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足なし宰相  作者: 羽蘭
第1章 空間魔法
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4話 魔力過多症の解決策





「兄様、兄様は二人部屋なのですか?」


アレクの寮の部屋に向かいながらディーは尋ねる。


「ああ。同学年のやつと二人で使ってるぞ。この寮は基本二人から四人部屋だからな。」


こうして話しながら着いた部屋は116号室。一階であった為、車椅子でも普通に来ることができたのだ。

部屋の広さは貴族からしたら小さめなのかもしれないが、前世の感覚から言うとそこそこ広い。

だが、どちらの感覚から考えてもこの部屋は汚かった。いや、部屋自体は綺麗なのだろう。物さえなくなれば。物が散乱しすぎているのだ。

ディーは思わずジトーっとした目で兄を見上げて口元だけ微笑む。


「兄様、最後に片付けたのはいつですか?」


「お、覚えてないな…」


アレクはディーの目の笑っていない笑顔に顔をひきつらせながら答える。それを受けたディーの笑みはさらに深まっていく。それなのに目は笑っていない。


「片付けましょう。」


「いや、これくらいなら…」


ここで反論できるのはある意味勇者だ。


「に い さ ま ?」


「そうです!」


笑顔のディーに賛成したのはちょうど厨房からティーセットを借りてきたサニア。


「この部屋じゃディー様のお身体に触ります!」


「いや、別に身体ほぼ治ったし…」


「た、確かに!よし、片付けよう。サニア手伝ってくれるか?」


その事を言われると弱いアレクは慌てて賛同する。先程寮の前でほぼ治ったと言ったことを忘れたのだろうか…


「もちろんです!」


ささやかな胸を張ったサニアの片付け技術は高かった。基本押し込むだけのアレクに対し、サニアはテキパキと見た目にも分かりやすいように収納していく。ディーはサニアにドアの近くにぴったり車椅子を寄せられ、身体を動かせないのでただただ2人を眺める。


片付けは20分程で完了し、机と椅子を並べたアレクはそこに座る。部屋は焦げ茶を基調としたシックで落ち着いた印象へと変貌していた。


「サニアありがとう。ディーごめんな。えーっと、それでだな…」


どうやら流石にほぼ治ったと言ったことは忘れていなかったようだ。ディー=身体が弱いというのが頭に刷り込まれてでもいるのかもしれない。

シュリルディールはにっこり微笑み告げる。


「兄様も気になっているようなので早速お話ししますね。魔力過多症は完治はしてませんが問題はなくなりました。」


魔力過多症の完治は大人になってから。だから死ぬ心配がなくなれば問題はない。

アレクは再び問題がなくなったと言われてホッとする。


「ああ。良かったよ。」


そうは言うがアレク自身もこの5ヶ月間解決策を模索したから分かる。その問題をなくすことができないのだ、と。そんな簡単なものではないと。

だから初めに聞いた時、心の底から安心はしたが、同時に疑問と不安を感じた。どんな方法を採ったのか。


ディーが口を開く。


「そして、その解決方法なのですが、魔力過多症は僕の身体の魔力許容量が少ない事が原因でもあります。」


ごくりと唾を飲み込んで弟の次の言葉を待つ。


「だから増やしました。」


「お?」


ディーはふふんとドヤ顔をする。

そのドヤ顔がつい可愛いと思ってしまったのは不可抗力だ。


「魔法で増やしちゃいました。」


「え?えーっと…?」


ディーは瞬きを繰り返すアレクの顔を見て思わず噴き出す。


「兄様、お父様と同じ反応するんですね。」


「あ、ああ。父様にも伝えたのか。」


頭が混乱して、つい耳に入ってきた言葉に返してしまう。


「はい、この車椅子をくれたのは父様ですから。その時に言葉遣いも叩き込まれましたけど…」


その言葉でアレクはそういえばといつの間にか敬語を使えるようになっていた弟の顔を見る。まあ美奈は敬語をわざと使っていなかっただけだが。

しかし、それより今重要なのは、


「許容量って魔法で増やせるのか…?」


これだった。


魔法は火・水・木・土・風・光・闇・雷の8種類。

この中で増やすとしたら闇くらいだ。自分の影に魔力を入れることができるが、それも通常の20歳の許容量の約8分の1。


「もしかして闇魔法を極めるとか…」


そう挙げた兄にディーは首を振った。


「流石に半年足らずで魔法を覚えて極めるのは無理があります。実は八属性以外の魔法を創ってそれで作り出した所に魔力を入れてるんです。」


「ん?」


アレクは何か聞き捨てならない言葉を聞いた気がした。

8属性外の魔法を創る、とは。


「9個目の属性として空間と名付けました。その空間魔法で、別空間をイメージして空間を創り上げてそこに魔力を流し込むという構造は至って簡単なものです。」


そう言い終わったディーはテーブルの上の紅茶を一口飲んで一息つく。

父と同じような反応をするのならしばし時間が必要だろうと兄の口を開けて呆然としている顔を見て空間魔法を作ったときの事を思い出す。


シュリルディールが取った魔力過多症を治す方法は魔力許容量を増やすことによるものだ。

魔法を教わったディーは前世のゲームの感覚から他の属性魔法があっても良いのにとふと考えた。これが転機だった。


ーー空間魔法


ゲームやラノベ上では転移や無限収納などで楽するための魔法として有名だが、これがこの世界にはなかった。だからそれを創り出したのだ。

ディーが目を付けたのは無限収納。

無限収納に自分の魔力を収納していけば身体がパンクすることはない。

前世の無限収納は魔力を入れるものではなかった。だからこれは一か八かの賭けだった。

魔力を入れられる無限収納を作る事が出来れば魔力過多症も問題なくなる。確かに論理上ではそうなるのだろうが、存在しなかった空間魔法を作り出してしまおうとは普通は考えない。


だが、これ以外に思いつかなかったのだ。

だからディーは様々な方法を試して無限収納を創り出した。闇魔法の延長線上で空間を創り出そうとしてみたり、ブラックホールをイメージしてみたり。


結果的に、この目に見える世界の、裏側とも言うべき世界に空間を作り出すことに成功した。

裏側の世界とは並行世界とかの部類ではなく、精神世界やイメージの世界である。ディーがそう認識しているだけで違う可能性はあるがそのようにイメージすることで空間を作り出せるのだから大元は異なってはいないだろう。


その精神世界に作り上げた空間は前世で良くある無限収納とは異なり、魔力などの目に見えないものも入れる事ができる。

目に見える物も入れることはできるのだが、ディーの大量の魔力がある空間は食べ物を入れると少し変な味になって帰ってくる。だから食べ物を入れるときは別の空間を作り出す必要がある。一応今のシュリルディールなら、二つまでは同時に発動し続けられることが分かっている。

そして作り出した空間はこの世界と同様の時間軸を進む。だから食べ物をいつまでも入れていても腐らないし変化しないなんてことはない。

そのせいだろうか、人では試したことはないが虫や兎などの小さな生き物は生きている状態でも入れることができた。持ち上げて投げ入れることができる必要がある為入れられるものは限られそうだが。

そして、面白いことに兎を入れた後、取り出してみると前に入れていた人参を食べていた。出ることはできないようだが、中では比較的自由に動けるのだろう。

とてつもなく大きな、魔力も入れることが可能なバッグだから生き物でも色々詰められるが、バッグの中は整理して入れないとごちゃごちゃになってしまうとでも想像するとぴったりかもしれない。


このように言ってしまうと簡単に創れたように聞こえるが、実際は創ることを思い付いてから完成するまで3ヶ月かかっている。それでも短いのだろうが半年というリミットと、それまでに2ヶ月経っていた状況ではギリギリであった。


正確には無限ではないが、ほぼ無限となり、成功したからこそディーは外に出て兄に会いに来ることができたのだ。



父より時間をかけて理解したアレクは今度は口をパクパク開ける。

これはお父様と違う反応だと新鮮に感じていると、今度はぶつぶつと呟きだした。


「属性って作れるものなのか?いや、作れるとしたらもっと増えてるんじゃ…でもディーは嘘をつくような子じゃないし、元気そうだし…」


全部聞こえてますよーと思いつつ、嘘をつくような子じゃないという言葉に少し胸がチクリとする。


「そうか…ディーは天才なんだな!」


兄の考え抜いた結論はこれだった。


「やっぱり兄様はお父様そっくりです…」


前世でこんな直球の愛情表現というものを受けたことがなかったから少し恥ずかしい。

ため息混じりの笑いが漏れる。脳筋家系すぎるだろう。大丈夫か公爵家。

だが、そんな脳筋の父から一つ忠告されたこと。


「兄様、この空間魔法は何でもいつでもどこでも入れられて取り出せます。」


空間魔法の万能さに笑みを浮かべていたアレクの顔が引き締まる。


「つまり、警備などを見直す前に空間魔法を使える者が増えたら簡単に掻い潜られるのか。」


「はい、広めるつもりはありませんが、公にすることによる影響が大きすぎます。

今度お父様と陛下に空間魔法について説明しに行きます。そこでどう扱うかが決まるかと。空間魔法を使えるのは今の所僕一人ですが、いつまでもそうとは限りませんし、もう既にいる可能性もありますから。」


「分かった。この事は誰にも言わないでおくよ。」


脳筋ではあるけど察しは良いんだよなと考えつつ、お願いしますと頭を下げる。


「それにしても…ディーはすごいなぁ。属性を作っちゃうなんて考えもしなかったよ。」


先程までの真剣な表情から一転、デレっと締まりのない顔で頭を撫でる兄に少しだけ申し訳ない気持ちになる。前世の記憶がなければ作ることなどできなかっただろうから。


「成功するか微妙でしたけど良かったです。これでもっと長く生きれます!」


「本当良かったよ。ディーは優秀な魔法師になれるな。」


「はい!僕魔法は一応全種類使えるので頑張ります。空間魔法の種類をもっと増やせるようにしたいですし…」


「え!?ディー全種類使えるのか!?」


「はい。お母様のおかげです。」


「ディーは本当に天才だなあ。」


再びデレっとした顔になり頬ずりしてくる兄に少し苦しいと思いつつ、暖かい気持ちが満ちていく。恥ずかしさは消えないけれど信頼されるのも褒められるのも嬉しかった。


空間魔法のことを知っているのは今の所、父と母と兄、サニア達特に信用のできる使用人数人だ。彼らはこんな小さい子供が魔法属性を創り上げたことに怖がる様子も態度が変化する様子もない。

変化があったとすれば属性を創ったことを陛下に報告する必要がある為に丁寧な言葉遣いを覚えさせられたことくらいだろうか。

内心かなり不安に思っていただけにこの態度がとても嬉しかったのだ。


実際、空間魔法を創るというのは無謀の中でも上位に食い込む無謀であった気がする。自分でもよく半年でできたと思う。よく成功するか分からない空間魔法に何ヶ月も時間を費やしたと思う。

あの時はこれしかないと思ったのだ。いや、分かったに近いだろうか。これしか道がないと直感的に感じた。前世でそんな事を思ったことはなかった。

成功した今では有難いことではあるのだけれど、何か作為的なものを感じる気がして少しだけ不安になる。

まるで誰かに決められた人生を歩いているかのようだとアレクに抱き締められながら考えていた時、ガチャッと音がしてドアが突然開いた。


入ってきたのはアレクと同じくらいの歳の少年。その少年はアレクと、アレクに抱き締められているディーを見て顔をひきつらせる。


「し、失礼しましたー…」


そして、そっと部屋から出ていこうとする。

実際はただの仲の良い兄弟なのだけれど、見た目は少しガタイの良い14歳の少年と3歳の美少女…いや美幼女なのだ。


慌ててディーから離れたアレクは出ていこうとする少年を力ずくで引き止め、その少年の首元の後襟を掴むとテーブルの椅子に座らせた。

何故か向かい合った状態の少年とディーは困惑しながら会釈をする。

目の前の少年はアレクよりも茶色寄りの癖っ毛のある金髪に黒縁の眼鏡をした優しそうな顔立ちをしている。


「えっと…アレクはもしかして幼女趣味なのか…?」


切り出した言葉は中々に辛辣だった。


「んな訳あるか!ディーは俺の弟だ!」


「おとうと?……男なの!?」


こちらを指差し驚く目の前の人物にそうだという意を込めて何度も頷く。


(ああ…そんなに女に見えますか。そうですか。いっそのこと本当に女にして欲しかったよ!)


「僕はアレクフォルド兄様の弟のシュリルディール・ディスクコードと言います。れっきとした男子です。」


「俺はネストリオ・アルヴィス。アレクのルームメイトだよ。女の子と間違えてごめんね。」


そう言って優しく頭を撫でてくるネストリオは、切り替えの早さと笑顔の胡散臭さから兄とは違い頭脳派の印象を受ける。

アルヴィスということはディスクコード家と同じ公爵家。確か公爵家にしてはそこまで広くはないもののこの王都に一番近い地域を治めており、外部省の大臣を輩出し続けている家系だ。

そこまでを思い出しつつ、公爵家同士がルームメイトというのはやはり階級が部屋割りの際重要視されているのだろうと考える。


「いえ、よく間違えられるので大丈夫ですよ。」


そう言ってにっこり微笑む。この返答に誘導されたかなと思いつつ、兄は決して頭は悪くないが脳筋のきらいがある為、この人相手では頭脳戦は厳しいのではと警戒を強める。

友好関係が築ければ良いが、全ての事柄で友好関係が築けるなどという楽観視は出来ない。まだ学生だからという理由での楽観視も出来ない。

長く生きれるようになったのだからこれからは頭脳戦は私の仕事と密かに決め、笑顔の裏で相手を見極める。


(今までは家族としか接してこなかったから使わなかったけど、こういうの結構得意なんだよね。)


元々美奈は頭が良かった。記憶力が非常に良く、人前に出るのはそこまで得意ではなかったがその記憶力を用いた論戦は得意だった。得意でなければならない状況が多かったとも言うべきかもしれないが。

そんな事を思いながら、それをおくびにも出さない笑顔のディーを見て、何か感ずる所があったのかネストリオは少し顔が引きつる。


だが、その後帰るまで少しだけ年相応より大人びた無邪気な少年を演じきったおかげか、ネストリオの感じた違和感は綺麗に消え去っていた。


「アレクに似ずシュリルディール君は可愛いな。あんな弟が欲しかった…」


ディーとサニアが帰った後、ネストリオはアレクの身体を見渡し呟く。アレクの身体は筋肉質で、顔立ちは父のフォルセウス似の為、兄弟と言っても左程似ていない。


「ディーは可愛いだろう。頭も良いし天才だし。」


似ている似ていないはどうでもいい兄のブラコンぶりはディーがいなくなっても健在だった。







毎回3000から4500字を目安に書いています。


次回は8月13日21時更新です

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