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足なし宰相  作者: 羽蘭
第4章 教師
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54話 観察眼

ディーの独白、心の中メインです。






「ディー!まってたんだ!これよもう!」


とてとてという効果音が似合う走り方で駆け寄って来た幼い子供は10ページもないだろう薄い本を短い両腕で抱えていた。


「リアン!その走り方だと転……遅かったか。」


大きな鈍い音を立てて顔面を床に打ち付けたリアンと呼ばれた子供は両手で鼻と額を押さえたまま石化したかのように動きを止めた。

その隙にシュリルディールは少年の側へ行き車椅子から降りて、思い切り打ち付けただろうリアンの腕や顔に直接触れて怪我の具合を確認する。

この子供はよく転ぶ。

ディーがこの部屋を訪れてから部屋の外に出たことはない。だからだろうか、歩くのが下手なのだ。このくらいの歳の子供がよく転ぶのは万国共通ではあるが、同年代の子供より下手なのだ。数歩歩けば転ぶ。何かに躓いたわけでもないというのに。

床に絨毯が敷いてあるから大事には至っていないがその内大怪我をしそうだ。

よく転ぶからこそ、ディーはここ1週間ですっかりリアンの転び癖への対処に慣れきってしまっていた。


シュリルディールがリアン…フェリスリアン第二王子と触れている内に分かったことがある。その内の1つがこの子供は非常に我慢強いということだった。

今もいくら柔らかな絨毯というクッションがあったとは言え、全身が痛むだろうに泣くこともせず、怪我の確認をしているディーを他所に本を広げて読もう読もうと催促してくる。


とりわけ痛みに強いという訳ではないことは分かっていた。痛みを堪えるように傷んだ場所に手を当ててじっとしていたことや、泣いてはいないが目が潤んでいることから痛みを感じていることは確実だ。


ならば、何故こうして泣き言を言わずに笑顔を浮かべているのか。


「…リアン。痛いところはありますか?」


「ないよ…」


「膝や腕…えっと、ここやここも赤くなっています。僕には嘘付かないでって言いましたよ。僕もリアンに噓付かないからって。」


そう、シュリルディールはフェリスリアンと嘘をつかないという約束を取り付けていた。

フェリスリアン相手に嘘は付かないようにしようと決めた。それを決意するくらいにはこの子の周りには嘘が溢れていた。

そう言わなければリアンの本心には辿り着けない。そんな気がしたのだ。

おそらくリアンは無意識だ。無意識に嘘を付いている人を遠ざけ過剰反応をしていた。それが何に起因するかは無理に掘り起こす必要は今はないだろう。


懐かしい。

ディーは、美奈は、そう感じたのだ。かつての自分にそっくりだった。

子供は騙されやすい。それは確かにそうだろう。だが、それは人生経験が乏しいことが理由だ。

悪意に敏感なのは大人より子供だ。大人は子供相手だと気が緩み感情が読み取りやすいという原因もあるが本質的に感情に敏感だ。


(加えてリアンは観察眼が元々優れている。だからより嘘や悪意に敏感になって遠ざけた。)


観察眼の良さにはすぐに気付いた。こちらが表に出さない気持ちをすぐに読み取ったかのように反応し行動するのだ。そして、侍女がリアンに接し、彼女らに対するリアンの反応で確信に至った。

基本的にリアンが人と接することが苦手らしいということで侍女は1人または少人数でリアンの世話をしている。

その中でリアンが嫌がる侍女とそうでない侍女がいたのだ。あからさまにそれを出しているわけではないが態度が違う。

その差を侍女の様子を探ることからようやくたどり着いた。前者は何かしらの理由でリアンの世話に嫌気が差していたり元々リアンを虐めるために入っていたらしき人ばかりであった。

ディーも気づかなかった。侍女達のリアンへの対応は側から見てあまり差がないように見えた。

本人は認識してないだろう。何となく嫌な感じがするこんな感じがするという程度だろう。

そのような侍女はとりあえず進言して別の場所に異動させておいた。

そして同じような理由で教師達を遠ざけた。まだ子供だから遠ざける以外の方法を知らなかった。だが、遠ざけてもまた新たに似たような人が来る。

こうした結果が引きこもりだ。


(正直言ってこの観察眼の良さは絶対将来リアン自身の役に立つ。)


だが、それを持った結果は現在宜しくない方向に進んでいる。疑心暗鬼に陥り、全てを遠ざけるという結果に。

それに気づいたディーが取った行動が嘘を付かないというものだったというわけだ。

ディーにリアンをこうなってくれたら嬉しいとは思うが、今の所どうこうしようという思いは基本的にはない。

ちょうど初めて訪れる前に衝撃的な事実を聞かされ混乱してる最中に会い、一発でばれて更に混乱した結果、口から出た友達になりたいという言葉に嘘はなかったし、裏も何もなかった。もっと冷静に会っていたら裏には教師として接しやすくするためなど様々な思惑があっただろうが、その時は本当になかったのだ。


リアンの初恋のお陰で向こうから話しかけて来た。

色々と想定外が多く、思ったままの言葉を口に出していた。


そうでなかったら今頃こうして会うことも話すこともできなかったに違いない。


「リアン?分かってますか?」


少し回想に浸ったが、現在はリアンに詰問中である。リアンにまで嘘をつかせないようにしたのは無意識の忌避を意識的に行ってほしいからだ。何となく遠ざけるのではなく、意識的に分かった上で活用してほしいのだ。

自分が感じたものが何か、それを知るため、周囲に嘘をつき続けてしまっていてそれが事実となりかけている状況に変化を生じさせたかった。

まあ、嘘をつかないことで自覚するかは分からないが自分に向き合うことには繋がるから悪いようにはならないだろう。


「…い…」


「い?」


「いたぃ…」


小さくか細い声で告げられた言葉(真実)にディーは哀しさを宿した目で微笑む。


「はい、よく出来ました。痛みを抑えるために冷やしますね。」


氷と水を創り出し、近くの布に含ませてから膝や腕に当てていく。その手つきが昔の自分が弟妹達にしていたものより優しいのはディー自身にも分かっていた。


(この子の状況に憐れんだのと、単純に絆されちゃったんだよなー)


あの報告書はどれも役に立ってなどいない。この子の本質はどうしようもなく優しいのだ。親であるルドルフェリド王に引けを取らないくらい優しい。

ディーは美奈は決して前世の弟妹達に情が薄いわけではない。ただあの子達にはその境遇からか全員強かさがあった。美奈以外にも多くの家族がいた。

でも、リアンにはディーだけなのだ。

ペリポロネシス妃は親だ。しかし親子の前に残念ながら二人は王妃と王子なのだ。それをペリポロネシス妃は熟知している。それを自ら崩すことが出来ないことを知っている。

ルドルフェリド王は数度程しかリアンと会っていないらしい。しかも会う度に王として会うのだから親しみを感じさせることなどほぼ不可能だ。


それがよく分かったのはそれぞれとリアンが会う場面にディーも居合わせた時だった。子供同士なら子供だからで許されることも、親となるとそうはいかない。王妃と母の間で揺れ動きつつ、王妃の行動を取るペリポロネシスを何度も見てきた。

ルドルフェリド王とフェリスリアンの対面はもっと酷い。いや、王として感情の揺らぎすら感じさせないのだから優れているのだろう。王はなまじ誰よりも感情を隠すことに優れているからリアンの観察眼でも見抜けない。

しかし、そんな事情は子供には分からない。全く見向きもされていないと思われても仕方がないことである。分かるとしたらもう少し大きくなり周囲の状況を理解できてからだろう。

王の子と甥の差を深く実感させられる。加えてディーは体が弱く公爵家を継ぐのは兄だ。気楽な身分とは言えないがリアンとは比べられないくらい自由で気楽だった。


そして同情したのだ。

そして自分以外に心を預けられない子供が愛おしくなったのだ。

ある種の独占欲と安心感。


自覚しているがどうにかしようとは考えていなかった。独占欲は仕方がない。どっちにしてもこれから共に上るか下るかしかない一種の運命共同体なのだ。リアンが王になればディーは宰相だろうし、リアンが王にならなければディーは一官人か単なる公爵家次男だ。独占欲が行き過ぎなければ良いだろうと軽く考えていた。

安心感とは、この世界にシュリルディールが自分が居なくてはならなかったのだ、この世界に自分は居ていいのだ、というものだ。

今まで美奈の記憶がなければこの子は死んでいたかもしれないとは思っていた。しかし、この子をシュリルディールを生かして良かったのか、そんな思いがあったのだ。自分はこの世界にとってあってはならない異物(イレギュラー)でしかないのではないか。

その思いが消えたわけではないが、リアンにとって自分でなくてはならなかった。その事実がディーにこの世界に居て生きていて良いのだという安心感を与えていた。


「では、本読みましょうか。」


「…!うん!」


シュリルディールとフェリスリアンは互いに顔を見合わせて同じようにフワッと微笑んだ。










次回の更新は8月26日21時更新です。

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