40話 王への説明・おー
オセロッティアヌが同情の視線をシュリルディールに向けている時、当のその本人は父親にどうこう言うのを諦めていた。
(この素直さは父様の良い所でもあるし…)
などと苦しい言い訳を自分自身にしながら視線をツイとルドルフェリド王へと向ける。
ルドルフェリド王は隣の誰かとは違って微笑みの中に真剣さが窺える。次の瞬間その笑みは消え、真剣な表情だけが残った。
「総部省大臣補佐官両名の要件は情報部だな?時間はないから手短に説明してくれるか?」
その問いに答えたのはもちろんオセロだ。こちらも真剣な表情を浮かべている。それが当たり前である。
「はい、畏まりました。例年通り現在、我々は財部省への監査に入っております。
今年は孤児院への補助金の不明瞭な流れ、特に顕著なビゲッケン孤児院とクノートルダム孤児院に焦点を当てておりますが、ビゲッケン孤児院は院長がどうやら怪しいようで、我々だけでも追い詰める事が可能であると思われます。
しかし、クノートルダム孤児院では不明瞭な…えー不正が起こった数年前頃から孤児院で働いている職員は院長の姿を見ていないようです。我々では数年前に行方知れずとなった院長を追うことは困難を極めることが予測されます。ですから…」
口調はいつものオセロらしくない。最高権力者の前でいつも通りでいる訳にはいかないから良いのだが、初めは不明瞭な流れとボカしていたのに途中からガッツリ不正と言ってる所に少し安心感を覚える。
「なるほど、クノートルダム孤児院の院長の行方、もしくは生死、その他諸々を調べたいと言うことだな。」
(口調が違うと言えば伯父様も違うよな…)
甥っ子にかける口調と部下にかける口調が同じでも構わないが、異なっていてもおかしくない。むしろ威厳どうこうと考えると違っていた方が良い。
「はい、その通りでございます。」
「その職員は何年前からかとは言っていたか?」
その言葉に口を開いたのはディーだ。
「いえ、又聞きですのでそこまでは分かりませんでした。院長を何年も前から見ていないという証言はクノートルダム孤児院に最近入った職員が先輩職員に聞いた内容ですので。」
その発言の中にディー自身が聞いたような言い回しが含まれているのを感じ、ルドルフェリドは内心首をかしげる。
「ん?ディールが調べたのかい?」
(先程までの王らしさは何処へ行った。)
思わずディーが内心でツッコミを入れたのも仕方がないだろう。口調も違うが雰囲気も柔らかくなっている気がするのだ。
(部下と見られてないか…まあこの歳じゃそうなるか…?この面子だから良いけど他に…いや、陛下なら大丈夫か。)
ディーは試験に受かって働いているとは言え、いきなり補佐官だ。完全なるコネ採用である。だからこそ厳しくあってほしいとは思うが4歳相手に厳しくするのも難しいだろう。クジェーヌ宰相ですらおそらく普通より甘いというのだから。
本当に必要な時にキッチリ出来ていればそう咎めなくてもいいだろう。
そう結論付けるまで1、2秒程。自己完結させたディーは頷く。
「はい。令嬢のふりをしてクノートルダム孤児院の新人職員の方と友達になりました。」
友達になりました。
子供らしい可愛い台詞だ。そうであるはずなのにこの場にいる殆どがそこに含まれているそれ以外の意味を察する。オセロは元々知っているから複雑な表情をしたのは王だけだ。
ちなみにフォルセウスは額面通りに受け取っており、ディーに友達が出来たことに顔を緩ませる。
「…確かに令嬢なら孤児院に通っていても違和感ないからな。」
「ディーの令嬢姿見たかった…」
前者は王で後者は騎士団長だ。女装して王城に来た時もフォルセウスはディーの姿を見ていなかったのだ。
誰も女装すること自体に言及する様子はない。
フォルセウスはシュリアンナに頼んで見せてもらうことにしようと密かに決意し、ルドルフェリドは罪悪感を感じていた。
ルドルフェリドが罪悪感を覚えている理由は何か。それは先程のディーの言葉である。
友達がこの子の中で情報源だとかおかしな定義付けされている気がしたのだ。このような普通の子供でなくしてしまったのは明らかに自分達のせいに違いない。この子にちゃんとした友達は作れるのだろうか。そんな思いが頭の中をよぎった。
ルドルフェリドはディーを補佐官に任じたことに間違いはなかったと実感している。今取れる最善策であり、予想以上の結果を残してくれている。しかし、補佐官に任命させなければ幼いうちからこのような何処か達観した子にならなかったのではないか、とルドルフェリドは思ってしまったのだ。
実際は、そうでなかったとしても美奈の記憶を持つディーは左程変わらなかっただろうが。
「…分かった。情報部を数人手配しておこう。」
そう告げたルドルフェリドは猛烈に横で締まりのない表情を浮かべているフォルセウスと妹に謝りたい衝動に駆られた。
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「さて、やろっか!」
2人は無事情報部の手配を終え、補佐官部屋に戻っていた。そして、その部屋からしか入る事の出来ない部屋の扉を開ける。扉と言っても見た目は本棚だ。実際にも本棚として使われている。
どこか子供心そそられる単純なからくり仕掛け。初めて見た時はワクワクしたなと本棚がスライドする様子を見ながらディーは遠い目をする。
中身を知っている今は残念ながらワクワクは出来そうもない。逆方向に心を動かされるばかりである。
「…この前来た時も思ったけど、これ整理しないの?」
総部省大臣、大臣補佐官専用の資料庫。部屋は縦長で、広さはそこそこ広い。奥がちゃんと見えないくらいには広い。
ズラッと本棚が天井まで綺麗に敷き詰めそびえ立っており、束になった大量の紙がこれまた本棚一段一段に敷き詰められている。
この情報が詰まった紙達は綺麗に敷き詰められているとは言えない。入りきらなくなったのか床にも積み上げられているし、無理矢理本棚に詰めたのか半分飛び出ている資料もある。
本棚扉が開くまではワクワクであったのに開いた途端消え去るくらいには乱雑だった。
魔石を使って常に風魔法を起動させているお陰で埃っぽさはなく、外と隔絶されているために虫がいないから紙が酷く損傷する事はない。
「ここに入れる人が限られてるし、整理する時間もないからねぇ…と、この辺が3年前辺りから最近のもので、こっちが5年前から3年前くらいまでだったかな。」
そう言ってオセロが指差したのは床に積み上げられた紙々と、無理矢理本棚に詰められた資料達。
(どう見ても後から入れた感あるもんね。)
この部屋の奥の方にないだけマシだろう。
「じゃあ僕は本棚にあるのは届かないから床にあるのを見るね。
対象はロベスピールス院長、エソナリア副院長、カルフルートールー・ヴァテギョン、出来ればその親のフルートゥルスツ・ヴァテギョン等ヴァテギョン家。」
「それと、ネタィダルク・テレジア以下テレジア家…あれ、何か増えたね?」
オセロがそう言いながら首をかしげる。その顔は笑っているようで笑っていない。
ネタィダルク・テレジアはカルフルートルーの再従兄弟で財部省の官人だ。ちなみに、テレジア家は子沢山で有名な家だ。何人いるか数えたくない。
「3人と前に言ったけど、今回は特にその家族親族も調べなきゃだから仕方ないか…」
「…そうだね…頑張ろう。おー…」
「おー」
2人揃って右手で拳を作ってその腕を上げるが、棒読み同士の掛け声では覇気のなさが増長しただけであった。
次回は4月29日21時更新です。




