魔法を使えないというのは間違っておりません。」
リアンの頭のうえに疑問符が見える。嘘をつかないという約束通り説明はしたが、これを子供に分かれというのも難しい話なのだ。絶対分からない単語があっただろう。
だが、子供にも分かりやすく説明するにはこの国の言葉をディーは知らなすぎた。日本語なら説明できたかもしれないが、ディーが読んできた本は大人向けであるし、接する人も大人ばかりであったから今一つ大人っぽい堅苦しい言葉選びとなってしまうのだ。
「簡単に言うとこれらに触れて変化したら魔法を使って良いということです。」
言葉って難しい。
だが、これのおかげで部屋の外に出てビクついていたリアンはディーから言われた言葉を消化することに集中し、怯えた雰囲気が和らいでいた。
「さわればいいの?」
「はい。ちょっと長い間触るだけです。どうぞ。」
これらに触れるのは基本子供だ。だから台座も子供の背の高さに合わせて作られているし踏み台も完備されている。ディーは車椅子に座っていることもあり、これらに触れるのには少々無理をすることになるだろうが、リアンなら問題はなさそうだった。
恐々といった具合にフェリスリアンは手を伸ばして黒に染まった球に触れた。
「かわらないよ…?」
変化はなかった。透き通る気配もなく、全くの無反応。
「はい、触れても変わらない人が殆どです。次行きましょう。」
落ち込んだ様子のリアンにしまったと内心でディーは悔やむ。最初に変化しない人が殆どだとは言ってはいたが、どのくらいの人数かを告げていなかった。あまり大きな数を言われても分からないだろうし割合を言われても分からないだろうが。
だが、ディーには確信があった。そうでなければリアンを部屋から出すリハビリも兼ねてこんな所に連れて来ない。
悪い思い出を作るような外出をわざわざ今するわけがない。
その根拠は王族で魔法の使えない者は極々僅かであり、ここ最近と現在の王族で魔法を使えない者はいないこと、そして何より勘であった。
勘というものは侮れない。
勘に命を救われたからこそ切に思う。そしてその勘がリアンは魔法が使えると告げていたのだ。
その勘通り、次に触れた橙色の雷を示す魔水晶はその名の通り完全ではないが綺麗に透き通り、球の中央に雷をモチーフにしたらしい何かが揺らめいているのが確認できた。
どういったカラクリなのか非常に問いただしたいくらいに機械的なものの気配はない。おそらく魔法だ。魔道具の基礎となる素材によるものと考えた方が良いかもしれない。
どうやら王家の魔水晶とその他の魔水晶ではまだ更なる違いがあったらしい。
触れた途端透き通っていく石を見てリアンは目を輝かせて、見て見てと言わんばかりにディーと水晶を交互に見やる。
「リアンは雷の魔法を使えるのですね。」
「かみなり?」
「後で説明しますよ。」
このミリース国で自然発生する雷は少なくはないが多くはない。加えてこの王都近辺では少ないためリアンはよく分からないらしい。
雷魔法とは単純に言うと雷を起こす魔法ではなく電気魔法と言った方が分かりやすい。ただ電気という概念が存在しないこの世界で、電気魔法を表すには雷が一番近く、最適であったのだ。
ディーも使えるが精々静電気より少し強い電気を流せる程度。スタンガンにもなりやしない。
だが、この様子からするとリアンはスタンガン以上の電気を発することができることが分かる。
(使い方を間違えるとリアン自身にも返ってくるから電気関連はみっちり教え込んでから雷魔法を使わせないと。)
そう決意しながら赤い火の玉に触れた瞬間急激に変化した水晶に口元が引き攣る。
リアンはディーの風魔法と同等くらいに火魔法を使用できるだろう。
(危険な属性パート2…これも使い方教えこまないと…)
ディーの頭の中でこれからの教育予定が組み替え、組み立てられていく。雷と火は危険属性とも言われ、幼いうちは非常に注意した上で使用させるべきとされている。
これらは後回しだ。座学ができるようになり、危険性をしっかりと理解できるようになってからでないと危険な事故が起こりかねない。何せ魔法を練習するのは王宮内のリアンの部屋か、それに面した小さめの中庭なのだ。そんな場所で事故だなんて笑えない。
目の前に夢中でそうとは知らないリアンは次の魔水晶に触れる。花が咲くような笑顔は微笑ましいが、属性が属性だけにディーの頭の中の計画とどのように使わせないようにするべきかと言った方針は必死に組み立てられていく。
そして次に変化のあった水晶にようやくディーはホッとした笑みを浮かべたのだった。
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リアンがひとつずつ触れていった中で一番顕著な反応を示したのは火と光だった。
次点で雷水だ。次点とは言え、ディーの水と同じくらい使えるのだからちょっとしか使えないのがないだけでほぼほぼ属性の才能面ではディーと遜色ないと言って良いだろう。
ディーの使った風魔法を見ているためか風魔法を使えないことにリアンは落ち込んでいたが、ディーは火と光という派手ではあるが見栄えの良い属性に内心ガッツポーズをしていた。王族が魔法を使う場面は然程ない。あまりにも優れており、王でもないのなら別だが、リアンは王の有力候補である。国王が魔法をバンバン使う国など初期か末期くらいなものだ。
だから王の魔法は使うとしたら演出の意味合いが強い。あとは緊急時の実践的なものだ。
火や光、雷と言った属性は演出面で非常に綺麗で豪華絢爛さを醸し出す。
風や水でも美しい魔法を出せるが演出としてはどうしても弱くなる。火は使い方を間違えると危険ではあるが雷よりマシであることもあり、ディーは想像以上の結果に本人より胸を躍らせていた。
その様子がリアンにも伝わったのだろう。
「リアン、僕と練習できるのは光と水です!早速部屋に戻って練習しましょう。」
力強くなった言葉尻と隠しきれていない笑み。そりゃあ観察眼の鋭いリアンに気付かれる筈だ。
だが、ちょっとした誘導と思惑は悟らせはしない。
「うん!」
そう返事したリアンの表情はやりたかった魔法が使えないことに落ち込む色はなく、これから使う魔法への期待に満ち溢れていた。
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「リアンは光と水、どちらから使いたいですか?僕とリアンが一緒にできるのは光と水くらいですが…」
雷と火は危険なため保留だ。今は魔法を使いたくてウズウズしているから教え終わった後にしっかりと注意をしておくようにしようと考えつつ、ディーは両手に水と光を創り出す。
ディー自身どちらでも構わなかった。実践的な水は種類が豊富で様々なメリットがある。一方、光は種類は少なく戦闘では滅多に役に立たないが演出という面ではこれ以上にないものであるし、目くらましという逃走手段としても良い属性である。
どちらを選んでも構わない。しかし、おそらくリアンは…
「みず…みずつかいたい!」
予想通りの言葉に笑みを浮かべたディーは車椅子の脇から子供向けの魔法入門を取り出した。それはリアンに見せるというよりはディーが見ながら教えるためのものだ。
「では、まず詠唱魔法から始めましょう!」
だって、シュリルディールは詠唱の文言を全然覚えていないのだ。
ディーは詠唱の文言は有名どころは知ってます。あと試験に出そうなところとか。唱えたことはないですけど。それ以上は知りませんし、有名どころとは滅多に使わないような珍しい魔法だったりするので初期魔法は知らなかったりします。
次回は9月9日21時です。




