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足なし宰相  作者: 羽蘭
第3章 内政
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41話 ヘンデレリス執政官





シュリルディールとオセロッティアヌが書類とのにらめっこを始めてからはや数時間。

慌てたようにオセロッティアヌが立ち上がった。


「オセロ?見つかったの?」


「いや!…いや、少し見つかりはしたけど、そうじゃなくて、もう19時過ぎてる!」


「えっ…」


国というのは結構ブラックだ。残業、泊まり込みなんてザラにある。数ヶ月泊まり込みしている人もいるくらいだ。労働基準法等がないのだから日本と比べるのはおかしい話ではあるが、休みも殆ど取れない官人は結構ブラックであることには変わりなかった。

だが、流石にまだ幼いディーは遅くまで働かなくて良いことになっている。


一瞬固まったディーは慌てて先程まで見ていた書類の束にメモ用紙を挟み込んでから風魔法で元通りに積み上げる。自らも床から車椅子に乗る。


「オセロはこの後も続ける?」


「いや、僕もそろそろ終わりにするよ。ディールの見つけたものだけ確認して覚えておこうかな。」


「分かった。オセロのメモは明日見せて。じゃあまた明日。」


今回必要と思われる書類の番号とその書類の内容を簡潔に書き表したメモ用紙をオセロに手渡したディーは閉じていた本棚(隠し扉)を開け、補佐官部屋に戻る。

そこから総部省の執政官執務官部屋に出ると未だ半数程の人が仕事をしていた。


「ディスクコード補佐官殿、今帰られるので?いつもより遅いですね。」


ちょうど帰り支度をしていた執政官の1人と目が合い、声をかけられる。

(確かイワンスィート・ヘンデレリス執政官だったか。総部省内の裏切り者の可能性あるリストにいたな…)


「ヘンデレリス執政官殿もお疲れ様です。少々時間がかかってしまいまして遅くなってしまいました。」


ディーはそう言って困った風に微笑む。ディーは一応部下ではあるが敬語を使った。部下であっても先輩、年上であることには変わりないし、敬語を取ってと言われた場合は仕方ないが敬語の方が本心を隠しやすくてディーにとっては楽なのだ。


「おや、私のことをご存知でしたか。押しましょうか?」


イワンスィートは一瞬目を見開いた後、ディーの車椅子を手で示す。それにディーは感謝を述べて頼む。

(隠す気はないのかな。口調とか視線とかからバレバレだし。)

ディーは子供だ。それが急に自分の上司になったのだから疑念を持つのは仕方がないが、この軽蔑や明らかにこちらを下に見るような視線には呆れる以外の感情が出てこない。


(ヘンデレリス伯爵家は古参だし、僕が武家であるディスクコード家の中でそちら方面に秀でてる様子がないから問題ないと思ってるのか…)

ディーは総部省にもそのような人がいることに少し残念に思うが、だからと言って対抗しようとも思わなかった。単純に面倒臭いからだ。


(でも、そうも言ってられないか…面倒だなぁ…)


流れる景色を横目に見ながら小さくため息をつく。

イワンスィートが車椅子を押してくれている。その道がいつも通る道から外れて行っているのだ。道は覚えているから王城内でここが何処に当たるかは分かるが、あまり遠くなると風魔法で戻れなくなる。


「イワンスィート・ヘンデレリス執政官。」


「どうかしましたか?」


「色々と角を曲がったようですが、このまま行くと裏門に出ませんか?」


「いえ、ちゃんと向かってますよ。」


ディーは普段より強めの風魔法で車椅子を押し出し、反転させる。急に前に押し出した為、車椅子はイワンスィートの手から離れた。

2メートルほど離れてディーとイワンスィートは向き合う形となった。2人の視線がかち合う。


「…あまり子供だからと見くびらないでいただきたいですね。」


「何を言っているんです?ディスクコード補佐官はご存知ないようですが、こちらの道の方が行きやすいのですよ?」


「僕が王城内の道が分からないとでも、知らないとでも思いましたか?そんなの機密箇所以外は頭に入っていますし、ここが何処に当たるのかはよく分かっています。それくらいの事が分からないで宰相補佐官にはなれませんよ?」


言外に貴方は出来ないようですねと言っている。それに気付いたイワンスィートは顔を真っ赤にしてカッと口を開く。


「っ親の七光りで入ったガキの癖に!何偉そうな事言ってる!私の方がどれだけ努力して今の地位に就いたと思ってるんだ!!」


「はあ?そんな事知っているはずがないでしょう。」


呆れを隠すことなく前面に出すディーにイワンスィートは更に言葉を続ける。


「お前が来なければ!この私が!補佐官になっていたんだ!!それが学園に入学すらしてないお前が奪ったんだ!返せ!!!」


「いや、無理ですけど。」


間髪入れずに冷静に返したディーの言葉に反応することなく罵声は続く。


「私は 登用試験も周りの反対を押し切ってBを受けて受かった!通常なら1年目から入ることのない総部省に1年目から入れたんだ!!常に期待、それ以上に応えてやって来た!!何件も取り締まったし、他のやつが見落とした件に気付いたときは陛下からもお褒めの言葉を頂いた!ずっと、ずっと家の名に恥じぬようやってきたんだ!!!他の奴らには比べ物にならないくらい!なのに!何故!!こんな子供に負けなきゃならん!!家など関係なくここまで私が上がって来たのに!どうして家柄だけでお前が選ばれる!!!」


(あー…気持ちは分からなくもない。)

補佐官部屋に1つ机が増え、補佐官に上がる人物が1人増えることになるであろうことが総部省内で話題となった。自分が任命されるかもしれない、出世できるかもしれないと期待していた所に、全然関係のなかった子供が急にやって来てそこに収まったのだ。

だが、ディーは同情など感じさせない何も感情の浮かんでいない瞳でイワンスィートの目を真正面から見つめる。


「確かに貴方の言う通りです。僕はディスクコード公爵家の人間です。そうでなかったら僕は此処にいないでしょう。」


「っ!だったら!!」


「ですが!」


初めて出したディーの大きな声にイワンスィートの言葉は途切れた。ディーはその一瞬を逃さぬように畳み掛けて言葉を続ける。


「ヘンデレリス執政官、僕が家柄だけで任命されたと本気で思っているのですか?」


「そ、そうに決まって…!」


「貴方は分かっているはずです。陛下は、宰相閣下は、その補佐官達はそんな事をする人達ですか?このように子供の僕が試験を受けさせられ補佐官に任命された理由に思い当たりませんか?まあ、僕が家柄だけと思っている貴方には予測できないでしょうが。」


訝しげな表情で聞いていたイワンスィートは最後に付け加えられたディーの一言に顔を歪めた。


「貴方がもし非常に優秀なら僕は皆さんと同じ様に学園を卒業してから配属されたことでしょう。」


「私が優秀ではないと言うのか!」


「いえ、貴方は優秀の部類に入りますよ。クジェーヌ閣下も認めていました。ですが、足りないのですよ。

…これ以上は僕の口からは言えません。おそらく推測通りでしょうが、僕から言うことでもありませんし、まだ確定ではないでしょうから。」


「どういうことだ。」


「補佐官になりたいのなら常識にとらわれず客観的に物事を見て推測して下さい。

では、失礼致します。」


ディーはそれだけ言うと一度礼をしてから、思考の海に沈んでいるイワンスィートの横を通り過ぎる。

いつもより若干早いスピードでその場から退出していたディーだが、途中で額を手を当てる。


(…やばいな。使いすぎた。)


鈍い痛みが頭を占めていっていた。そろそろ魔法が使えなくなる頃ということだ。

ちなみにまだ表門周辺には着きそうもない。

時間が遅い為か場所の問題か周りには人がいない。

ディーは一旦止まり廊下の壁に身を寄せる。止まってから回復させるより、その前に止めて回復させる方が短い回復時間で長く魔法を使うことができる。待つ分家に帰るのが遅くなるが仕方ないだろう。

効果があるかは分からないが、今回復させたいのは頭脳の一部だ。だから少しでもリラックスさせるためにディーは目を瞑って背もたれに身を預ける。


(…でも、そろそろかな。)


そう思ったのが合図になったのか、1人の男がすぐ近くの角から顔を出した。目を瞑っているディーは気付かない。


「ディール、大丈夫?」


「大丈夫じゃない。オセロ、連れて行ってくれる?」


そう、姿を現したのは先程まで共に仕事をしていたオセロッティアヌだ。閉じていた目を開けると不満気な表情が映った。


「…よく僕だって分かったね。」


「そりゃあさっきまで一緒にいたし、誰かしらが…あー…何でもない。」


「誰かしらが?」


「…誰かしらがいる気がしたんだよ。」


(失言しそうになるくらいには疲れているみたいだ。)

誤魔化しきれないだろうが、疑問に思われても言わなければ答えに辿り着かないだろう。


「ふぅん。」


オセロから疑い混じりの視線が飛んでくるが、あからさまに視線を逸らすことはせず、ディーはニッコリと微笑み返す。


「オセロは先程までのやり取り見てたでしょう?」


「うん。随分と煽ってたね。」


否定するか誤魔化すと思っていたのに簡単に肯定されてディーは拍子抜けする。ディーが軽く目を見張っている間にオセロが後ろに回り込み車椅子をゆっくりと押し始めた。


「あー…あの人はプライド高いタイプで、なまじ自信を持てるだけの技量も備えている。でも頑張ってるんだろうけど足りないし、僕が来た関係でその自信が揺らいでるから向上心を上げようと思って。」


単純に早く帰りたいのに邪魔された腹いせもある。


「向上心ね…ディールはヘンデレリス執政官はシロだと思ってるってことかな?」


「うん。あの人は不正はしなさそう。プライド高くて自信家で頑固だけど真っ直ぐだ。脅されている雰囲気もなかったし。オセロも同意見でしょう?」


「まあね。でも、今回のディールに対する行動はいただけないね。罰することもできるけどどうする?」


「しないよ。」


「へぇ、何で?」


「人気のないところで罵りたかっただけでしょう?僕はそういったものは気にしないし、気にしてたら補佐官部屋に入れないよ。一線を越えたら罰していいけど、僕の場合は罵り程度どうでも良い。」


オセロからはディーがどのような表情をしているかは見えない。何があったらこんな幼い内からそのような考えに至れるのか、オセロは眉を寄せた。


(ディスクコード公爵様は子煩悩で評判だし、そんな家の中の雰囲気が悪そうには思えないけど…ディールはずっとベッドから出られなかったと聞くし、国一の武家だから誰かしらから何か言われてたのか…?公爵様はそういった悪意に気付かなさそうだし…)


少々気にはなるが家の事は同僚だからというだけで干渉できることではない。

代わりにオセロは青銀の頭を優しく撫でる。

ちなみに、色々と言われていたのは前世である。ディスクコード家の中はディーに甘い人ばかりだ。


「…オセロ、僕は全然傷付いてないから大丈夫だよ?それに、罰した所で直接言う事はなくなっても雰囲気は変わらないどころか逆に悪くなりそうだから現状維持が最善手でしょう?」


ディーは頭を撫で出したオセロの行動をディーが傷付いていると思っているからと受け取った。だが、勘違いしているオセロにとって、その言葉はあの程度では傷付かないくらい更に幼い頃から今まで色々言われていたのだと受け取られた。


「うん…」


何か言えば勘違いに気付いただろうが、2人とも喋るより考えるタイプである為それ以上話すことはなかった。









失言しそうになったこととは何でしょうか。答えは再来週に。

でも、少し考えたら分かる事かもしれません。少し確実に答えに至れるための情報が足りない気はしますが。


そろそろこの事件解決させないとと思うのに、詰め込みたい話や要素が湧き出て来て中々終わらず長くなっていっております…

どこまで長くなるのやら…ヴェルドにも再会してないっていうのに…

一応この再会はこの章の末辺りの予定です。


次回は5月13日21時更新です。

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