42話 情報戦
王城内の馬車置き場の近く、連れて来てくれたオセロに礼を言ってシュリルディールは馬車に乗り込んだ。
馬車が走り出してからディーは空中に向かってポツリと呟く。
「ケイ」
「はい」
ディー以外に誰もいないと思われた馬車の中に現れたのは1人の少年。何処から現れたのかは分からないが現在はディーの側で片膝立ちで頭を垂れている。
「オセロはいつから後を付けてた?」
「私がディール様に付いた時には既に。」
「…ということは総部省の部屋を出た時には付いてきてたってことか…」
ケインリーは総部省の部屋の中には入らない。総部省専用の護衛が常にいるかららしいが何処にいるかはよく分からない。いるということだけ覚えておけばいいだろう。
ディーが裏口に連れて行こうとされている時、ケインリーがいるはずなのに姿を現さなかったのはディーが合図したからだ。
それでも害がありそうな場合はケインリーは構わず飛び出てくる。それがなかったということはヘンデレリス執政官は本当に罵りたいだけだったということだ。行こうとしていた先に何か不審物等がないかの確認は済んでいただろうし。
その後、魔法が使えなくなりかけた時、周りに人がいないのに姿を現さないケインリーに、誰かが居てこちらを見ているのだと気付いた。
ディーを敵視しているにしろ、そうでないにしろ、ディーが止まったのを見て何か接触があるだろうと思ったら、案の定オセロが声をかけてきたのだ。
目を閉じていたのにオセロと分かったのは声が理由だ。流石に最近行動を共にしている人の声が分からないというほど記憶力がないわけではないし、ディーのことをディールと呼び、敬語を使わない人物は限られている。
(オセロは単なる善意か、僕のことで何かを頼まれているのか…)
そう選択肢を挙げてはみるがディーの中ではどちが正解かはほぼほぼ分かっていた。オセロはもう少し調べると言っていたのに付いて来ていたのだ。
(ケイもいるのに過保護…いや、僕はこれでも4歳児だ。心配されるのも当たり前か。)
心配するくらいなら病弱な子供を国政に関わらせるなと言いたいところだが、この情勢では仕方がない。もう10年くらい早く生まれていればこんな事にはならないのだろうが。
(クジェーヌ様がヤムハーン国に行ってるのも当分行かなくて済むようにするためだろうから…)
シュリルディールは本当ならばこの時期に国政に関わることは考えられなかっただろう。ディーがディーでなかったら代わりに誰かが今のディーのように様々なことを前倒しか、不完全ながら身に付けることになっていただろう。
ディーは周りが自分のために動いているのを知っている。少しでも負担を減らそうと動いているのを知っている。強制的に就けられた今の地位とこれからの地位だが、ディーは特に苦とはしていなかった。逆にやりがいを感じているくらいだ。
(必要とされてるってのは嬉しいからね。)
少しだけ寂しさを宿した瞳を細めてシュリルディールは微笑んだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
あの遅くなった日、家に帰ったディーは怒られることはなく、物凄く心配された。そうだろうなと感じていたが、もう遅く帰らないと決めるくらいには凄かった。
ディーは小さくため息をつく。
現在は全て調べ終えたディーとオセロで情報を書き出し、まとめているところだ。
書記はオセロで補助がディーだ。理由は単純、字の上手さが全然違う、だ。小さい手に合うように特注してくれた羽ペンだが、やはり書き慣れない字はどうも上手く書けないのだ。
日本語ならオセロよりも上手く書ける自信があるが、この国で使われている言葉は所々ぐにゃぐにゃと言うかふにゃんと言うかしていて書きづらい。丸とかカクカクしているところもあるのだけれど何故か上手く書けないのだ。
同年代の子供よりは書けるし、読める字ではあるのだが。
アラビア文字とハングルの中間と言った感じだろうか。
書き終えたオセロが顔を上げる。
「よし、コイツ等が犯人で間違いないね。」
オセロがそう言って指差したのは戸籍と申請税に関する資料とその者に対する様子をまとめた資料だ。
「うん、テレジア伯爵は関係ないのは助かったけど、証拠としてこれは弱い?」
もさっとしてる男カルフルートルー・ヴァテギョンの再従兄弟で財部省の官人のネタィダルク・テレジアは現テレジア伯爵の弟だ。他に数年前から何故か羽振りが良くなった怪しそうな人物は見当たらない。現テレジア伯爵については細かく調べたが、彼は実直な人物だと噂であるし問題ないだろう。
そもそも現当主に流れているのならカルフルートルーとネタィダルクがこんなに羽振りが良くなっているとは思えない。
しかし、羽振りが良くなっている時期と、それぞれの懐に入った大体の予想できる金額が合っているからと言って怪しい止まりだ。
「うーん、そうだねえ。いくら大体の金額が一致するとは言え状況証拠でしかないからね。これだけでも捕まえられないことはないよ。…自白って言うのがあるからねえ。」
最後に付け加えられた言葉にディーは何かを感じブルッと体を震わせる。そんなディーに気づいているのかいないのかオセロは言葉を続ける。
「でも、僕らはこれ以上証拠を集めるのは難しいな。内部から追ってるマクベスと今動いてくれてる情報部待ちかな。」
「でも、ここで金額が合っちゃったんだね。」
一旦区切りがつきかけたところでディーは小さくため息をつく。オセロはそれを見て首を傾げた。
「ん?どゆこと?」
「総部省内の犯人が含まれていないのに合ったって言うのが…」
オセロはそれだけですぐにピンとくる。
「つまり、ディールは金銭以外で報酬を得ているか、巧妙に書き換えているか、脅されているかと思ってる訳だね?」
もし、彼らと共に金銭の為に不正を行っている総部省内の誰かは不正を不正と分からせないようにしているのだ。いくら誤差があったとしても数年前とここ数年で再従兄弟同士の彼らが使用している差額がほぼ消えた金額と同額となるのはおかしい。総部省内の協力者の一存で彼らの運命は左右される恐れがあると言うのに。
「うん。書き換えてるって言うのができてるなら仲間のも書き換えてるだろうし、バレたら総部省内に協力者がいるとすぐに分かるようなやり方はしないと思うからほぼ切ってるよ。」
「それは同感だね。マクベスはこの省内の協力者探しは進んでないって言ってたからいっそのこと仕掛ける?」
マクベスは現在他の案件も重なり忙しいから仕方がない。総部省内の裏切り者の件は重要だが、宰相が他国にいる今他にやる事が山積みなのだ。
「仕掛けるって情報戦?」
「うん、いくつかこの一連の件に関する情報を執政官達に流す。」
「その流す情報をそれぞれで変えるのか。」
「そうそう。一部には裏切り者のいる可能性を。これは多分大丈夫だろうと思われる人達にだね。」
「単純に財部省と孤児院の不正に関してのみ流すにしてもその内容は人によって変える?」
「うん、流石に変えないと人数が多すぎるかな。」
「あとは何も伝えない人達か。これでいつどうやって動くか動かないかによって誰が協力者か分かるかな。」
2人は顔を見合わせてニッと笑い合う。2人の表情はとても似ていてこの場に他に誰かいたとしたら2人を兄弟、いや、親子と思ったかもしれない。
疲れは残るものの張り切りだしたオセロは大きく伸びをしてからディーに柔らかく微笑む。
「じゃあ、誰にどう伝えるかは僕の方でやっておくから、ディールは早めに帰っていいよ。」
「いいの?」
ディーは目を見開き首を傾げた。
「ディールは毎日出勤じゃなくていいことになってるのに今ほぼ毎日出勤になってるんだからもちろん!」
そう言ってオセロは荷物をまとめて部屋を出たディーをひらひらと手を振って見送る。
「ディール顔色悪くなってたなあ…まだ明るいしこの間みたいな事は問題ないかな。」
そっと執政官部屋に繋がるドアに耳を当ててオセロはそう呟く。
初めはマクベスに頼まれていたディー関連の事はオセロに託されていた。マクベスは教育係は何度かやっているが、忙しいのと、教育係をやった事のないオセロの方がディーと気が合うとクジェーヌが判断したからだ。
託された件はディーに仕事を教えるだけでなく、体調管理や年齢や家柄に関するいざこざも含まれている。体調管理その他はオセロは他に人がいない時だけだ。
それでもマクベスはその点が少々苦手なため、本人たっての希望でオセロに移ったのだ。
オセロは再び伸びをする。
「さてさて、ここから先はまだディールには見せたくないとこだからねえ。」
情報戦は有効に働くと非常に効率的で楽だが、それ単体では心許ない。オセロはディーには情報戦その他の結果だけを言うつもりだった。
その他とは情報戦を執政官同士で話されないようにするなどより確固たるものにするための手段や、絞れた後の手段だ。
特に国政においては、比較的綺麗な手段は大抵そうでない手段とセットなのだ。
(いくら大人びてるからと言ってもここまではまだ知らなくても大丈夫、というか今はまだ知らないでいて欲しいな。)
オセロは脳裏に小さくも芯の通った眼をした少年を過ぎらせながら淡く笑みを浮かべた。
あー…あー…話が中々進まない…
ここは一気に色々飛ばして…と思っても間に入れたい話があるから飛ばせないし、何か勿体ない気がしちゃうし…あーうー
次回更新は5月27日21時です!




