43話 死神の鎖
情報戦のあれやこれやを入れようと思いましたが長くなるので止めました。
まだこれからも情報戦は各所で出てくる予定なのでその時にチラッと共にどんな事をしたか説明したいと思います。
「ディール、ついさっき結果が出たよ〜」
シュリルディールが総部省補佐官部屋に入ってすぐ顔を上げてこちらを見たオセロッティアヌがそう告げた。何かを必死な様子で書いているようだ。
結果が気になって出勤時刻より1時間ほど早く来たが、オセロはそれより早くに来ていたようだ。
結果とは情報部からの情報と自分達で仕掛けた情報戦のことであり、どちらも結果が出ていた。
「オセロお疲れ様。マクベスの情報は?」
会議の次の日に熱を出したディーはそれまで連勤だった分の休日をズラして5日間休みにしていた。
つまり本日は謁見から7日経過している。
「今のところの情報だけは来たよ。ネタィダルク・テレジアについてはほぼ調べ尽くしてくれたみたい。でも、何かついでにと言わんばかりに色々手出してるみたいでまだ調べ中。ディール体調は大丈夫?」
「うん、大分良くなったよ。情報はどんな感じ?」
「完璧。どちらも同一人物に辿り着いたよ。」
そう言ったオセロの口調は明るく感じるのに、表情からは笑みなど感じ取れない。それは当たり前かもしれない。総部省内の裏切り者確定したのだから。
「羽振りが消えた金額と同額ぐらい良くなってるなんて曖昧な状況証拠じゃなくて、確たる証拠が出たってこと?」
「そう。情報部からの情報でクノートルダムの院長は生きてるって。あと、書類も重要なものが見つかったよ。」
「じゃあ院長を抑えればいいんだね。重要なのってどんなの?」
「ウチの省の協力者とネタィダルク・テレジアの密約書。」
証拠が見つかって嬉しいはずなのに、そう答えたオセロの顔は苦虫を潰したような表情だ。
「オセロ?どうしたの?」
「あー…見れば分かる。」
オセロはそう言って2枚の紙を差し出す。それを見たディーの顔もオセロと同様のものになった。
「チッ」
「こら、子供が舌打ちしない。…気持ちは分かるけど。」
「だって、これ…」
密約書は財部省執政官ネタィダルク・テレジアと総部省執政官レイニーのサインが書かれてある。ここは重要だが顔を顰めるものではない。
問題はその上、密約の内容だ。
総部省で財部省の監査をする時に孤児院関係の監査をしないように仕向けろという内容と、その見返りが子供には手を出さないというものだった。
つまり、脅し。レイニーも誰かに相談でもすれば良いのにと思わなくもないが、ネタィダルクの方が明らかに極悪度は上だ。
「レイニーの子供は財部省の執務官として働いてるよ。今6年目。
ちなみにね、さっきのはネタィダルク・テレジアの部屋から見つかった写しとレイニーの家から見つかったものの写しで内容は同じなんだけど、更にネタィダルク・テレジアの部屋からはこんな物も見つかったよ。」
「…これは?」
小瓶が机に置かれた。曇りガラスの小瓶で中に液体が入っているのが分かる。どちらも色はなさそうだ。
「とある毒の解毒薬。大量に隠してあったんだって。少しチョロまかしてもバレないくらいに。」
「…大量……とある毒ってまさか…」
「うん、おそらくそのまさかだね。」
「「死神の鎖」」
2人の声がハモった。
おそらくレイニーの子供、レイクスは気付いてないだろう。ネタィダルク・テレジアは飲み物などに解毒薬を一定の頻度で混入させてレイクスに飲ませている。
そうでないと死んでしまう毒を予め飲まされているのだ。
そう、通称死神の鎖、正式名はキープニェイアとは前期症状はほぼないが、一定量以上を一度飲んでしまうと、一生解毒薬を飲み続けなければ生きられない身体となる毒だ。
風邪を引いたように頭がぼうっとして熱っぽくなった数時間後には亡くなる。
もちろんキープニェイアの使用は禁じられているが、禁じられていても使用したり、禁じられる以前に使用された人がいることから解毒薬に制約はない。ただ解毒薬は入手が難しく、貴族と縁戚でもない平民のレイニーが手に入れることは無理だろう。
そもそも毒自体が珍しく貴族でないと使わないから貴族以外に使われることは少ない。
今回この毒が使われたのは脅しの為ではあるが、ネタィダルク・テレジアだからだろう。テレジア家の領地はキープニェイアが高価になる原因の一番珍しい薬草の産地だ。テレジア家当主が厳重に管理しているはずだが、ネタィダルクはその隙を突いたのだろう。
「…最低。僕はレイニーの顔以外よく分からないからそこはオセロに任せるよ。もしかしてもう動いてる?」
レイニーは40代の女性執政官で、名字がないことから分かるように元孤児だ。大人しいが総部省に配属されるくらいには優秀な人物。それ以上の情報をディーは持っていなかった。
「もちろん。簡単に吐いてくれたよ。レイニーはクビになるだろうね。流石に重い刑にはならないだろうけど。レイクスは微妙なところだなあ。」
「レイクスもクビになる可能性があるんだ。」
「うん。彼に非はないと言っても利用されたことと、レイニーの血縁って理由でね。クビになるんだったらそれ以上の刑はなし、クビにならないなら刑ありってところかな。」
脅されたとは言え、公務員が国を裏切ったのだ。レイニーは確実にクビだ。それだけで済むはずもなく、永久強制労働か何かの罰も与えられるだろう。
加えてレイクスはクビになるか、罰を与えられるかのどちらかだ。間接的に関わっていたこと。レイニーの血縁であること。どちらかならかなり軽度の罰で済んだかもしれないが、血縁を重視するこの世界でレイクスを罰しないという選択肢は存在しなかった。
「解毒薬の提供はないんでしょう?」
「…そうなるね。残念だけど。」
そう、例えレイクスが罰せられなくとも解毒薬を手に入れることは難しい。一執務官の給料では解毒薬を3日に1本分手に入れるだけの余裕がない。死刑となったも同然だった。
レイニーが脅された時点で相談していればもっと良い結果になっただろうが、何年も裏切り行為に加担していたのだ。もう遅かった。
「今レイニーとレイクスは?」
「レイニーは牢に。レイクスはクノートルダム孤児院院長が城に来たらネタィダルクと共に逮捕かな。その再従兄弟のカルフルートルーと関与していたらしきクノートルダム孤児院副院長、ビゲッケン孤児院院長も同時に逮捕だね。
この辺は僕等は直接関与しないから情報部と騎士団にお任せだよ。」
「つまり、これから僕たちがやるのは情報を精査し書類作成、加えて事後処理と、マクベスの結果が出たら一緒にその人達も逮捕してもらう…ってことかな?」
「うん。ちなみに、逮捕は3時間後です。」
そう言ったオセロの顔は青白い。
そう聞いたディーの顔はヒクリと引き攣る。
「……それまでに書類作らなきゃだよね!?」
「…うん。」
手に入れた状況証拠や確たる証拠を踏まえて、それをいつからどれだけ着服していたのか、誰から誰を通して行っていたのか、何に使っていたと思われるか等を逮捕した後突きつける必要がある。なるべくなら逮捕前に騎士団や陛下に見せておきたいところだ。
タイムリミットは3時間。
「オセロ…現実逃避してた?」
「まあねえ…でもディーが早めにここに来てくれて良かったよ。僕が書くからディーが情報精査してくれる?」
ちなみに、騎士団に働きかけたのは悟られないようにするために情報部が動いていた。というよりかは情報部が情報を集めきったところで情報部が全て逮捕までの道筋を立てて各所に通達してくれていた。
総部省は監査の役割があるとは言え逮捕権限は持ち合わせていない。今回は分かりやすい情報だったため、こちらに相談する前に情報部が動いていたのだ。
こちらが見つけたのに相談もなしというのは少し気にかかるところではあるが、今はそんな事を考えている暇はない。
「うん、分かった。フォーマットはどんな感じ?」
「まずは誰がいつからどれくらいの金額を……」
オセロの説明を聞きながらシュリルディールは利用された親子の今後を憂うが、そこ止まりだ。会ったこともないレイクスをどうにかして助けようとは思わない。
彼らにも非があるのだ。渦中にいながら、3日に1瓶飲まされていながら何年も気付かない。もしかしたら親から相談までとは行かずとも何か示唆されていたかもしれない。
非情と思われるかもしれないが、国を裏切るとは即死刑も同然の行為だ。脅されたという事実から温情は与えられてもレイクスの解毒薬を彼が死ぬまで提供する程の温情はかけられない。余程優秀ならまだしも1執務官では国が庇うこともしないだろう。
ディーはため息を吐く。
後味の良い結果に終わるとは思っていなかったが、これは予想以上に後味の悪い結果となりそうだった。
ちなみに、同じ結果なら意味ないじゃんと思うかもしれませんが、情報戦に意味はありました。書類は偽造できますが、情報戦で偽造は難しいので。2つが同じ結果になったことを受けてすぐ逮捕に踏み切れました。今回は違いましたが、貴族を逮捕する場合だったら書類だけでは弱いこともあるのです。
次回は逮捕劇ではなく、逮捕劇の裏側です。忙しい割に地味〜な裏側です。
現在の様子は
総部省補佐官部屋…必死に書類作成中
牢内…騎士がレイニー尋問中
情報部と騎士団…同時逮捕の手筈を整え中
数人の騎士と数人の情報部…一般人に紛れ込み2つの孤児院と財部省を見張り中
次回更新は6月10日21時です。