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足なし宰相  作者: 羽蘭
第3章 内政
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38話 ベリルアグローシュ





ここら一帯は一番大きな孤児院が近い為だろうか、王都の中でも緑が多い。アイビーに似た蔦植物が家や店の壁面に伸びている。壁面は多くが淡い(だいだい)や黄色で彩られており、緑とのバランスがちょうど良くハマっている。

そんな中を歩い…滑っているシュリルディールは慣れない魔法の使い方をしながらも上機嫌だった。理由はもちろん


(街に出れた!)


である。総部省の仕事は総部省以外に基本的に漏らすものではないからフォルセウスもシュリアンナもこうして任務にかこつけてディーが商街に出ているとは微塵も思っていない。


(多分バレたら泣かれるな…)


ケインリー経由でバレることのないように口止めはしてある。

孤児院の中ではなく街中を指定したのは会話を聞かれない為や、オセロがディーの風魔法を補助しやすくする為でもあるが、単純に街に出たかったからという個人的な理由でもあった。

数歩後ろを歩くベリルアグローシュがオロオロとしながら口を開いた。


「て、て、ティーリ様は今日お一人で、来られたんですか?」


「一応護衛はいるわよ。何処にいるかは分からないけれど。それと、来られたんですかではなく、いらっしゃったのでしょうかの方が良いわね。」


「な、なるほど!分かりました!」


「…なるほどは目上の人には使わない方がいいわね。それにしても初めて会った時より話せてるじゃない。」


「く、口を開けて困惑するくらいなら何でもいいから言葉を発しなさいと言われたので、頑張ってます!」


(あー…そういえばそんな事言ったな。)

情報を集めるまでの時間潰しとしか考えていなかったからか、思っていたより指導が適当だったかもしれないと今更ながらにディーは反省する。どう返事をすればいいのか悩んだ結果、


「とりあえず、そこのカフェでお茶しましょう。」


湧き出た罪悪感を誤魔化すために笑みを浮かべるのだった。




◆◆◆◆◆◆




2人分の紅茶とお茶菓子を頼み終えたディーは、目の前でソワソワと落ち着きのないベリルアグローシュに向かって微笑む。


「休日に申し訳ないわね。」


「い、いえっ!こ、この間ティーリ様に教えられたことを練習しようと思ってたのでちょうど良かったです!」


「貴女は貴族であった時に同じ貴族の友達はいなかったのかしら?」


「この性格なので学園でもずっと1人で…」


(ああ、容易にその様子が想像できてしまう…)

そもそもあの学園は貴族にとって友人か出来たとしても様々な打算が裏に隠されているし、貴族でない平民と友達になったとしてもこちらは勧誘目的、向こうは今後この人の下に就いた場合将来に問題なさそうかの見極めが裏に隠されていることが多いそうだ。

人と上手く話せず、言葉遣いもしっかりとできていない、この間ディーが指摘した点が直っていない事からも決して優秀とは言えない学力。性格的に上手くハマったり、打算も何もない場合、彼女の家が相当上位である場合以外は仲良くしようとする人もいなかったことは容易に想像できる。そして、その場合に当てはまることがなかったのだろう。


(実際、そこまで上位の貴族家ではなかったしね。)


もちろん家に戻った後にベリルアグローシュの家が何処かは調べてある。下位ではないが上位でもない位置だった。領地から殆ど出ることがなく貴族社会では孤立しているが、領主としては優秀な当主と聞いている。

領地から殆ど出ないというから繋がりがないだろうクノートルダム孤児院に娘を入れさせるなんてどれ程の援助金を支出したのだろうか。


(娘に甘々だよなあ…)


フォルセウス(父様)がその立場なら王都一の孤児院という良い就職先など見付けずに幾ばくかのお金と必要なものだけ渡して追い出すだろう。ディーを可愛がってはいるが、いざとなったらそれとこれとは別の話と分けられる人物だ。普通の貴族はそうである。

だからベリルアグローシュの父は貴族社会に入らないようにしているのかもしれない。自分の甘さがよく分かっているから上手く立ち回ることができると思っていないのだろう。それはそれで一種の手段であり、それが許される家で良かったと言うべきか。


(ベリルアグローシュが実は優秀とかだったら孤児院に入れたのは王都に取っ掛かりのない当主が送り込んだと見てもいいのだけど、それなら王城勤務の方が良いだろうし…この様子(ベリルアグローシュ)からしてないよな…)


そんな事を考えながらも会話はディー主体で進んでいく。学園の話からそこに受かった孤児達の話に行ったところでディーは思わず浮かんできた笑みを隠す。聞きたかったワードを向こうから話してくれたからだ。


「国からの補助金が増えたの?」


「えーっと、…子供の数を増やしたのもあるんですけど、学園に孤児院の子がかなりの数受かったから増えたって言ってましたよ〜」


「へぇ…それは良かったわね。学園の試験はつい最近でしょう?ということは最近増えたのね。」


言葉遣いを直そうとしているのだろう、ベリルアグローシュはゆっくりと言葉を紡いでいく。


「うーん…多分?そうです…ね。私もティーリ様が来、いらっしゃった、数日前に聞いただけですけど。」


「…とりあえず、補助金を増えたと言っていたのが誰か分からないけれど、言ったのはおそらく孤児院の人でしょう?それならばそこは(へりくだ)って話すべきだわ。出来れば聞いただけの聞いたも謙譲語で話してほしい所だけれどそこはしなくても左程問題にはならないわね。」


「私に言ったのは副院長(エソナリア)です!だから…言っていたは、申しておりました…ですかね?」


左程問題にならない方は全く触れない所からもベリルアグローシュの性格が窺える。


「ええ、そうなるわね。貴女は副院長とよく話すのね?」


ディーは違和感を抱かれない程度に引き出す情報を誘導していく。


「はい!副院長は優しくて!こ、こんな私にも丁寧に仕事を教えてくれるんです!」


「副院長自身の仕事もあるだろうに、凄いわね。」


そう言うだけで副院長の(おこな)っている仕事を喋ってくれる。こんな楽な情報源はそうそういない。

子供らしくないことを考えながらシュリルディールは子供らしい無邪気な笑みを浮かべた。




◆◆◆




「そろそろお開きにしましょうか。」


お昼近くなってきて完全に昇った太陽を見てディーはそう告げた。


「は、はい!ありがとうございました!」


「これからもその調子で頑張ってね。定着するまで時間はかかるけれど貴女は以前と比べるまでもなく良くなっているわ。これで練習なさい。」


そう言ってディーが渡したのは冊子。中身を確認したベリルアグローシュが思わず叫ぶ。


「こ、これすごく分かりやすいです!」


日本の教科書によく添付されていた敬語を尊敬語、謙譲語、丁寧語に分けて表にしたものをこちらの言葉で示したものだ。


「私次いつここに来れるか分からないからそれが咄嗟に出てくるくらいに頭に叩き込みなさい。後ろの方のページはよく使うと思った例文を載せているからそちらも参照してね。」


「あ、ありがとうございます…!大事にじまず…」


今にも泣き出しそうな顔を見てディーはギョッとしてから笑いを含んだため息をついた。


(この反応なら問題なさそうかな。)


冊子を渡した理由は聞き出した情報を向こうに知られるのを防ぐためでもある。

ベリルアグローシュは良い意味でも悪い意味でも単純だ。上書きできるくらい大きな出来事があれば副院長やら誰かに何を聞かれたか尋ねられる前に大きな出来事(冊子)について楽しそうに喋るだろう。

そうでなくともベリルアグローシュはディーに話した事が話して良かった事かの判断がついていない。話している時もかなり緊張していた。細かく聞き出されない限りは言葉遣いの話くらいしか言いそうもなく、誤魔化せるだろう。

確実性はない為、出来たら、程度の意味しかないが。

だから1番の理由は情を利用した罪悪感からの贖罪。ベリルアグローシュがそれに気付くことがあるかは分からないけれど。




◆◆◆◆◆◆




馬車に乗り込んでからディーは先に中に入っていた人物に声をかける。


「オセロ、会話は聞いてた?」


「いや、そこまで近くにはいなかったしそっちに魔法を使わなかったから聞いてないよ。」


ゆっくりと本当にゆっくりと馬車が動き出していく。


「周囲に話に耳を傾けていたり、孤児院や財部省の関係者らしい人はいた?」


「いや、いなかった。だからそこまで彼女は情報を持ってないと思うんだけど合ってるかな?」


ディーはふーんと唱えながら目を丸くする。


「いや、良い情報源だったよ?

やっぱり副院長が関わってると見て間違いない。ベリルアグローシュが補助金増額について知っていた。聞いたのは副院長からで、帳簿を付けているのも副院長ともう1人。

ベリルアグローシュとその家は無関係みたいだね。今回以上の情報は引き出せなさそうだからベリルアグローシュから攻めていく友情ごっこは終わりかな。」


補助金増額について知っている副院長が増額されていない帳簿を付けている。確実にクロだ。


「じゃあ僕達は副院長から探っていくか。そこでベリルアグローシュは使え…ないよね…」


「駒として使うには怖いから無理。」


ここは即答だ。情報を聞き出すには楽だから良いが、こちらの駒として向こうに揺さぶりをかける存在としては不適格すぎる。

利用しているつもりが逆にこちらが利用されそうな予感しかしない。


「副院長は院とは別に自宅もあるみたいだからそちらも調べたいね。そっちは他の人に任せるとして、血筋関係は城に戻ってから戸籍を見れば調べられるから早速調べないと。金回りも調べたいから税関係も調べておきたいね。それも省内にあるから大丈夫だとして…」


ツラツラと並べ挙げられた方法と、総部省内にある情報量の多さにこれから待っている仕事の大変さに顔が引き攣る。

全て手書きだ。パソコンなんて存在しない。今回は特殊で執務官や執政官を使えないため、自分達で大臣補佐官室から繋がっている総部省資料保管庫の資料を見ていかねばならない。


(今後のためにもいっそのこと全部覚えるか…?)


そう思ってしまうくらいには資料は大量にあるのだ。いや、そう考えられるのはディーぐらいだけれど。

ディーはふぅとため息をついた。副院長だけでも参照しなければならない資料は多い。だが、副院長だけでは足りなかった。


「さっき帳簿付けてる人は副院長ともう1人いると言ったけれど、この人についても調べたい。それと、他にもう1人、調べたい人がいる。」


つまり、3人分。

これからディーとオセロにとって紙まみれの数日間の幕開けだった。










ベリルアグローシュ本当に描きにくい…なよなよしてて自分がない子って書き辛い…



次回の更新は4月1日21時です。再来週は更新せず、隔週更新となります。

感想も返信できない為、閉鎖させていただいております。ご了承下さい。

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